45・悪い聖女を潰し隊
モニカがディートハルトの病室控えの間に駆けつけると、アウレールはジェッソと共に、本の積み上がったテーブルで調べものをしていた。
「ちょっと婿養子!」
「遅かったですね」
「遅かったですねじゃないわよ! 第一王子の婚約者って、ミアのお姉さんですって!? あんたの義妹ですって!?」
「そうです。アンネリーゼです。今さら何を」
「知らなかったのよ! ワスが流血して失神してんのに完全無視決め込んだ聖女でしょ?」
「そうです」
「ろくでもないやつじゃないの」
「そうですよ」
「そうですよって……」
モニカが改めてアウレールを見ると、彼は表情のない冷たい顔つきになっていた。いつも穏やかな印象の彼らしくない。
「アンネリーゼは、良い妃になれる子ではない。いえ、もう子供ではないですね。妃に適した女性ではない。しかし彼女をそんなふうにしてしまったのは、僕たち家族にだって責任がある」
「婿養子、あんたもしかして気苦労の多い人ね?」
ローが頼りないから、いろいろ背負い込んで大変そうだとモニカは同情した。
席についたモニカがテーブルに目をやると、そこに積み上がっているのは転移魔法陣の本だった。
「モニカさん。あなたは魔力の勘応力が非常に高い。ジェッソも高いですが、彼以上だ」
火風水地の四元素由来ではない、防御や回復など無属性の魔法使いは、一般に他者の魔力を感じ取る能力が高い。封印・解除は無属性の中でも強力な力なので、勘応力も準じて高かった。
「まあね」
「我々はディートハルト殿下を飛ばした魔法陣の痕跡を探しているのですよ。殿下は自らの意志で城を出て王領の森に行ったのではない。その証拠を探しているのです」
「自分の意志じゃなかったら誰の意志よ?」
「簡単に言えば、政治上の敵でしょう」
「王子を亡き者にしちゃえって勢力があるのね?」
「そういうことです。過去に描かれた魔法陣の痕跡はわかりますか?」
「消したってわかるわよ。あたし、場の魔法履歴が読めるもの」
モニカの言葉に、アウレールとジェッソが我が意を得たりとばかりに頷きあった。
「さすが、頼りになります。モニカさん」
「じゃ、探しに行きましょ。けどあんたたち、王子についてなくていいの?」
「ジェッソは殿下の病室へ戻ります。今夜は僕とモニカさんで。探す痕跡は二つです」
「二つ? 王子を飛ばした魔法陣だけじゃなくて?」
「もう一つ、ジェッソを飛ばしたか、ジェッソの元へ誰か送り込んだ魔法陣があったはずです。ジェッソは殿下が連れ去られた晩、毒で瀕死になった。なのに、翌朝何事もなく目覚めたそうです。王宮医師は睡眠薬を盛られたと診断しましたが、睡眠薬どころではない激烈な症状だった。誰も彼の証言を信じませんが……」
「あんたは信じるのね、婿養子」
「ええ」
言い切ったアウレールに、ジェッソが潤んだ目を向けている。ジェッソのほうが魔力は強いし、術式も彼が中心に編んでいるようだが、兄貴分はアウレールらしい。
「瀕死がケロッと治ったなら聖女が絡んでるんじゃない?」
「絡んでいると思っていますよ、僕は」
「ハルツェンバインにも悪い聖女がいるのねー。ゲートルドならいくらでも悪役聖女いるけど、この国の聖女ってお人形さんみたいなのばっかりだと思ってた。ちょっと面白くなってきたわね」
気軽に言い放ったモニカだったが、どうも場の雰囲気が重い。
アウレールもジェッソも、思いつめたような暗い顔をして床を見ている。
「ねえ、その聖女ってまさか……」
モニカはごくりと唾を飲み込んだ。
話の流れからして、思い当たる聖女は一人だ。
