第八六話「すべては仕組まれていたことだったというわけか」
「やあ、久しいね聖女リーファ。話はカナフェルから聞いたよ」
「猊下から……?」
何故? 何故私たちの話が猊下を通してベリアルへ筒抜けになっているんだ? どうしてこいつは――
「……猊下を操っていたのですね……、シャラのように……」
すぐにその考えへ至った私に、ベリアルは乾いた拍手を送った。嬉しくもなんともない。
「ああ、そうさ。僕がこの大教会で大人しくシスターの仕事だけをやっていたと思っていたのかい? 浅はかな考えだよ」
なんということか。陛下にだけ目が行っていたけれども、大司教猊下はこの国のカナン教を纏める指導者だ。最も操られてはならない人物の一人だったことに今気づいてしまった。
「それにね、昨日あの魔道具屋で僕を監視していたことは気づいていたんだ。あまり僕を甘く見ないで欲しいものだね」
私たちの行動も端から筒抜けだったわけか。流石は二番目に創造された天使といったところか。
そう言えば、シャラはどうしたんだろう。猊下に連れて行かれたということは、ベリアルに何かしらされているのだと思うが……。
「……シャラは、どうしましたか?」
「ああ、彼女なら生贄になって貰う」
「……生贄? 何を言っているのですか? ここは魔宴の会場では無く、教会ですよ?」
理解できていない私に、ベリアルは小さく鼻を鳴らして大手を広げた。
「彼女はこのカナン教にとっては異端の存在だからね。教徒たちの前で、見せしめにカナフェルの手で処刑して貰おうと思う」
「なっ!?」
「動くな」
とんでもないことを言い出したベリアルに驚き、私は慌てて部屋を出るため大悪魔の横を素通りしようとしたところ、脇腹に冷たい物が押し当てられて思わず動きを止める。見下ろしてみるとナイフだった。的確に急所を狙っている。本気だ。
「席に戻れ。お前では僕に勝てないぞ?」
「くっ……」
ベリアルの言う通りだ。サマエルさんが苦戦するような相手と近接戦なんてどう足掻いても勝てる見込みは無い。
私が大人しく席に戻ると、ベリアルは満足そうに頷く。
「さて、話の続きだ。この国のカナン教にはこれから再び異端の存在を許さぬ方向に進んで貰う。そうなればカナン教の混乱は必至だろうね」
「……現代社会の秩序を破壊し、貴方は何がしたいのですか?」
そう、それは気になっていた。秩序を破壊し、そしてこいつは何を成し遂げようとしているのだろうか。
仮に秩序を破壊したところで、待っているのは混乱。それは彼にとっても暮らしにくいものだと思っている。
「目的か? それはシンプルだ、神を貶めることだ」
「神を、貶める?」
「そうだ。僕という存在を不要として堕とした神への復讐、それが目的だよ」
堕天使というのは二種類居る。自ら望んで悪魔の道を進み堕天使と成った者と、神に見放されて成った者。サマエルさんは自由を望んで悪魔になったので前者だけど、ベリアルは後者だったのか。
「明けの明星が堕ち、天使たちのトップとなった僕だったけれども、僕は神に気に入られていなかったからね。すぐに堕とされてしまった。全く非道い話だよ」
そう言ってから、「さて」とベリアルは踵を返し、扉を開いた。
「君には事が終わるまで大人しくしておいて貰おう。まぁもっとも、何も出来ないだろうがね」
小さく不敵に笑ったベリアルは、その表情を崩すこと無く扉を閉めた。
◆ひとこと
リーファちゃんが「サバト」と言っていますが、これは黒魔術由来であり、リーファちゃんの使う近代魔術とは毛色が違います。
鶏やら羊やらを生贄にして力を得る魔術で、近代魔術の使い手からはいい顔をされません。
--
次回は明日21時半頃に更新予定です!




