第一二一話「対地竜の作戦の要、それは……」
ディースブルクから遙か西にある小高い丘の上、そこに展開された陣地に到着したのは五日後のことだった。ここからはもう国境が近く、遠目で最前線の様子がうっすらと窺える。
「ラルフ殿に、貴女が聖女リーファ様ですか。お初にお目に掛かります、私はシュターミッツ州第四部隊隊長のテオドール・ライン・フォン・グラーツと申します。階級は中佐となります」
恐らく三〇代後半くらいだろう、シュターミッツ州の第四部隊隊長さんは強面の割に随分と物腰柔らかな方だった。でも隊長をやっているだけに、部下の前ではきっちりとしているんだろうなぁ、アロイスさんみたいに。
ちなみにテオドールさんやアロイスさんが戦時下でありながら私に対して下手に出ているのは訳がある。今回軍へ所属するにあたり、私は少将と同等の「特務少将」という階級を頂いているのである。州の各部隊長さんは中佐なので、実質私よりも二階級下になるのだ。まぁ特別偉そうにしたりはしないけどね。
「はっ! ケルステン州第三部隊所属のラルフであります! 階級は中尉であります!」
「初めまして、王国の聖女が一人、リーファです。階級は特務少将です。着いて早速ですが、ラルフ隊長と共に状況を伺いたいのですが」
ラルフさんは私をここまで連れてきてくれた小隊の隊長さんである。聞けばベリアルの騒動の際に問題を起こしたイザークさんに変わり、アロイスさんの副官の一人として着任したのだとか。
「はい、長距離移動でお疲れのところを申し訳御座いませんが、状況を説明させて頂きます。後方へ伝令を送った通り、敵は三人の地竜を駆る竜騎士隊を中心に編成されており、こちらも魔術師隊で応戦しておりますが、戦況は劣勢。拠点のアイマー村を棄てて後退することも検討している状況です」
「……なるほど、芳しくないようですね」
アイマーはシュターミッツ州の最西部の村で、そこを拠点として防衛していると道すがらラルフさんから聞いている。場所柄常に兵が駐留しているので、村民は宣戦布告があった翌日には既に東へ避難したらしい。
「何しろ、我々は対翼竜を中心とした部隊ですからね。地竜は想定外であり、対抗出来る装備や兵器も備わっていないのです。……ちなみに聖女様、失礼ながらお伺いしても宜しいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
階級が上ということもあって、私に対して申し訳なさそうに頭を下げるテオドールさん。別に構わないんだけど……と思うけれども、他の兵士が居る手前堂々としておく。
「聖女様は、地竜についてどの程度ご存知でしょうか?」
ああ、なるほど。私にその辺の説明が必要かどうかを確認したいのか。でも私は魔術師なので大丈夫ですよ、竜の知識は一通りあります。
「そうですね……、他の古竜のように空を飛ぶ事は出来ませんが、皮膚が堅固で普通の武器では歯が立たない。精神操作系の魔術や神術であれば有効。その鈍重な見た目に反して馬と同程度の速さで駆ける。気位は高いものの他の古竜に比べて知能はあまり高くはない。……こんな所でしょうか?」
「……驚きました、よくご存知ですね……」
「わたくしは魔術師でも御座いますので」
唖然とするテオドールさんに、にっこりと余裕の笑みを見せてみる。ふっ、隣に立つラルフさんの尊敬の眼差しが気持ちいいぜ。
「なるほど、感服いたしました。でしたらもう一つ質問させて頂きますが……地竜に対抗する何らかの術をお持ちでしょうか?」
「御座います」
あっさりと答える私。まぁそこだよね。無ければそもそもここへ来てないんだけどさ。
私は範囲系の攻撃奇跡として中範囲に迎撃出来る〈神の炎〉の他に、もう一つ超広範囲に殲滅を行う〈メギドの丘〉という奇跡を持っている。
「ならば、今回はその術をお使い頂けるということでお間違い無いでしょうか?」
「……それは、最後の手段ですね。何しろそれは、半径およそ七〇メートルの超広範囲を殲滅する術となりますので」
私が真顔でそう答えると、テオドールさんとラルフさんは顔色を変えた。そんな危険極まりない人間兵器が目の前に居ることに恐怖を覚えたのかも知れない。
でも、今回はいきなりそれを使うつもりは無い。敵側とは言え大量の人死にが出るのだ。私としては人道的にも精神的にも許容出来ない。それにこれ使うと神気が枯渇しそうなので肉体的にも。
「わたくしは古竜語を少し話せますので、先ずは防衛に徹した上で、地竜との対話を試みたいと思っております。何故に彼らが人間に従っているのか、そこが気になっておりますので」
たぶん魔術師隊の中にも古竜語を話せる人は居るだろうけど、防衛に必死でそれどころじゃないだろうしね。
「しかし……そのような余裕が作れるでしょうか?」
「作ります。そのためには……」
テオドールさんの疑問にそこまで答えてから、ちらりと背後のサマエルさんを見やる。
「……分かってるよー。アタシの出番でしょ?」
「ええ、お手数ですが、お願いいたしますね、サマエルさん」
「ま、可愛い妹分の頼みだ。やってやろーじゃないの」
肩を竦めたサマエルさんは、嫌がることもなくそう応えてくれた。うーん、頼りになるったら。
◆ひとことふたこと
少将に就いてしまったリーファちゃん、大出世ですね!(笑)
シュパン村の畑を荒らした隊を率いていたイザークさんは更迭されたようで。
ここはアロイスさんが責を負うのではないかということは微妙なところですけれどもね。
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