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僕を聖女と呼ばないで!  作者: 水無月
第三章「悪魔の天使」
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第一一一話「悪魔の天使、そんな存在がここに居た」

「やはり、ということは、気づいていたのですか? 聖女リーファよ」

「……貴女(あなた)は最初から(あや)しかったですからね」

「まあ、わたくしもまだまだのようですわね」


 こんな状況(じょうきょう)にも(かか)わらず、ミスティは(おだ)やかな()みを(くず)さずに居る。その所為(せい)で、私はこのシスターらしき何者かから何処(どこ)かしら狂気(きょうき)を感じていた。


「リーファちゃん……、この女は本気よ。質問は考えた方がいいわ」

「ですって」


 (ふる)えた声を上げる母さんにナイフを押し当てたまま、ころころと笑うミスティ。母さんの言う通り、質問次第(しだい)では本当に母さんの命が危ないな。


「……単刀直入(たんとうちょくにゅう)に聞きます。彼らに(のろ)いを()け、(したが)え、村を襲わせたのは貴女ですね?」

「ええ、そうですわ。一度目の巨人は奇跡を確認するため、二度目の兵士は(おろ)かにもわたくしの正体(しょうたい)(あば)こうとしたため。三度目のゴーレムは……言うまでも御座(ござ)いませんわね」


 あっさりと(みと)めた。これ以上(だま)っていることも出来(でき)ないと思っているのだろう。


 しかし、一体全体(いったいぜんたい)どういうことなのか。ここ数日(とも)()ごした(かぎ)り、彼女の神への信仰(しんこう)間違(まちが)い無く本物だった。それも元女神であったシャラという存在(そんざい)(ゆる)さぬほどに。


「貴女は神に(つか)える存在だったのではないのですか?」

「ええ、敬虔(けいけん)なシスターであると自負(じふ)しております。それは間違い御座いません」

「……でしたら何故、悪魔を従えているのですか?」

「あら、神に仕えていたら悪魔を(しもべ)にしてはいけませんの?」


 なんだか眩暈(めまい)がしてきた。女神という存在を認めないのに、悪魔は下僕(げぼく)にするのか。どういう理屈(りくつ)なんだろう。考えたら負けな気がしてきたけど頑張(がんば)ろう。


「そもそも、わたくしは悪魔を従えることについては神国(しんこく)より認められた天使です。一国の聖女(ごと)きに()(かく)言われる筋合(すじあ)いは御座いませんわ」

「……なんですって? 天使?」


 見た感じ、ミスティが神気(しんき)放出(ほうしゅつ)している様子(ようす)は無い。天使はその身から神気が()れ出ているので、すぐに分かるのだ。


 疑念(ぎねん)(いだ)いている私の様子に、ミスティは何処か(ほこ)らしげに(むね)()らして見せた。


「わたくしの(しん)の名は力天使(ヴァーチャーズ)マスティマ。一度は悪魔へと()ちた身なれど、その神への愛の深さ(ゆえ)に、天使の(くらい)(もど)ることを許された存在なのです」


 悪魔でありながら、天使の位に戻った存在だって? そんな事があり()るというのか?


「……信じられません」

「事実ですわ」


 あくまで微笑(ほほえ)みを()やさずに、そう答えるミスティ、いやマスティマ。それが本当だとしたら神国の(ふところ)の深さを感じるものの、だとしたら村を(おそ)ったりアンナを殺させようとしたりした事は一体何だというのか。


「さて、聖女リーファ。貴女だけ質問するのも公平ではありませんわね。わたくしからも質問させて頂きます」

「……何でしょうか」


 この後に(およ)んで私に聞くことなどあるのだろうか? 四六時中(しろくじちゅう)私を(あざむ)きながら監視(かんし)していたというのに。


「貴女は何故、あの魔族を生かしておくのですか?」

「……は?」


 (うし)()にアンナへ指を()しながらのマスティマの質問に、私は間抜(まぬ)けな声を上げた。何故ってそりゃ……。


「……妹ですし、何より(つみ)の無い者を殺す事など、常識(じょうしき)として(ゆる)される行為(こうい)ではありませんが」


 うん、至極(しごく)まっとうな答えだよね。人間、家族とは言え赦されない罪を(おか)したならば手を(よご)すことはあるかもしれないけどさ。わざわざ質問するような事じゃないでしょ?


 でも、私の答えはマスティマにとっての正解ではなかったようで、残念そうに溜息(ためいき)()いている。


「聖女リーファよ。貴女は神に仕えている聖女の自覚(じかく)があるのですか? 神への愛が本物であるならば、魔族という存在は許して良い筈が無い。アレは存在自体が罪なのです。あの神を(かた)る精霊にしてもそうです。天使と人間以外の知恵(ちえ)あるものは存在してはならないし、神は唯一(ゆいいつ)無二(むに)の存在なのです」

「………………」


 コイツはアレか、狂信者(きょうしんしゃ)という(やつ)か。


 神国もそのような排他的(はいたてき)観念(かんねん)は一〇〇〇年ほど前に捨てた筈なのに、(いま)だにこのように()()ぎた者は残っているらしい。神国も何故こんな奴を放置(ほうち)しているんだ?


「わたくしは天使と人間に試練(しれん)(あた)える天使。その使命として、貴女の行動は見過(みす)ごせませんわ、聖女リーファよ。貴女は試練に打ち勝つことが出来なかったのです」


 マスティマはそう言って、母さんの首に回した左腕に力を()めた。母さんが苦しそうに小さく(うめ)く。


「や、()めなさい!」

「では、あの魔族を殺せますね?」

「……くっ……」


 私は(くや)しさに歯軋(はぎし)りした。ナイフを投げつけたり、〈隠された剣(クォデネンツ)〉を使う手はもう通じないだろう。むしろコイツならば、ナイフが目に突き()さっていても平気で母さんの首に(やいば)を突き立てるかも知れない。


 苦しみ続けるシェムハザの(わき)(ころ)がるナイフを拾い上げ、私は再び祭壇(さいだん)の方へと進む。その様子を、マスティマは油断(ゆだん)なく(なが)めている。



 考えろ、何か手は無いか?


 アンナの胸にナイフを突き立てたように見せかける? 駄目(だめ)だ。きっと(とど)めを刺していないことは魔力を感知して分かってしまうだろう。


 (いち)(ばち)か、母さんが傷つくのを覚悟(かくご)した上で飛び込み、〈復活(レスレクティオ)〉を使ってすぐに(いや)す? いや駄目だ。もし即死(そくし)してしまえば、奇跡でも(たましい)を呼び戻すことは出来ない。



 どうすることも出来ないのか? 私は母さんと妹の命を天秤(てんびん)にかけなければならないのか?


 万策(ばんさく)()きた私は一人、アンナを前にその身を震わせていた。


◆ひとことふたこと


マスティマはヨベル書という偽典(聖書として扱われる宗派もあるようですが)に登場する、別名マンマセットとも呼ばれるれっきとした天使ですが、正体は悪魔です。

悪魔でありながら神の管理する天使でもあるという、天使の中でもとりわけ異質な存在です。

何故そんな存在が居るのかというと、マスティマは配下の悪魔を使って人間を誘惑し、抗えぬ者を告発するという役目を持っているからです。神の忠誠心を試しているのですね。

この天使は神にとって「必要悪」の天使なのです。

名前の意味はヘブライ語で「敵意」。ホントにこんなの飼ってて大丈夫ですか神様。


力天使は能天使よりも位がひとつ上です。

だからミスティの正体に気づいていながらも、シャムシエルは何も言えなかったのですね。


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次回は明日21時半頃に更新予定です!

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