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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第8部:花は散り際こそが美しく
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第10話:あの人ですかぁ!!!


 まさに青天の霹靂のような突然の婚約者騒動。

 猛の教室に足早に向かいながら、思案する。


「となると、今回の件を仕組んだのは……」

「撫子ちゃんのお母さんでしょう」

「……まったく凝りもせずに」

「私も危うく婚約者にされそうだったし。何か必死さみたいなのは感じてたからどうなるのかなって思ってたけど、彩葉姉とかないわぁ」

「お母様が私たちに一矢報いてきた。なるほど」


 最近は大人しくしていると思えば、この話を進めていた。

 夏休みの間を自由にさせていた理由が判明する。

 こちらに動きを悟られないようにしていたのだ。


「そんなものがどうしましたか。勝手に婚約者なんて決められるはずもない。そもそも、お母様には決定権などないんです」

「そうなの?」

「大和家の中での発言権の差ですね」


 そんな風に強引に婚姻を結べるはずがない。

 それを決められるのだとしたら、大和家でも強い発言力がなければいけない。

 

――例えば、大和家の最高意思決定権をお持ちのお祖父様とか……。


 母が選んだ相手ではあくまでも“候補扱い”が関の山だろう。


「何も慌てる必要はありません。私と兄さんの関係はすでに大和家でも黙認されています。周囲への根回しなど以前から済ませているのですから」

「親戚一同から黙認されてるんだ。承認ではないんだね?」

「それもいずれ、時が来ればされるはずです。まったく、余計な横やりを入れてくるなんて……。お母様も意地と諦めが悪いことですね」


 どれだけふたりの関係を引き裂こうとすれば気が済むのだろうか。

 この程度は予想していたことでもある。


「あの人に出来るのは所詮、この程度。足掻いたところで無意味です」

「うわぁ。な、撫子ちゃんはお母さんに厳しいね」

「いつか戦うと決めていた相手ですので。しかし、呆れますよ。この騒動に赤の他人を巻き込んでくるとは……。親友か誰かの子を婚約者になどさせて巻き込むなんて」


 誰でも敵に回す覚悟はあるが、他人に迷惑をかける行為を是としない。

 さすがに内輪もめのゴタゴタに人様を巻き込む真似をしない。


「やり方が二流です。この程度が彼女の限界、悪あがきという事ですね」

「……撫子ちゃん?」

「ふふっ。むしろ、お母様にはがっかりですよ。私をもっと楽しませてくれるのだと思っていたらこの様ですか。さっさと、この騒動を終わらせてチェックメイトです」

「こ、怖いよ。でも、彩葉姉が相手だからなぁ。甘く見ちゃいけないと思うの」

「それほどの相手ですか?」

「彩葉姉って、たっくんにとっても大事な子だもん」


 それは意外だ。


「少なくとも敵に回ったら、やばい相手だと思うんだ。あんまり敵対はしない方がいいよ」


 冷静に恋乙女がそうアドバイスをする。

 本音で言うのならば、四季彩葉という少女については記憶が曖昧ながらもどことなく苦手意識を持っていた。


「過去の私はあの人を苦手としていた気がします」

「うーん。苦手というか、彩葉姉は撫子ちゃんを友達の輪の中に入れて一緒に遊びたがっていたんだよねぇ。でも、頑なに拒絶する撫子ちゃんが気に入らなくて」

「気に入らなくて?」

「たっくんたちの前でスカートをめくりあげるなどの悪戯をして泣かせてました。合唱」

「――あの人ですかぁ!!!」


 地味な嫌がらせをする人が確かにいた。

 スカートをおろされて兄にパンツを見せられる、など多数。

 意地悪というよりも悪戯に近い行為を散々にさせられて痛い目を見た。

 あの屈辱の記憶が脳裏によみがえってくる。


「ふふふ。過去の因縁の相手だったわけですね」

「……今の発言は不用意だったかも。撫子ちゃんを本気にさせちゃった」

「思い出しましたよ。四季彩葉、金色の魔女め」


 過去と現在。

 どちらの意味でも撫子は今、静かな怒りの炎に燃えている。


「四季彩葉。私は彼女を倒して兄さんとの平和を再び手に入れなくてはいけないという事ですか。過去の私とは違う、今の私はやられたら何倍返しでもやり返す女だという事を見せつける時が来たようですね」

