第六五話「毒を浄化させるために必要なこと」
二人、湯船の中で背中を合わせて浸かる。いつもなら肩を並べてみんなで楽しい話をしているお風呂だけれども、今日は私が生理的にアレなので流石にお互い気にしてしまい、静かな空気が漂っている。
「………………」
「………………」
お互い何を話すこともなく、ただ無言の時間が流れる。
「……なぁ、リーファちゃん」
「ん、なに?」
「うちなんかを……助けてくれて、おおきにな」
なんか、か。相変わらず自己評価の低い女神様だ。
「……なんか、なんて言わないでよ。シャラは大切な家族なんだからさ」
「でも……」
「でもは無し。シャラに何かあったら母さんも、アンナも、サマエルさんも、シャムシエルも、みんな悲しむよ」
彼女と過ごした時間はまだ短いけれども、母さんはシャラと居ると楽しそうだし、アンナも懐いているし、サマエルさんもシャムシエルもまるで姉妹のように仲良くしてくれている。
「……リーファちゃんは?」
「勿論、私も。だから、自分を卑下なんてしないでほしい。シャラはみんなに大事にされているんだ。それを分かってほしいな」
「…………そっか」
背中の方で動く気配があったかと思うと、シャラは私の右隣に移動してきた。
「え、シャ、シャラ?」
「え、ええんや。今はリーファちゃんの顔を見ながら話がしたいんや」
シャラは頬を赤らめ、私から視線を逸らしながらそんな風に答えた。
うぅ、いつも見慣れている裸とは言え、今の私にはついている訳で。生理的な反応が、その、ですね……。いけないいけない。頭の中で難しい術式でも構築しよう。水の精霊と火の精霊を召喚しつつその力を利用し水を瞬間的に沸騰させることで体積を大きくさせることにより押し出す力が発生するのでそれを利用して力学的作用をさせる機構を――
「……リーファちゃん?」
「はいっ!」
硬直して術の構築に勤しんでいた私を、ジト目のシャラが止めた。
「なんや? 何固まってたん?」
「い、いや、その……、今の私、一部が男なので」
「ふーん? て、ことは……う、うちのこと、意識してくれてん?」
う、そ、そうだよ! ばっちり意識してるよ!
と言ってるも同然のように、私は思わずシャラから目を逸らしてしまった。
「……ほんなら、ええわ。なんやちょっと、自信持てた気ぃするわ」
なんか嬉しそうだ、この女神様。よく分からないけれど自己評価の向上に役立ったのなら良かったと言うべきなのか。
「あんなー、リーファちゃん」
「うん?」
「うち、リーファちゃんのこと、大好きや」
シャラはそう言って、私の右腕に自分の腕を絡め、肩に頭を載せてきた。
「……うん、私もシャラのこと、大好きだよ」
「ちゃうねん、うちの好きは、もっとちゃうねん」
ぎゅう、と右腕がしっかりと抱き締められる。シャラの胸の感触がしっかりと感じられ、再び私は脳内で魔術の構築に入りそうになる。
「けどな……、その想いも、もしかするとベリアルに作られたものかも知れへんと思ってしまうんや……」
「………………」
そうか、シャラはもう自分の想いすら信じられなくなっているのか。
これは一刻も早く、彼女を冒しているベリアルの毒を取り除かなければ、心に安寧が訪れないだろう。
「……もう、精神感応系が苦手とか、そんなこと言ってられないな」
「え? わ、リーファちゃん、何を……」
私はシャラの肩を掴み正面を向かせる。彼女はあわあわと視線を泳がせたけど、「落ち着いて」と言って、もう片方の手で彼女の頭を抱き、自分の額と彼女の額を合わせた。
目を閉じ、精神を統一し、彼女の中にある異物を探す。それはまるで砂漠で針を探すような作業だけれども、手がかりが無いわけではない。ライヒェ荒野で彼女にこびりついていた魔力は左耳の後ろに有った。恐らくその辺りだろう。
それに、その異物はベリアルに対して何らかの信号を送っている筈だ。だとすれば探知系の魔術を応用すればそれを検知することが出来るだろう。信号の中身を理解する必要など無い。
「……あった、これか」
五分ほど経過したところで、彼女の精神に食い込んだ楔のようなものを感じ取ることが出来た。
それは明らかに何かしらの信号を定期的に外へと放出していた。中身を解読することは出来ないものの、東の方角へと向かっている。恐らくベリアルが飛び立って行った方向で間違い無いだろう。
しかしこれはあの時破壊出来なかったのも頷ける。彼女自身の膨大な魔力で守られている位置に根差しているからだ。
「シャラ、君を操っている魔力片を見つけた」
「ほ、ほんまか……!?」
嬉しそうに顔を綻ばせるシャラ。でも僕は気まずさに頬を掻いてしまう。
「ただ……簡単には外せないんだ。魔力片がシャラ自身の力で守られてて」
そう語ると、すぐに顔を曇らせてしまう。
でも、手はある。手はあるんだけど、ねぇ……。
「それじゃあ、どないすればええんや……?」
「ええっと、内部から壊せばいい。その方法なんだけど……口と口を合わせる必要があるんだ」
「へ?」
あまりに突飛な内容に、シャラの声が裏返る。いや、うん、冗談言ってるわけじゃないんですよ?
「キス、しながら、壊す。私がシャラの内部から壊すとなると、それが一番」
「そ、そそそそれは!?」
いやー、うん、分かりますよ? 私も恥ずかしいので。
でも、奇跡が使えるのは私しか居ないからねぇ。私がやるしかあるまい。
「どう、かな?」
「どう……って、そんな、えっと、うちにも心の準備がな……?」
真っ赤になっておろおろと忙しなく視線を彷徨わせるシャラ。
うーん、このまま放っていても埒が明かないからね。仕方ない、やろう。
私はがっしりとシャラの両肩を掴むと、奇跡の術式の構築に入る。
「主よ、憐れな贖罪の山羊を救い給え」
「え、ちょ、ちょま」
「〈祝福があるように〉」
奇跡を展開すると同時に、私は自分の唇で彼女の唇を塞いだ。
◆ひとことふたこと
今までに無いほどのドキドキ展開ですね!
そりゃリーファちゃんも意識しちゃいます!
途中でリーファちゃんが構築しようとしている魔術機構は蒸気機関です。
もうちょっとで技術がブレイクスルーするところでしたね(笑)
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次回は明日21時半頃に更新予定です!




