第一五一話「男として、女として」
季節は移り変わり、秋。
およそ半年ぶりに自宅へ戻った私は、ぼうっと地面に腰を下ろしたまま、丘の上からシュパン村を眺めていた。
今回はこの村にも多大な迷惑を掛けてしまった。いや、騒動が起こる度に何かしらシュパン村も影響を受けているのだけれども、今回は元はと言えば私の力が原因だったし申し訳なく思うのは当然な訳で。
「なんやリーファちゃん、ぼーっと村なんか眺めて」
「ん、ままならないな、って思っただけ」
私の隣に座り、そう問いかけてきたのは樹に宿っている精霊シャラだ。まぁ精霊じゃなくて元は女神様なんだけど。
「私、聖女の力を持っていて良いのかな、って考えちゃうんだよね」
この聖女の力は、確かに人々を救える。だけど、その力を恐れた御前の天使サリエル様が、マスティマをけしかけたというのが騒動の発端だった、という神国の調査結果を、昨日陛下から聞いて知ったのだ。
「聖女やないリーファちゃんなんて想像できひんな」
「私は元々男なんだよう」
「よう知っとるわ、一部が男になっとった時一緒にお風呂入ったからな」
樹が生長したお陰で一〇歳くらいの外見になったシャラが、クスクスと笑って見せる。ぐぅ、懐かしい話を。あの時シャラは私の身体を見てテンパってた癖に。ちなみに『群体』との戦いで男性に戻った身体だけど、一晩寝たら元に戻った。かなしい。
しかし……私の力が災いを呼ぶと言うのならば、手放す事は出来ないのだろうか? せめて聖女の底なし魔力が無ければ大した奇跡も使えなくなるし、周りも無害として扱ってくれないだろうか。
でも、〈聖女化〉の逆転は出来ないと言われた。いや、出来るのだけれども、その時は身体が弾け飛び、私の人生が終わる。本当にままならない。
「そういやリーファちゃん、最近〈変身〉の魔術を勉強しとるんやって?」
「あ、うん。〈聖女化〉を逆転させる奇跡を使うと私の身体が保たないらしくて。だったら永続的に男性の身体へ化けられる魔術が使えればな、って思ってる」
「んー……、それは男性に戻ったと言えるんかいな? 結局、元の身体は女性のままやないの?」
「う、まあ、そうなんだけど」
それを言われてしまうと痛い。でも――
「どうしても、男に、戻りたいんだよね……」
「なんでや? まあ、リーファちゃん自身やないから軽々しい言い方に感じてしまうかもやけど、もう女性の身体でええんやないの?」
「…………怖いんだ」
そう、怖いのだ。
いつか、自分が男性に戻りたいと願わなくなったら、それはもう、元のリーファを棄てるのと同じような気がするのだ。段々と女性の精神に近づいているのを自覚しているので、自然にその時が訪れるのが、ひたすら怖いのだ。
そんな気持ちの吐露を聞いたシャラは、困ったように眉尻を下げた。
「うちはもう前の身体は無ぅなってるけど、それでうちがうちで無ぅなったとは思うてへんけどな……。こうして生きてリーファちゃんとお喋り出来るだけで万々歳や」
「そう言えばそうだったね……」
シャラは元の肉体をベリアルに殺されているけれど、種に力を移し、こうして新しい肉体を手に入れている。彼女は元の身体に戻りたくとも戻れないことが分かっているから、足掻こうとは思わないのだろう。まあ、口に出しては言わないけど。
「そうじゃぞ、シャラの言う通りじゃ。おぬしはそろそろ諦める頃合いかも知れんぞ」
「……何処から湧いたんですか、ペル殿下」
私は振り返り、声の主である地竜王女のペル殿下を半目で睨み付けた。お付きのメイさんと二人だけかと思ったら、サマエルさんも一緒だった。というか、殿下がサマエルさんの右腕をしっかりホールドしている。うちの長姉はぐったりと力無く殿下に引き摺られていた。
「湧いたとは酷い言い草じゃのぅ。悩める若人たちを導くのも先達の務めじゃ。のうサマエル?」
「あー……、はい……」
こちらはもう逃げられないと諦めたサマエルさんである。目が死んでる。
ペル殿下のお父上である地竜王グラン陛下が率いる地竜族は、シュパン村から少し離れた西の山々に住むことになったため、度々こうしてペル殿下が遊びにいらっしゃるのである。「毎回大変ですね」とお付きのメイさんに視線を送ったら、コクリと頷かれた。
「第一、〈変身〉の方法を教えてくれたのは殿下では無いですか。それを諦めろというのは些か無責任では無いのですか?」
「ほう、言うのう小童。いや小娘か。まぁ、あの時は『男の身体を再び手に入れる方法』しか教えておらんし、精神的なアレとはまた別問題じゃ。そこまでは責任を持てんぞ?」
ニヤリと不敵な笑いを見せながらのたまう殿下。くっ、詭弁をっ!
けれど、言われた通り潮時なのかも知れないなぁ。方法が無いのだとしたら、私はいよいよもって女性として生きていくことを覚悟しなければならないのかも……。
「今おぬしに大事なことは、女を受け入れる事かも知れんな。おぬしの魂は既に女性へと振り切っておる。ここで自分に嘘を吐いてしまえば、心を病んでしまうぞ」
「大丈夫やリーファちゃん。リーファちゃんが男を棄てたとしても、うちらの態度は何も変わらへんよ。せやから、ゆっくり考えるとええんやない? 自分に嘘吐くんは、ペル殿下のおっしゃる通り、頭おかしうなる原因や」
「…………ちょっとだけ、そっちの方も考えてみることにするよ…………」
溜息を吐いて、膝と膝の間に顔を埋めた私は、そういった前向きなのか後ろ向きなのか分からない答えを返した。
聖女の身体となって一年半。
私は少し、女性であることを受け入れることにしたのだった。
「けど、女性として生きる、としたら何をすればいいんだろう?」
「んー……、伴侶を見つけるとか、やない? あのアザゼルさんなんかどないや?」
「……いきなりそこなの!?」
「いやぁ、女の幸せ言うたらそれやろ。まぁ、うちはリーファちゃんが女の子でも伴侶になって貰ってええけど?」
恥ずかしそうにきゃあきゃあ言いながら妄想を始めるシャラ。いや、女同士でどうしろと……?
◆ひとこと
女性として生きる選択肢を考え始めたリーファちゃん。
本当に元へ戻ることは出来ないのでしょうか?
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ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
もう少しリーファちゃんの物語は続きます!
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次回は明日21時半頃に更新予定です!




