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55・「バカ王子」のお手伝い


 聖女精察の儀は午前のうちに済んだ。前代未聞の精察結果に騒然となった王都大聖堂を後にし、ミアは昼には王城へ帰りついた。


 自室に戻り、ほっと一息つく。昼食後すぐに王様に謁見だ。

 大聖堂から正式な通達はまだなので、使用人たちは現時点でミアの力を知らない。自室に昼食を運んでくれたメイドたちの様子も変わりはなく、嵐の前の静けさだった。

(腹が減っては戦はできないね)

 もうどんな事態も来るなら来い!とばかりに開き直って、昼食をほおばる。


「あ、あの、ミア様……」

 パンのおかわりを頼んだメイドが、怯えた様子で戻ってきた。

「あ、おかわりなかった? そんなに怯えなくても。パンがないくらいで怒りませんよ~」

「いえ、パンのおかわりではなく。その、殿下が……」

「ユリアン殿下がなにか」

「いえ、ユリアン殿下ではなく。ディ、ディートハルト殿下がっ!」

「へっ?」


 ノックの音が高らかに部屋に響く。反射的に「はい」と返事をすれば、バン!と景気良く音を立ててドアが開いた。


 病床にいることになっているはずのディートハルトが、そこにいた。


「は? ディー? ななななんで!」

「ちょっと来てくれ、ミア」

「まってまって。ディーはまだ回復してない……」

 いいのか!? 表向きまだ完治してないことになってるのに、勝手に出歩いて?

「治った」

(いや、治ったのは知ってるけど。そうじゃなくって)


 ミアがあたふたしている間にディーは部屋に入ってきて、ミアの手をぐいっと掴む。


「すまない、ミア。夕方までミアには不名誉な憶測がとぶと思う。でも大丈夫だ。夕方には誤解は解けるから」

「なに言ってるのかわかんない!」

「いいから来てくれ。ミアの動きがとれるうちに」

「どこに!」

「とりあえず俺の部屋」


 ぽかんとするメイドたちを尻目に、ミアはディートハルトに引きずられていった。


「この後陛下とお会いする約束が~っ!」

 ディーに手を引かれながら廊下を走る。見張りの騎士たちがうろたえている。

 そりゃあうろたえるだろう。寝たきりのはずの第一王子が女の手を引いて廊下を疾走していれば。


「急ぐんだ。さっき聞いたんだけど、今日、精察の儀だったんだって?」

「そうだけど」

「聖堂から正式に通達が来れば、ミアは注目の的だぞ。そうなる前に俺を手伝ってくれ」

「手伝うって何を」

「魔物狩りだ」


 王宮の奥の長い廊下を曲がり、ドアの一つに入る。

 ドアを入って最初の部屋は従者控えの間らしく、ジェッソが待っていた。

 そこを通り過ぎて奥の部屋に入る。

 男性の私室だ。ディーの部屋だろうか?


「ドレス脱いで」

「はえっ!?」

 目の端にベッドが映る。ベッドのある部屋で「ドレス脱いで」って!?


「こっちに着替えて。俺の昔の服で悪いけど」

 ディーが少年サイズの装備を取り出し、ベッドに放った。丈夫な生地と革でできた、魔物狩りのための服だ。ディーも同じ装備を身に着けていた。

「隣で待ってるから」

 ディーはそう言うと、控えの間に戻った。



 控えの間で、ミアはディーに指し示された床に、確かに魔法陣の気配を感じた。


「城内の魔法陣は母さんが逃げたときに全消去したんじゃなかったっけ……」

 無効化した古い魔法陣を蘇らせてモニカが逃亡したため、記録に残る城内の魔法陣は書き換え魔法による無効化ではなく、徹底的に消去されたはずだ。

「この魔法陣は俺の暗殺未遂の証拠だから、まだとっといてある。せっかくだから有効活用しないと。ミア、書き換え魔法が解けるか?」

「うーん、やれるかな」


 魔法陣ははじめてだが、「本能で」なんとかなった。

 見えない糸の束を引っ張るように引き寄せると、出口の分まで魔法がほどけた。


「便利だなあ。封印・解除の聖女……」

「どうすんの、これから」

「王領の森に行く」

「いいの? そんなことして」

「いいわけない。勝手に行く。騎士団に調べさせたら、王立魔物討伐隊がロクに仕事してなかった。今の総隊長はビビリで有名だけど、ちょっと度が過ぎてる。さっさとバシリスクを討伐しないとまずいことになる。特級魔獣は一頭でもいると近くの魔物が行動を変える。王領の森は人間の居住区に近いし、これ以上のんびりしてられない」

