第一六一話「医療行為でハンマーって何に使うんだろう?」
帰りはカマエルが縛られ、麻袋に入れられてシャムシエルとサマエルさんに運ばれた。私はというと、アザゼルに再びお姫様抱っこされた訳で。なんか定位置になってしまったような……。
カマエルの配下一二人の遺体はそのままにしてある為、野犬か何かに食われるかも知れない。命令に従っただけで殺されたことを思うと胸が痛いけど、どうしようも無いのだ。
「リーファちゃん! 無事だったのね!」
ゆっくりとアザゼルに家の前で下ろして貰うと、寒い中ずっと外で待っていたらしい母さんとアンナが、ひしっと抱きついてきた。
「お母様、アンナ、ごめんなさい、心配をおかけいたしました」
アザゼルが居るので聖女モード。いや、別にアザゼルにならバラしてもいいんだけどさ。麻袋の中にカマエルが居るし。
「いいのよ、無事で戻ってきてくれれば。……顔に殴られた痕と擦り傷があるわね。ラファエルさんに診て貰いましょう」
「はい……、ですが……流石に疲れました……」
私は思わず、その場でへたり込んでしまった。お風呂に入りたいけど、先ずは傷を治してからだよね……。
「はい、もう傷は塞がっています。お風呂に入ってもいいですよぉ」
「有難う御座います。……ほら、アンナ。お姉ちゃんの顔、ちゃんと元通りになったでしょう?」
「うん……」
目を腫らしたアンナが、私の顔を見てコクリと頷く。帰って来るなり、私の顔の傷を見つけたアンナが、先程までびーびー泣いていたのだ。大好きなお姉ちゃんの顔が傷ついていたのがショックだったらしい。可愛いったらもう。
「それでぇ、リーファちゃん? 奇跡は使いましたか?」
「……いえ、大丈夫です。一度も使いませんでした」
ラファエル様が真剣な表情で尋ねてきたけれども、私はかぶりを振ってそれを否定した。奇跡を使ってしまえば、今までの治療が台無しになるものね。
「そうですかぁ。よく我慢しましたね、偉いですよ。それと……」
一旦言葉を切ったラファエル様は、椅子から立ち上がり、私に向かって深々と頭を下げた。
「此度の、我が国の天使が働いた暴挙につきまして、カナン神国を代表してお詫び申し上げます」
いつもののんびりした口調では無く、誠心誠意と言った様子で頭を下げ続けるラファエル様。
「頭をお上げください、ラファエル様。私とて、能天使カマエルの意思が神国の総意とは思っておりません。それに、事前にラファエル様がサマエルさんに警告して頂いたお陰で、こうして事無きを得たのですから」
「……有難う御座います」
頭を上げたラファエル様の様子は、また普段通りに戻っていた。
「能天使カマエルについてのお話は、また明日にでもしましょうねぇ。それと……リーファちゃん、空いている小屋などはありますかぁ? 出来れば、母屋から離れていると良いのですけど~」
「へ? あ、はい、一つ、昔機材を入れていた小屋がありますが……」
唐突な質問だな。あの小屋は確か三年前まで使っていたけど、母屋から遠すぎたのでもう何も入れてない筈だ。
「まあまあ、それは好都合です! アナスタシア様に伺えば分かりますわよね?」
「ええ、勿論です」
なんかラファエル様、嬉しそうに色々な器具を小さな鞄に仕舞い込み始めたぞ? ペンチとかハンマーとか入ってたけど、何に使うのやら。
「それでは、リーファちゃんはゆっくりとお風呂に入ってきてくださいな。それと、わたくしは今晩、夕食は要りませんからねぇ」
「え? お医者様なのに晩ご飯を抜くのですか? 駄目ですよ、ちゃんと食べないと」
普段、食べ物のバランスがどうとか結構厳しく言ってくるのに。医者の不養生って奴じゃない?
「少し用事がありまして、遅くなりそうなのですよぉ。ですので、後で頂きます」
「あ、そういうことですか。分かりました」
ご多忙なお医者様だし、色々とお仕事があるんだろうと理解し、私はアンナと二人でお風呂に入ることにした。
その晩、ラファエル様の居ない夕食中のこと。
「あれ? 何か悲鳴が聞こえたような……」
何か女性の悲鳴のようなものが聞こえた気がして、私はスプーンを止めた。でも……
「……獣でしょ」
「……獣だな」
「獣ね~」
サマエルさんもシャムシエルも母さんも、口を揃えたようにそう答えたのだった。
うーん、獣だったのかな? まぁ、いいか。
◆ひとこと
・囚われのカマエル
・母屋から離れた小屋を所望するラファエル
・ペンチやハンマーを用意するラファエル
・ラファエルが不在の時に聞こえた悲鳴
ここから導き出される結論は……(ひとことはここで途切れている
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次回は明日21時半頃に更新予定です!