「そして、撫子ちゃんはいけない方向で成長しちゃってるし」

「愛を知り、成長とともに強くなったんです」

「平和主義が一番だと思うの。彩葉姉も悪い人じゃないよ?」

「私にとって四季彩葉という存在は不要で邪魔な存在です」

「怖い、怖い、怖い~っ」

「彼女を倒し、私の未来を手にするために消えてもらいましょうか」


 婚約者であるという時点で敵だ。

 さらに過去に因縁のある相手だということ。

 それが分かった時点で遠慮容赦など一切する必要なんてない。

 ふたりが猛のクラスにたどり着くと、そこにはまだ生徒が多く残っていた。

 いつもとは違う、ざわつきに包まれている。


「どうしたのでしょう?」

「さぁ? あれぇ、たっくん達がいない?」


 クラスの中には猛の鞄はあるものの、本人の姿はない。

 ひそひそと噂話をしている生徒たち。


「金髪美人の転校生とか漫画みたいだ。と思いきや、すでに予約済みだとか」

「あんな気さくな美人が婚約者って、大和もやるな」

「ああ見えても、良い所のボンボンだからな。普段から意識してないだけでさ」

「俺も金持ちに生まれたら美少女の婚約者とかできたかな?」

「……そんな発想してる時点でダメすぎだろうが」


 知り合いに尋ねてみるが猛たちはいない。

 どうやらHRが終わり次第、すぐに転校生と共に行方をくらませたらしい。


「幼馴染だとか言ってたぞ。あんな金髪美女が幼馴染ってどんな環境だよ」

「スタイルもよくて、本物の美少女で……人生の勝ち組は許さん」

「四季さんって見た目は外人っぽいけど日本人なんでしょ?」

「そうそう。ハーフとか言ってたわ」

「あんなに綺麗な淡い金髪で日本人だって言われてもね」

「四季家もお嬢様でしょ。平凡な私たちと次元が違うし」


 話を聞いていると、彩葉という女性はかなりの美少女のようだ。

 猛も懐かしい再会に心を揺れ動かされてしまうかもしれない。


「ええい、羨ましい。誰かあの金髪女子の情報を持ってないのか?」

「そういえば、大和クンと昔馴染みっていえば、笑里じゃなかった?」

「前にそんな話をしてたっけ。エミリはどこ? 詳しい話を知ってるんでしょう」


 彼らが探している笑里という女子生徒。

 今まさに逃げるように教室から出ようとしていた。

 恋乙女は彼女に気付くと、そのまま抱きつくようにして、


「あー、見つけた。エミリちゃん、確保ー」

「こ、恋乙女。いつのまに。て、手を放して~」


 可愛らしく長めの髪をシュシュでまとめた少女。

 恋乙女に捕まった彼女の名前は利賀笑里(とが えみり)。

 猛の昔馴染みで恋乙女とも知り合いだと紹介してくれる。


「同じクラスメイトにも兄さんの幼馴染がいたなんて」

「あの時期、仲が良かった子は何人かこの学園にもいるよ。それより、エミリちゃん。何か知ってる? その顔は私以上の情報をお持ち?」

「……な、何も知らないってば。猛さんと彩葉ちゃんが婚約者って話に関しては私だって聞いてないの。連絡って言ってもSNSで気が向いたときに連絡取り合うくらいで、遊んだりする機会もそんなになかったし」

「彩葉姉の情報で何か知ってることは?」

「こ、恋乙女も連絡取り合ってたんでしょ。同程度のことしか……」

「いや、知ってそうな感じ。全部、話しちゃいないよ。身のためだよ?」


 周囲を取り囲まれて逃げ場を失った哀れな彼女。

 ほら、話してしまえとばかりに圧迫感を与えられる。


「……みんなしてイジメないで、ぐすん」

「なら、素直に話す。はい、情報をよこしなさい」

「はぁ……彩葉ちゃんが今度、この街に引っ越してくるっていうのは聞いてたよ。一週間前くらいに、向こうからそんな連絡が来たの」


 ある日、SNSで彼女はこんな連絡を取ってきたらしい。


『前に言ってたイギリスへ家族で引っ越すかもって話はなくなったの』

『そうなの?』

『今度はそっちの学校に通う事になりそうだからまた仲良くしてよ』

『彩葉ちゃん、こっちに来るんだ?』

『アタシにとって美味しい話が舞い込んできた。おかげで日本で暮らしていけるし、またタケルやエミリたちとも会える。これから面白くなりそうだよ』


 元々、彩葉は父親の仕事の都合で海外に行く話もあった。

 今回の件でそれが無くなったようだ。

 

――人の弱みに付け込むように、まんまと婚約者に仕立て上げたわけですか。


 それは彼女にとっても好都合な話で、引き受けた。

 ギブ&テイク、どちらにも都合のいい話という事らしい。


「彩葉さんが言った美味しい話とは?」

「それは私も知らない。ホントだってば。あとは本人に聞いてよ」


 追及されて笑里さんは困った顔を浮かべるのみ。


「そもそも、その話なら恋乙女の方だって知ってるんじゃないの?」

「彩葉姉は、私にそんな話してくれないもん」

「……驚かせたかったのかな」

「多分ねぇ、彩葉姉らしい」


 笑里はもう解放されたい、とお手上げ降参。


「もういい、恋乙女? 私、彼氏と遊びに行く予定があるんだけど?」

「どうぞ。ご協力ありがとうございました」

「はぁ。やっと解放された。そうだ、猛さんと彩葉ちゃんが出て行ったあと、須藤さんも追いかけたみたいだよ」

「ホントに?」

「私が知ってる情報はこれだけ。それじゃ」


 笑里にはお礼を言ってその後姿を見送った。

 有益な情報ではなかったが、断片的な情報は手に入れられた。


「四季彩葉。帰ってきた、幼馴染ですか」


 今度の敵は一筋縄ではいきそうにもない――。

 

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