「わかったけど……。それって王子の仕事?」

「なわけないだろ。俺が行かなくたってやれるやつは討伐隊にいるさ。やれるやつが動けないんだ。総隊長が動かそうとしないから。酷い話だ」

「王立魔物討伐隊の総隊長って、ラングヤール侯爵の息子だっけ」

「よく知ってるな」

「ブリギッタ・ラングヤール嬢が今日言ってたの」

「家の権勢のために向いてないやつを頭に推さないでほしいよな。まともに戦えるやつらが高位貴族に押さえつけられて動けないなら、位だけは高いバカ王子が行くしかないだろ」


 言っていることは自嘲的だったが、ディーの表情にあるのは責任感だ。

 「位だけは高いバカ王子」として、公の討伐隊が動かないあらゆる現場に出て人々を救ってきた自負がそこにあった。


「わかった。手伝う」

「助かる」


 ディーに手をとられ、ミアは魔法陣に飛び込んだ。

 昔のように、またディーと狩りができることがうれしかった。




 魔法陣は高位貴族用の馬車どまりに通じている。城外には通じていないが、見張りを振り切るには有効だった。

 魔法陣を封じ直して、待っていた馬車に乗り込む。馬車の主は「地方派」の貴族らしい。ディートハルトの回復を喜んだ後、彼は社交界の最近の動向を簡潔に語った。真剣に応じるディートハルトは、バカ王子どころか分別のある大人の男に見えた。


 城の敷地を出てすぐ、貴族の馬車を降りて庶民向けの乗り合い馬車に乗り換えた。

 貸し切りなのか、車内にいるのはディートハルトとジェッソとミアだけだ。


「突然悪かったな、ミア。力使わせたけど、体調大丈夫か?」

「大丈夫」

 実際、覚醒による体調不良は近ごろすっかり落ちついていた。


「やばそうだったら森に入らないで待機な」

「え。行くよ。今さら行かないとかないよ。バシリスクの魔力封じなきゃ狩れないでしょ」

「ジェッソがいるから、魔法防御はできる」

「行くもん。気づかうくらいなら、なんで連れてきたわけ?」

「ミアは俺の協力者だって、周りに認知させようと思って。聖堂から正式に通達が来て、ミアが古代の聖女だって城中に知れたら、そうやすやすと連れ出せなくなる。今のうちにミアは俺の味方だーって見せびらかしておきたいなと」

「……ガキか」

「戦略と言ってくれ」

「見せびらかしたりしなくたって……わたしはいつでもディーの味方だし」


 恋の告白をしたわけでもないのに、ミアは恥ずかしくなってうつむいた。カーッと顔がほてる。


「めちゃくちゃ強力な味方だよな。頼もしいよ。……ところでミア、君に一つあやまらなくてはいけないことがある」

「なに? 改まって」

「廊下で行き会ったメイドや騎士たちは、俺がミアを私室に引っ張り込んだと思ったはずだ。そして今も、部屋の中に二人でいると」


「…………あーっ!」


 ミアは愕然とした。

 不都合なことに、ディーの部屋には脱ぎ捨てたドレスまである!


「第一王子が第三王子の侍女に手をつけたと。そんな噂が城内を飛び交っているんじゃないかと。本当にすまない」

「どどどどうしてくれんの! わたしの純潔が!」

「大丈夫だ。そんな噂は数時間で消える。これから、王領の森の討伐隊駐屯地に行くから。一緒にバシリスクを捕って帰れば、そっちが話題になって誤った噂は消えるさ。がんばろう、狩り」



「『がんばろう、狩り』じゃないよーーーー!」



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