第一四二話「私たちの敵は悪魔じゃなくて、天使だった」
正真正銘リーファちゃんの視点に戻ります。
「本当にわたくしが向かっても大丈夫なのですか、メタトロン様?」
「ああ、ラグエルとサマエル、アザゼルが上手くやっているさ。むしろ、これからの事を考えるとリーファが居なければキツい」
何やら合図を受けたらしいメタトロン様と、シャムシエル、ザアフィエルさんと一緒に、私はディースブルクの大通りを急ぎ西の方へ向かっていた。本当に久しぶりの外出である。娑婆の空気が美味しい。
先日メタトロン様からお伺いした作戦は、「〈変身〉の魔術で聖女リーファに化けたラグエルを囮にする」といった内容だった。
「まさかあの魔術を、こんな形で使ってしまうとは……。そもそもラグエル様は神気を放出している天使ですし、マスティマが気付いてしまうのではないかと思ったのですが」
「ラグエルにとっては神気を抑えて魔力を放出させることなど造作もないことだ。寄越した合図は成功を示していたし、上手くいったんだろう。……おっと、ザアフィエルにシャムシエルよ、ラグエルが魔術を行使出来ることは、秘密だからな?」
「は、はい、畏まりました!」
「誰にも信じては頂けないと思いますが……承知いたしました」
つい先程作戦の内容を知らされた力天使と能天使の二人は、困惑した様子でそう応えた。そもそも魔術は悪魔が広めたものだからね、御前の天使が行使出来るなどとは誰も思わないらしい。
と、聞いた現場に近づくにつれ、何やら大きな剣戟の音が聞こえ始めた。これは……?
「……どうやら、本当に最悪の予想は当たっていたようだな。これから御前の天使が一人減るとなると頭の痛いことだが……仕方の無いことだ。はっきりと姿を現した癌を抱えておく訳にはいかないからな」
メタトロン様が、溜息を吐きながらそう愚痴を零す。
何故なら、街の中心部から少し離れた所にある広場、そこでは――
「サ、サリエル様に、アザゼル様が……!?」
驚愕の声を上げたのはザアフィエルさん。それもその筈だろう。御前の天使サリエルと堕天使アザゼルが戦っているのだ。
サリエル様が振るう大きな機械鎌の攻撃を、アザゼルは難なくサーベルでいなしている。サマエルさんは上空から二人とラグエル様を閉じ込める結界を維持しているようだ。ラグエル様はというと……
「聖霊よ、あの裏切り者を貫きなさい! 〈光槍〉!」
ラグエル様の詠唱と共に、彼女の周りに幾多の神術の槍が発現する。その槍は一斉にアザゼルの方へ――ではなく、サリエル様へと襲いかかった。神術の一斉放射を受けた死の天使は、歯を食いしばりながらそれを巧みに大鎌で打ち消していく。アザゼルに攻撃しながらもあの数を防ぎきるとは、流石は御前の天使であるとしか言い様がない。
「ラグエル様が、サリエル様ではなくアザゼル様を援護している!? どういうことですか、メタトロン様!」
「どういうことも無いぜ、ザアフィエル。俺たちの敵は悪魔のアザゼルじゃない、サリエルだ」
ザアフィエルさんが驚きのあまり自分より遙か上の身分であるメタトロン様に迫るも、御前の天使の筆頭は顔色一つ変える事無く、鎌を振るうサリエル様を見つめたままにそう答えた。
「そ、そんな……」
神国で最も偉い天使の一人に言われたもののまだ信じられないといった様子のザアフィエルさんが、呆然とサリエル様を見つめながら唇を震わせた。彼女はサリエル様から指示を受けていたようだし、メタトロン様に「倒すべき敵」として認識されている事がショックなのだろう。
「リーファは、知っていたのか?」
「……いえ。わたくしも先程、サリエル様とマスティマが通じている可能性をメタトロン様から伺ったばかりです」
「そうか…………」
シャムシエルも少なからずショックを受けているようで、自分がどうすべきなのか判断に困っている様子。まあザアフィエルさんも含め、生真面目なこの二人ならば仕方の無いことかも知れない。
「ショックを受けている場合じゃないぞ、三人とも。アザゼルたちの援護に向かう。……捕縛が望ましいが、決してサリエルには手心を加えるんじゃないぞ。アイツは鎌使いであると同時に大神術の使い手でもある。お前たちが手を抜いて勝てる相手じゃないからな」
大剣を肩に担ぎ、メタトロン様がそう釘を刺す。元御前の天使であるベリアルと戦ったことがある私にとって、手を抜くことなどは考えようも無かった。
「サマエル! 結界の一部を開けてくれ! アザゼルの援護に入る!」
「はいよーん、気を付けてねー」
下で死闘が行われているにも関わらず、サマエルさんはいつも通り呑気な声を返してきた。きっと結界は周りに被害を出さない為もあるだろうけれど、サリエル様を逃がさない為に張っているのだろう。
私たちは各々の獲物を手に取ると、サマエルさんが開けた入口から結界の内部へと歩みを進めて行った。
◆ひとこと
ザアフィエルとシャムシエルにとっては、過去「悪魔は倒すべきもの」として行動していましたからね。
味方である筈の天使を倒す為に悪魔に手を貸すというのは、信じ難いことなのでしょう。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!




