第一五五話「男に戻るとか、そんなレベルの話じゃなかった」
「ん~……血圧正常。脈拍は少し高いですねぇ。そんなに緊張しなくても良いのですよ~、聖女リーファ?」
「は、はぁ。ですが……」
うぅ、緊張するなと言うのは難しい。何せ私は今、自分の部屋で裸に布きれ一枚だけという姿なのだから。それにしても寒い。もうすぐ冬なんだから当たり前だ。
私がどうしてこんな姿をしているのかと言うと、昨日の酒場でのやり取りで検査を受けることについて承諾したからである。流石にラファエル様が泊まられている宿で検査をする訳にもいかない為、自宅までご足労頂いている。
ラファエル様は私の不安や緊張など何処吹く風で、脈拍と血圧を測定出来るらしい器具を片付けつつ、楽しそうに「こんなに可愛らしい女の子ですもの、『聖女リーファ』なんて堅苦しい呼び方はやめましょうか~」などと言っている。ま、まぁ、お医者様だし、患者さん方の異常には慣れきっているのだろう。
「さて~、肝心の神気を確認させて頂きましょうか~。左掌を、わたくしの右手に合わせてくださ~い」
「こ、こうでしょうか?」
ラファエル様が差し出した右掌に、自分の左掌を合わせる。これで私の神気がどのようなものかを感じ取れるらしい。こんな方法があるとは知らなかった。
「……はぁ、なるほど。これはマズい状況かもしれませんねぇ~」
「……マズい、ですか」
「はい~……」
はっきり言われてしまった。どんなマズいことがあるのか気になるけど、多分、聖霊や天使に近しい存在になりきっているとか、そういうことだろう。
「リーファちゃんは、神に近い存在になっていますね~」
「……はい?」
え?
聖霊や天使じゃなくて……神?
「神気が出している波長というものが、我等が主とそっくりなのですよ~。わたくしは熾天使なので主を五感で感じ取れますし、間違い無いですねぇ~」
そう言えば聞いたことがある。智天使より上の存在は、神を認識出来るとか何とか。逆を言えば、座天使以下の存在は天使であろうとも神を認識することが出来ないということなのだけど。それほど神とは高次の存在なのである。
しかし……神と波長が似ている、というのは――
「あの、主と波長が似ているというと、具体的にはどのような弊害があるのでしょうか?」
そんな私の質問に、ラファエル様はしばし考え込んでから、私の目の前に右手で三本の指を突きつけた。
「そうですねぇ~、まずは一つ目。これは弊害と言えるか微妙な所ですが……、既にリーファちゃんは、ご自分の神気で奇跡を行使出来るようになっていると思われます~」
「……そ、そこまでわたくしの神気は、神に近しいものになっているのですか……」
「はい、そうです~」
私はあまりにあまりな現実に、口元をひくひくと引き攣らせた。もはや奇跡を行使するときに、神へのパスを繋ぐ必要すら無くなっているらしい。もうそれ神じゃん。不敬なので言わないけど。
「続いて二つ目ですがぁ……主に近しい存在となったことを快く思わない天使たちに、狙われる可能性があります。彼らにとって、神は唯一ですからねぇ~」
「……旧体制派、ですか」
私は今年の春から夏にかけて戦っていた相手、マスティマとサリエル様を思い浮かべていた。彼らは神国でも旧い観念に囚われていた為、奇跡を行使出来る私という存在を認めていなかったのだ。
「そうそう、それです~。……派閥筆頭のサリエル様が消滅なさったとは言え、未だにそのような方は多くいらっしゃるのですよぉ。この事実は、絶対に彼らへ知られてはいけませんねぇ」
そうのたまうラファエル様は、どうやらそのような考えとは無縁らしい。純粋なお医者様であり、派閥やら思想やらに興味が無いのかも知れないけど。
「そして、三つ目。これが一番重要なことなのですが~……先程、わたくしはリーファちゃんが、神に近しい存在となっている、と言いましたよねぇ?」
「……はい、仰いましたね」
「そして、智天使以上でなければ、神を五感で認識することは出来ない。これがどういう意味か、お分かりですか~?」
ラファエル様の口調は相変わらずのんびりしたものだったけど、瞳は真剣そのものである。
私もその質問の意味をすぐに理解して、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受け、自分の顔から血の気が引く音を聞いていた。
「…………まさか」
そうだ。そういうことなのだ。
最早、男だの女だの、そんな事がちっぽけに思えるような、衝撃的な出来事が私の身体に起こっていたのだ。
「このままですと……リーファちゃんは、皆さんから認識されなくなってしまいますね~」
◆ひとこと
まさかの神様リーファちゃん。
しかしこのままですと彼女の姿を誰も知覚出来なくなるのでしょう。
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