第一一三話「メガネは外せるから良いんだよ派とメガネは絶対着けてないと駄目だよ派」
私たちが家に辿り着いたのは午前九時頃だった。アンナを連れていたから時間が掛かってしまったよ。
「リーファちゃん! みんな無事だったか!」
家の前ではずっと待っていたらしいサマエルさんとシャムシエルが立っていた。余程心配していたのか、サマエルさんはアンナのことをぎゅぅっと抱き締める。アンナには攫われていたという自覚が無いため、訳も分からず長姉に抱き締められて頭の上に疑問符が浮かんでいる様子だった。
「って、シェムハザだっけ? アンタも一緒だったんだ。そういやアザゼルの副官だったっけ」
「そうだ。君は変わらんな、サマエルよ」
あ、そうなの? アザゼルを様付けで呼んでいたのはそういうことだったのか。
「……リーファ、事情を話せずすまなかった。苦労を掛けたな」
「シャムシエル……。いいえ、仕方の無いことです。力天使と言えば能天使よりも位が上ですよね?」
「……そうか、マスティマ様の正体が分かったのだな」
シャムシエルはミスティがこの場に居ないことからすべてを悟ったようだった。
「さ、ここで立ち話も何ですし、中に入りましょ。お母さん疲れちゃったわ。リーファちゃん、お風呂で背中流してくれない?」
「……分かりました。と言いますか、わたくしも疲れているのですが……」
なんとなく釈然としないものを感じながら、私は母さん、アンナと一緒にお風呂へ入ったのだった。
「上がりました。お待たせをいたしまして申し訳御座いません」
お風呂ですっかり汗を流した私たちがリビングへ戻ってくると、のんびりしているサマエルさんとアザゼル、そして何やら話題が紛糾している様子のシャムシエルとシェムハザが居た。
「なに、構わない。こちらはこちらで積もる話もあったからな」
「そうなのですね。……ところで、あの二人は何故あのように盛り上がっているのですか?」
「わかんない」
シャムシエルたちを指さしながらサマエルさんとアザゼルに問うてみるも、二人も分からないらしく、共に肩を竦めている。
「だからな、メガネは基本着けたままで居て欲しいという君の気持ちも理解出来ないことも無いが、メガネというのは外した時のギャップが良いのだ。素の美しさがあってこそだろう?」
「いやいや、シェムハザ殿。メガネが似合う娘というのは、メガネが素の美しさを更に引き立てているからなのだ。それを外してしまっては結果的に魅力が落ちてしまう。私は断然外さない派だな」
「………………」
なんだろう、すっごく理解したらいけない話のような気がしてきた。サマエルさんたちもそれを分かっていてこの二人を放置しているのかも知れない。
「シャムシエルお姉ちゃんたち、何話してるの?」
「アンナちゃん? 触っちゃいけませんよ~」
二人に近づこうとしたアンナの肩を掴み、母さんがやんわりと止めた。もはや触れてはいけない存在にされてるよ……。
五月蠅いのでシャムシエルたちの論争に無理矢理割り入って中断させた後、私たちは魔術で陛下へ連絡を入れていた。どうやら謁見中らしいので待っていると、ややあってから陛下に取り次ぐ旨の連絡が来た。
「待たせたな、アナスタシアよ。ミスティというシスターに動きがあったと聞いているが」
「はい、実は……」
母さんが代表して、昨晩あったことを陛下へ説明する。その流れで勿論アザゼルとシェムハザの紹介もしておいた。
事情を把握した陛下は、「また厄介事が舞い込んだな」と頭をお抱えになった。今回の件はどちらかと言うと私の存在が原因なので申し訳ない気持ちになる。
「神国の天使マスティマか……。あいわかった、御前の天使ラグエルへ連絡を入れておく。其方等も十分に警戒しておくのだぞ」
「よろしくお願いいたします」
陛下との通信を切って、私は小さく溜息を吐く。ラグエル様やメタトロン様ならシャラに理解もあったので大丈夫だろうけど、超保守派を制してまでマスティマを止めて頂けるかは微妙な所だ。あの方々にも立場というものがあるだろうし。
「そんな顔をしなくても大丈夫よ、リーファちゃん。きっと御前の天使だったら上手くやってくれるわ」
「そうであれば良いのですが……」
私は一抹の不安を胸に小さく唸った。マスティマは神罰と言っていた。標的は私だけに絞ってくれればいいんだけど。
「そう言えばさ、アンタたちはこれからどーすんの?」
「む、俺たちか?」
「どうする……ですか。確かに、マスティマから解放された我々は自由ですし、何処へなりとも行けるのですな」
クッキーを摘まみながらサマエルさんに応えるアザゼルとシェムハザ。あー、アザゼルが随分食べるので数が減ってきた。また焼かないと。
「そうだな、聖女リーファは恩もあるし、こちらで働かせて貰うというのはどうだ?」
え、アザゼルがここに住み込みでってこと? うーん、正体バレたくないんだよなぁ。
「まぁまぁ、アザゼル様。ここは百合の……ではなかった、乙女の園です。男の我々が居てはお邪魔になってしまうこともあるでしょう」
「ふむ、一理あるな……」
シェムハザが諭してくれたけど、何か言いかけたな。百合ってなんだ。なんかシャムシエルが強く頷いているのが気になる。
「んじゃー、村に住むのはどうよ? アザゼルは家事が得意っしょ? 酒場とか食堂で働いたり、あとはミスティが居なくなったし、仮教会で神父の手伝いとかしたら? 神父のおっちゃん、ずいぶん年だし、喜んでくれると思うよ」
「酒場に食堂、仮教会か、なるほど」
感心したように頷いているアザゼル。悪魔の癖に教会で働くことへの抵抗は無いのか…
◆ひとことふたこと
出会ってはいけない者同士が出会ってしまいました(笑)
それにしてもタイトルの酷さよ。
言うまでもありませんが、この世界でメガネは既に存在しています。
クリスマスイブ、ということで物語に関係無い話ですが一つ。
この時期に飾られるクリスマスツリーですが、これはキリスト教由来ではありません。
ドイツの伝統行事「ユール」発祥で、そこで飾っていたもみの木が元となっています。そこからキリスト教が取り入れたのですね。
ツリーのオーナメントには、東方の三賢者を導いたベツレヘムの星を模したてっぺんの星飾りや知恵の実を模したりんごの飾りなどそれぞれ意味があり、調べてみると面白いですよ。
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次回は明日21時半頃に更新予定です!