「確実な証拠はありませんが、可能性が否定できないのです。彼女は奔放で、ディートハルト殿下との関係は良好とは言えませんでしたし、我が家の騎士に命じて彼女の行動をたどったら、殿下の反対陣営の貴族複数名と接触していました」
「うわあ最低……。だけど最高」
「最高?」
アウレールが怪訝そうに顔を上げる。
「アンネリーゼが王子の敵だったら、ミアの恋を応援できるじゃない。待ってなさいミア、あたしが悪い聖女をぶっ潰してあげるわ! おっしゃー!」
モニカは拳を握りしめて勢いよく立ち上がった。
ひさしぶりに湧き立つものを感じる。
「アンネリーゼの悪事を暴いて、第一王子にズバッと婚約破棄を言い渡してもらいましょう。そしたら晴れてミアは第一王子と結婚できる!」
「モニカさん、あまり先走らないでください。……ああもう心配だなこの人」
「なに言ってんのよ、急がないと大変なことになるのよ!」
ミアが恋心を踏みにじられて第二王子と婚約させられる前に、早くなんとかしなければならないのだ。
ディートハルトの私室へ向かうのはいいが、モニカの後には見張りの騎士がぞろぞろついてくる。
「ねえ、いいの? こいつら」
モニカは背後の騎士たちをアウレールに指し示した。
「好都合だと思いますよ」
「なんで?」
「小人数でいたら、調べられたら困る相手に消されるかもしれませんから。昼間はカレンベルク家の騎士が守ってくれますが、夜間の王宮内ではそうはいかない。僕ができるのは魔法防御だけです。物理的に攻撃されたらあっさり殺されます」
「なるほど、これだけいたら安心だわね。こいつら全員王子の敵側だったら洒落になんないけど」
「王妃殿下が采配しておられますから、大丈夫ですよ」
あの王妃か。モニカは気性のさっぱりしていそうなハルツェンバインの王妃を思い浮かべた。勘だが、ミアの味方の気がする。
日はすっかり落ちているので、廊下はほの暗い蝋燭の明かりで照らされるのみだ。しかし探すのは魔力の痕跡なので、視界の良し悪しは関係ない。
モニカは廊下の突き当りに掛かった絵を指差した。
「あった」
「あの絵ですか」
「ううん。あの絵の裏の壁。そこの騎士、あの絵外しなさい」
モニカの自然な命令口調に見張りの騎士が動きそうになったが、はっと我に返ったように立ち止まる。
「君、外して。――モニカさん、命令慣れしてます?」
「バカにしないで。あたしは魔物討伐隊のお頭よ」
ブランケン領の戦場でも指揮してたわと言いそうになったが、黒歴史なのでやめておく。あれはちょっとやりすぎた。
絵が外された壁にモニカが近づく。片手を突き出し、握り込む動作をする。
「解除」
ヴン……と低く音を立て、壁にところどころ消えかけた魔法陣が浮かび上がった。
「これは……」
「魔法陣は消されてなかったのよ。ただの壁になる魔法を上書きされてたわけ。ちまちま消すより素早く完璧に隠せるわ。上級魔法だけどね」
「なるほど……。痕跡が見つからなかったわけだ」
「風魔法の気配も残ってる。王子、ここで敵と軽くやりあったんじゃない?」
「風以外の攻撃魔法の気配はありますか?」
「ないわ」
「ならば、敵の攻撃は物理か、殿下と同じ風魔法か」
「この魔法陣どうするの?」
「まずは陛下に報告を。陛下の判断を仰ぎます」
「えー。王様が秘密にするって言ったらどうすんの。いつか大きくなる話ならさっさと大きくしちゃいましょうよ」
変化は速度が肝心なのに。ハルツェンバイン人は慎重ぶって取り繕うから内部から腐ると、ゲートルド城でよく悪口を言われていたのを思い出す。
「勢い余って領国潰した人が判断しないでください……」
「あら、よく知ってるわね。じゃ、次は魔術師のほうの魔法陣探しね。アンネリーゼに繋がるかもしれないやつね。気合入れていくわよ!」




