第九二話「彼女が遺してくれたもの」
ベリアルの騒動が終わってから半年。
厳しい冬が終わりを迎え、また春がやって来た。
「お姉ちゃん、こっちこっち!」
「はいはい」
可愛い妹が急かすので、私は村にある小高い丘の道を急ぎ足で登っていた。
アンナは最近流暢に話せるようになってきた。まだまだ母さんや私に甘えてばかりだけれども、しっかりとした所も見せるようになってきたので、この春からは村の学校へ通わせてもいいかも知れない、と母さんと話している。村への送り迎えはサマエルさんがやってくれるらしい。流石頼れる姉御だ。
丘の上へ上がると、ぷぅっと頬を膨らませた妹が仁王立ちしていた。
「遅い!」
「勘弁してよ、アンナ。お姉ちゃんあんまり体力は無いのです」
「今度シャムシエルお姉ちゃんに鍛えて貰おう!」
うえ、それは本当に勘弁願いたい。あの鍛錬馬鹿にかかったら、朝から晩まで走り込みとかさせられかねない。
膨れる妹を宥めながら、私たちは目的の場所に辿り着いた。
そこには地面から天を目指して葉を伸ばす、ひとつの芽があった。
「こないだよりも大きくなってるね!」
「そうだねぇ、ちゃんと育ってくれてて嬉しいよ」
私もアンナも、すくすくと育つ芽に感慨深いものを感じ、しゃがんだままうんうんと姉妹で同じように頷く。三日前は八センチほどだったけれども、今は一〇センチくらいかな? 順調に伸びてくれている。
そう、シャラが遺してくれた種をこの丘に植えたところ、春を迎えて無事芽吹いてくれたのだ。
一体何の樹かは分からないけど、それでもここからシャラが見守ってくれているようで、私は胸が熱くなる想いだった。
「この調子なら、夏には木登り出来る!?」
「いやいや、それは無理です。せいぜい伸びてもアンナの身長を超すくらいじゃないかな?」
「なぁんだ……」
あら、残念そう。それにしても最近はお転婆な子になっちゃったものだ。村の同じ年頃の男の子、カイ君ともよく遊んでいるみたいだし。あの子も腕白だから、影響されちゃったのかな?
「あれ? リーファくん?」
丘を登ってきたらしい誰かが私の名前を呼んだので、振り向く。まぁ今でもこの呼び方をするのは一人しか居ないんだけれども。
「リリじゃない。リリも樹の様子を見に?」
「うん、なんか、気になっちゃうしね」
リリは「あはは」と困ったように苦笑する。
彼女にもシャラの最期については伝えているため、この樹が特別な意味を持つことは理解しているのだ。
「順調に伸びてるみたいだね」
「うん。シャラがここに居るみたいで嬉しい」
「……そうだね」
リリにとっても、シャラは大事な師匠であり親友だったのだ。この樹は他の作物たちと同じくらいに大事なものなのだろう。
リリも私たちと並んでしゃがみ、じぃっと芽を見つめる。その胸中は如何なるものなのか。多分私とは違うだろうけれども、シャラを懐かしく思う気持ちはきっと同じだろう。
「……ねぇ、リーファくん?」
「うん?」
同じように芽を見つめていた筈のリリは、いつの間にか私の方を見つめていた。その表情からは、何か申し訳ないような、そんな気持ちが感じられていた。
「リーファくんと、シャラさんって……」
「………………」
「……なんでもない。やっぱり止めた」
……何を聞こうとしていたのか大体分かるけど、その質問は私にとって辛いと察してくれたんだろう。リリは立ち上がると、「アンナちゃーん」と妹に抱きついた。
「リリお姉ちゃん、なあに?」
「ちょっと私と一緒に、あっちの小川の方に行こっか」
小川、と聞き、妹の瞳が輝く。普段は危ないから一人で行かせてくれないんだよね。
「小川!? 行く! お姉ちゃんも行こ!」
「ううん、リーファお姉ちゃんはここでお留守番。ささ、行こ行こ」
「え? う、うん」
戸惑うアンナを引っ張り、リリは小川の方へと去って行った。
……気を遣わせてしまったかな。
丘の上に穏やかな風が吹く。まだ春も始まったばかりで、少し空気は冷たい。
私は一人、近くの樹に寄り添って座り、村の様子を眺めていた。
「………………」
シャラが居るみたい、か。
「でも、シャラはもう居ないんだ」
私は膝を抱え、胸にじくじくと残る傷を堪える。半年も経ったというのに、私を好きだと言ってくれた女神様が私を庇ったことでこの世を去ってしまったことは、大きな傷となっており、まだ癒えていない。
「会いたいよ、シャラ」
「なんや、辛気臭い声出しよってからに」
………………。
あ、あれ? おかしいな。シャラを想い過ぎてとうとう幻聴が聞こえるようになった?
「うーん、精神的に参ってるのかな……?」
「こらこら、なに人の言葉を幻聴扱いにしとんねん」
「あひゃっ!?」
こ、今度はほっぺたを引っ張られた!?
慌てて振り返る私。
そこにはシャラが――
「ちっさ」
「な、なんや! 言うに事欠いてそれかいな!」
い、いや、だって小さいんだもん。元々外見は私と同じくらいの年頃だったシャラだったけど、今はアンナより小さい。三、四歳くらい? 髪もショートボブになっている。
そう言えば、声も幼い。え、えぇ? ホントに幻じゃないの、これ。私、ベリアルに化かされてない?
「ど、どういうこと? シャラ、死んだ筈じゃ?」
「死ぬ前にな、一か八か魔力の残り滓を種にしておいたんや。そしたらどうや! うち復活しとるやないか!」
ふんぞり返る幼女シャラ。え、えぇ…………。
なんだよう……、私たちの涙を返せよう……。
がっくり項垂れる私に、シャラはケラケラと上機嫌に笑って肩を叩いてくる。
「ま、今はこの樹に寄生しとるような状態やし、これ以上移動も出来んけどな。せやから、ちゃんとこの樹が育つよう守ってな?」
「……もしかして、私が神気を与えれば、シャラは元に戻るんじゃ?」
うん、〈神の慈悲〉を使えば元に戻るような気がする。それこそ膨大な神気が必要になるけれども。
「あー……それは無理やと思う。うち、今は魔力やなしに樹の生命力で動いてるしな」
「そ、そうなんだ」
うーむ、神格から精霊になっちゃったみたいな感じかな?
まぁ、精霊とは言えシャラ本人が戻ってきてくれたのは素直に嬉しいね。みんなも喜ぶだろう。
「そ、そいでな……?」
「うん?」
なんかシャラがもじもじしてる。なんだろう。
「無事やったし……、改めてあん時の返事……聞かせて欲しいんや……」
「……あー…………」
あー。
「ごめん、妹より年下はちょっと……」
「んなっ!?」
盛大にショックを受けたらしいシャラは、その場に頽れてしまったのだった。
うーん、残念。
早春の風はまだ冷たい。
彼女がすくすくと育つよう、私たちが見守っていてあげなくては。
◆ひとことふたこと
シャラが退場と言ったな、アレは嘘だ。
神格から精霊になってしまったシャラですが、別に格が落ちたという訳ではありません。
在り方が異なる、全く別の存在になってしまったようなものです。
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ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
まだリーファちゃんの物語は続きます!
よろしければブクマと評価などを頂ければ幸いです!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!




