第六九話「こんにちは、三日ほど大悪魔をやっているリーファと言います」
大悪魔ベリアルとして捕えられた日、私は近くの町ベンカーまで護送された。ベリアルだと主張する誰かが居ただけで捜索を打ち切ってしまうのだから、兵士たちの質が知れるというものだ。
それから詰所の牢に閉じ込められ、「悪魔ならば飯も要らぬだろう」と訳の分からないことを言われご飯も与えられず三日が過ぎた。水だけはこっそり使っている魔術で何とかなっているけど、空腹がそろそろ限界だなぁ。悪魔に対する偏見もまだまだ残っているものだね。
逃げるだけなら王都で捕まっていた時よりも簡単に出来そうだけれども、今回はこの騒動を仕掛けた誰かと接触するために捕まることが目的だったので大人しくしているわけで。何かアクションが欲しい所だなぁ。
「では、ここにベリアルが?」
「はっ! 自らそう名乗りました!」
「おい、こちらを向け……なっ!? せ、聖女様!?」
ん?
何やら、聞き覚えのある声がしたと思ったら……あれ? この騎士様、私を聖女としてシュパン村から王都まで連れて行ったアロイスさんじゃない。
「……ごきげんよう、アロイス様。アロイス様が今回の仕掛け人でいらしたのですか?」
「せ、聖女様が何故ここに? それに仕掛け人というのは?」
「兵士たちがシュパン村を襲ったことです」
私が鉄格子越しで端的にそう告げると、アロイスさんはお供の兵士に厳しい視線を向けた。この兵士、シュパン村を来襲した兵士たちの隊長を務めていたな。アロイスさんの副官だったのか。
「お、襲ったなどと! 我等は命令に従い、魔術師の捜索にあたっただけです!」
「畑などを荒らして良くも言えたものですね」
私はあくまでも冷たい態度でそう返した。お腹が空いていてこちらはイライラしているのだ。容赦などしてやるつもりは無い。
ところがアロイスさんは、「なんだ、その命令というのは?」と兵士に詰め寄る。
「ベリアルは強大な魔術を使う、だから軍属でない魔術師を見つけたら捕えろ、などという無茶苦茶な命令と伺っております。ですから、わたくしは母上が捕えられぬよう敢えて目の前で術を使い、自らベリアルと名乗りました」
「なんと……、流石は聖女様、他者への愛に溢れて――」
「それより、命令についてです。アロイス様は命令をご存知無かったようですが?」
こーの騎士様は聖女絡みだとすぐに脱線するので、無理矢理軌道修正した。今はこっちの話を優先してほしい。
アロイスさんはと言うと、「いえ、そのような命令は下しておりません」とばっさり言い切った。
「そ、そんな! アロイス様が直接我等に命令を下されたのですぞ!?」
「馬鹿な! 私はそのような命令など出してはいない! そもそも、軍属でない魔術師などどれほど居ると思っているのだ!」
なるほど、これは――
「……取り敢えず、容疑が晴れたようですので解放して頂けますと幸いです。ああ、三日間食事を頂けなかったので、何か食べるものも頂けますか? 悪魔もお腹が空くのですよ?」
私は圧をかけるように、言い争う二人に皮肉交じりでそう微笑んでみせたのだった。
三日も食べて居なかったため胃がびっくりするので、軽くスープを頂いてからアロイスさんたちとシュパン村への帰路に就く。アロイスさんの後ろに乗馬することを勧められたので、素直に従うことにする。牢生活で体力が落ちてるからね。
「それで、アロイス様から命令が下ったというのは間違いないのですね?」
「間違いございません。ベンカーの町でアロイス様より命令を受け、即日対応いたしました」
馬上から横を歩くイザークさんという兵士に問いかけると、先程も聞いた答えが返ってきた。
まぁ、上司から命令が下されれば従わざるを得ないんだろう。この副官に罪は無いと言える。畑を荒らしたのは許せないけど。
「わ、私はそのような命令を下しては居りませぬ! 信じてください!」
「しかし、確かにアロイス様から命を受けたのです! 証人もおりますぞ!」
「くっ……!」
そして、アロイスさんもこの様子だと嘘は言っていないんだろう。それに嘘を吐ける人だとは思えない。
となると、答えは一つだろうな。
「お二人とも、嘘を吐かれてはいないのだと思います。わたくしにはなんとなくですが、この現象の原因が理解出来ました」
「我等が二人とも真実を言っているというのに、ですか?」
私の言っていることが理解出来ず首を傾げるアロイスさん。まぁ気持ちは分かる。
「はい。恐らくイザーク様は、アロイス様に化けたベリアルから命令をお受けになったのだと思われます」
「……なんですと? それは真ですか、聖女様?」
「わたくしは先日ベリアルと対峙し、ベンカーの町の方角へ飛び立つ姿を目撃しています。断言は出来ませんが、何かしらの細工がされてもおかしくはないと思っています」
あの時ベリアルはシュパン村近くにある古代遺跡から東の方角へと飛び立った。
恐らく途中にあったベンカーの町に滞在し、現代の情報収集を行ったのだろう。現代語をどうやって操ったのかは分からないけれども、何しろ元は神より二番目に創られた天使だ。色々と規格外だしその辺りは考えていても仕方がない。
そしてシュパン村に居る聖女の情報を知り、混乱を呼び起こすためにアロイスさんの姿を借りて魔術師狩りを行わせた、こんな所なのではないか。
「それは……なんとも、ベリアルの恐ろしさが身に染みて分かりました……」
アロイスさんは戦慄しているようだ。無理も無い、自分の姿をした悪魔が自分の知らぬ間に悪事を働いていたのである。事と次第によっては刑を免れなかっただろう。以前王弟派の陰謀に巻き込まれたことと言い、ホント運が悪いなこの人。
◆ひとことふたこと
悪魔はレアな存在であるため、まだまだ偏見は残っています。
シュパン村の人たちはサマエルで慣れているのですが、普段接触していなければこんな対応になります。
アロイスさん再登場。
聖女絡みだと熱くなるのは変わっていないようです。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!




