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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第二章「寂しがりやの女神様」
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第五三話「そんなことに二〇〇〇年もかかったなんてとは思う」

 南へ向かってゴトゴトと馬車に()られることぴったり二週間。私たちはかつてアバドンの封印があったダークエルフの森、ロイヒテンダーバルトも越えた(はる)か南の国境(こっきょう)付近、ライヒェ荒野(こうや)へとやって来たのだった。


「やぁっと着いたのか、身体が固まっちまうかと思ったぜ」


 メタトロン様はそう言って()びをしているけど……途中(とちゅう)町に立ち寄った時や野営(やえい)の時に鍛錬(たんれん)していたのは見ている。最強の天使とは言っても、そういう地道(じみち)な努力があってこそなのだろうなぁ。


 ラグエル様はと言うと、しょっちゅう神術(しんじゅつ)で各地の天使とやり取りをしていたようだった。神聖語は私も習得しているので会話の中身も分かるのだけれど、聴かないのがマナーだと思い(はな)れていたので何の用件だったのかは知らない。


 今回旅に同行しているのは私、シャムシエル、サマエルさん、メタトロン様、ラグエル様とギュンター様(ひき)いる近衛(このえ)兵の皆様(みなさま)だ。母さんとアンナは(すで)に自宅へ帰っている。妹が私と離れても平気になってしまったようで少し(さみ)しい。


「ギュンター様、早速(さっそく)ですが、封印の場所についてお教え頂けますか?」

「はい、聖女様。ご案内いたします。オットー、三名ほど護衛(ごえい)見繕(みつくろ)ってくれ」


 下馬(げば)したギュンター様が副官(ふくかん)のオットーさんに指示を出している。ギュンター様は公爵(こうしゃく)家の三男と聞いているのに、聖女とは言え平民の私に対しても(つね)礼儀(れいぎ)正しい。だからこの人は信頼(しんらい)しているんだよなぁ。


 近衛兵の皆様が準備出来たところで、封印の地へと出発する。ギュンター様(いわ)くここから大体(だいたい)一五分近く馬車の通れないような(せま)い道を歩いていくらしい。


随分(ずいぶん)(さび)れた場所だな。だが、あそこには町の(あと)も見えるな」


 (つばさ)から神気(しんき)放出(ほうしゅつ)し、シャムシエルが少し上から(あた)りの様子(ようす)観察(かんさつ)している。一見(いっけん)何も無い荒野だというのに、昔は町があったのか。


「ここは人間とは仲の良かったシャラが居た頃は(さか)えていたんだがな。俺たちがシャラを封印したとは言え、アイツは悪気(わるぎ)も無く人間に対しても優しい奴だったから、当時は俺も良心が痛んだな……」

「そうなのですか……」


 シャラ自体は無害なのに封印してしまうのはどうかと思うけど、当時はカナン神国(しんこく)も悪魔を問答無用(もんどうむよう)で倒していたし、今の価値観(かちかん)()(はか)ってはいけないのだろうなぁ。


 そうだ、その辺り気になることがある。いい機会(きかい)だし聞いておこう。


「メタトロン様、お(うかが)いしたいことが御座(ござ)います」

「ん? なんだ?」

「カナン神国は何故(なぜ)、悪魔を敵対視(てきたいし)しなくなったのですか?」


 私が見上げながら(となり)のメタトロン様に(たず)ねると、彼は露骨(ろこつ)眉根(まゆね)()せた。聞いちゃマズい内容だった?


「それかぁ……、やっぱり気になるか?」

「は、はい。それまでは悪魔に対して強硬(きょうこう)姿勢(しせい)(つらぬ)いていた神国が、何故(なにゆえ)軟化(なんか)したのかは私だけでなく、悪魔に対抗(たいこう)する力を(さず)けるために長い間封印されていた彼女も気になることだと思います」


 私はそう言って、辺りを警戒(けいかい)しながらもこちらの話を(うかが)っているであろうシャムシエルの方を見上げた。背の高いメタトロン様といい高い位置に居るのでさっきから首が(つか)れる。


「……そうか、そうだったな。シャムシエルは一二〇〇年もの間悪魔に対抗する聖女を生み出す使命のために封じられていたんだったな。だったら聞く権利はある」


 シャムシエルは一二〇〇年前、イールセン聖王国(せいおうこく)有事(ゆうじ)の際に巫女(みこ)へ聖女の力を与えるため一冊の本に封印される大役(たいやく)を負った能天使(パワーズ)の一人である。


 だけど、王侯貴族(おうこうきぞく)と教会の腐敗(ふはい)が進んだイールセン聖王国は一二年前に内乱で滅亡(めつぼう)、シャムシエルを封じていた本も略奪(りゃくだつ)されてしまったのだ。


 だから、彼女こそ神国が軟化した本当の理由を聞く権利があり、メタトロン様にもそれを教える義務があるのだ。


「簡単に言うと、神国が悪魔を敵対視しなくなった理由。それは合理性(ごうりせい)だ」

「合理性……?」

「そうだ。当時、多くの種族が版図(はんと)を広げていく世界に対して、俺たちの考えはあまりにも曲がったものだと気付いたんだ」


 天使の役目は神の教えに(したが)って人類を(みちび)くことだ。そして悪魔という存在が神以外に人類を導くこともある。それは異端(いたん)だ、(ゆる)されざることだと当時の神国の天使たちは考えていた。


 でも、悪魔と呼ばれる存在と言ってもただの魔族(まぞく)亜人(あじん)獣人(じゅうじん)だって居た。それらの種族は神が生んだ人類でない異端なものだという事だけで悪魔と(さげす)まれていたのだ。


 ある日、ある天使たちが気付いた。彼らは神より直接生まれた訳では無い異端とは言え、何の罪を犯しているのだろう、と。


勿論(もちろん)、その天使たちは処罰(しょばつ)された。だが、その考えはその天使たちに(とど)まらず、多くの者に広まった。それと同時に、こんな考えも生まれた。魔族などの異端でも神を(あが)めることは出来るだろう。彼らが異端と言う考え方は傲慢(ごうまん)に過ぎないか? 無闇(むやみ)に殺す意味とはなんだ? 自分たちのやっていることに正しさはあるのか、とな」


 一度自分たちの行いに疑問を持ってしまった天使たちは、御前(ごぜん)の天使たちに考えを求めた。でも、御前の天使だって神の考えをもって行動しているだけに過ぎない。


 異端だから殺す、封印する。それは神の考えを拡大(かくだい)解釈(かいしゃく)した結果に過ぎないことにやっと天使たちは気付いた。そして魔族や亜人、獣人だけでなく堕天使(だてんし)などの本当の悪魔と呼ばれる者たちにも、神の教えを()くようになったのだそうだ。


「だが、今の今まで殺し合いをしていた相手だ。そう簡単には受け入れられることは無かった。長い年月を()ても、未だに神に対して強い(うら)みを持つ者たちも居る」

「……合理性というのは、そういった意味でしたか……」


 (よう)は、神の教えを拡大解釈していた自分たちの間違いを(みと)めたということか。随分と長い年月を必要としたものだ。


「アタシたち堕天使は、とっくにそんなことには気づいていたけどねぇ」

「そうだな、サマエル。お前に二〇〇〇年近く(おく)れてやっと俺たちは気付いたのさ」

「ほーんと、頭の固い天使たちはこれだから」

「まったくだ。返す言葉がありゃしない」


 サマエルさんとメタトロン様は、クククと(ふく)み笑いをしている。自分を封じた御前の天使たちに対してもこの態度(たいど)なんだから、サマエルさんも心が広いよなぁ、と思う。


 話を聞いて何を思っているのかは分からないけれど、シャムシエルは前を向いたまま、静かに上空を舞っていた。


◆ひとこと


神国が方針転換をしたのが約一〇〇〇年前ですが、

シャムシエルが本に封じられたのは一二〇〇年と少し前なのです。

もうちょっと早く気付いていれば、ですねぇ。


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次回は明日21時半頃に更新予定です!

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