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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第8部:花は散り際こそが美しく
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第7話:婚約者って話はどういう意味?


 これまでも何度か噂になっていた伝説の男、大和猛に婚約者ができた。

 新学期早々、衝撃が走り、学内にあらぬ噂が流れる。


「金髪美女の転校生登場と思いきや、大和猛の婚約者だと? ふざけるな!」

「あの野郎、撫子ちゃんだけなく、金髪ボインの本命まで隠していやがったのか」

「そのわりには本人も驚いてたようだが?」

「あんなの演技に決まってるだろ。大和猛というリア充は滅んでしまえ」

「女の敵というのはアイツの事を言うのだ。呪いたくもなる」


 様々な悪意のある視線が向けられる。

 それに何とか耐えつつ、さっさとHRが終わってくれないかなと祈る。


「はぁ。俺の人生、平穏はどこに?」

「貴方の平穏はまだ夏休み気分で旅行中なんでしょう。婚約者ねぇ?」

「……うぐっ」


 お隣の淡雪からも冷ややかな目で見られるありさまだ。


「キミまで俺を見捨てないでください」

「婚約者の件について説明してくれるのならば」

「事情も分からない俺に何を説明しろと?」

「……私、何も聞いてないんですけど。お母さん、何してくれた?」

「母さん? やっぱり、これって母さん絡みなのか」

「さぁ、どうでしょうねぇ? 婚約者。私でもなく、撫子さんでもなく、別の相手と……貴方の人生、バラ色で羨ましい限りだわ。うふふ」

「あ、淡雪さん。顔が怖いっす」

 

 猛はひたすら沈黙を守り、四季彩葉の事を考えていた。

 彼女は猛にとって幼馴染と呼べる女の子だ。

 恋乙女と知り合った同時期、仲が良かった子のひとり。

 同い年ながらも、当時から年上っぽい印象を抱かせる姉御肌。

 親の都合で転校が多く、小学生時代は日本全国を転々と回っていた。

 しかし、彼女が高校生にあがる頃くらいに転校もなくなり、東京に戻ってきて都内の女子高に通っていた。

 最後に会ったのは去年くらいだっただろうか。

 久しぶりの再会を楽しんだのを覚えている。

 

――そんな彩葉が俺の婚約者だなんてどういう事なんだよ。


 全くの想像外、考え事をしているうちに始業式も終了。

 

「以上で新学期初日のHRを終了する。それじゃ、今日は解散。明日からは通常授業があるからな。あと、四季。このあと、職員室によってくれ」

「分かりました」

「……大和。暇なら学校案内でもしてやれ。ご自慢の婚約者なんだろう?」


 先生がわざとっぽくからかうような口調で言う。


「やめてください、炎上する燃料をこれ以上投下しないで」


 うなだれながら、そう答えるのが精一杯だった。

 解散後、すぐに職員室へ案内するため、さっさと猛は彩葉を連れて外に出た。

 周囲からの余計な追及をかわすために逃亡したとも言う。

 今頃クラスでは悪意を持った噂話でもちきりの事だろう、頭が痛くなる。


「久しぶりじゃん、タケル。こうして会うの、一年ぶりくらい?」

「そうだな。彩葉がこっちに戻ってきたとき以来だ」

「タケルも連絡先教えたのに、全然連絡してこないし。冷たいやつ」

「……いろいろと忙しかったんですよ」

「えー。SNSとかでも塩対応じゃんかぁ」

「俺がああいう系をあまり得意としてないのも知ってただろう」


 猛の隣を歩く彼女はわざとらしく距離を縮めて、


「まぁ、うちも女子高だったから、連絡しづらかった?」

「それだよ。どうして、彩葉がここに転校してきたんだ?」

「アタシがどうして転校したのかって聞く時点で何の事情も知らないってことでいい? そうなると話を最初からしなくちゃいけない」


 面倒くさそうに「とりあえず、先生に会ってくる」と職員室に入っていった。

 およそ10分ほどで手続きが終わるというので、職員室の外で待っていると、


「――猛クン。金髪美女との深い関係について教えてくれない?」

「あ、淡雪!? びっくりさせないでくれ」


 いきなり猛の背後に立っていた淡雪に戸惑わされる。

 一瞬、撫子の方に知られたのかと思いました。

 あちらはあちらで猛の命が危ない気がする。


「婚約者って話はどういう意味? 私、聞いてませんけど」

「だからさ、さっき言った以上の情報を俺も知らない」


 こっちも、怖い雰囲気で肩をすくめる。


――そんなに冷たい目をしないでください。


 状況に困惑してるのは自分も同じだ。


「淡雪に話す内容かどうかは置いといて、俺も全然知らない。初耳だ」

「……ふーん。本当に? 今まで存在をひた隠しにしたいんじゃないの?」

「してないって。彩葉は幼馴染だけど、婚約者設定なんてありませんでした」


 彼女からは「幼馴染?」と疑惑を抱かれている様子。


「俺が幼い時に母さんが人間関係のリハビリで、自分の知り合いの子供と遊ばせていたのは知ってるだろ?」

「えぇ。その話なら聞いてるわ」


 須藤家絡みの過去を淡雪の前で語りたくないので、軽く流す。

 とにかく、あの時期は本当に多くの子供たちと遊んだ記憶がある。

 

「恋乙女ちゃんとか、多くの知り合いができて楽しい日々を過ごせた。彩葉とはあの時期に知り合った友人だ。金髪の女の子と最初は友達になれるか心配だったけど、あの子の性格が気さくですぐに仲良くなった」


 あの明るい日々があるからこそ、猛は須藤家での苦い経験を乗り越え、人間嫌いにならずにすんだのだろうと思う。

 

「確か、恋乙女さんも幼馴染だったわよね」

「そう。恋乙女ちゃん。あの子の姉貴分だったのが、彩葉なんだ。彼女にはイギリス人の美人ママがいてさ。その人の血をよく受け継いでるよ」

「なるほど。猛クンの知り合いにあんな金髪美女がいたことに驚きね」

「最近になって東京に戻ってきたんだ。何度か会った以来だけどな。それまで日本中を転々としていたんだよ。お父さんの仕事の都合でさ。いわゆる転勤族っていうのかな」


 年に一度の年賀状は毎回住所が違うので、もらってから送り返すのが常だった。

 複数年、同じ場所にいることは少なかったのではないか。


「日本のあちらこちらに転校したおかげで友達は多いと言ってたっけ」

「そんな四季さんがなぜ、猛クンの――」


 淡雪の言葉を遮ったのはふわりと視線によぎる金色の髪。


「どうして、アタシがタケルの婚約者なのか、ってこと?」


 刹那、彩葉が猛に抱きつくようにその身を接近させる。

 いつのまにか職員室から用事を終えて出てきたらしい。

 顔が近くて、思わずドキッとさせられる。

 女子らしい良い匂いもするし、思春期男子には刺激的だ。


「ちょっと、彩葉。この距離は近すぎだろ」

「いいじゃない。アタシとタケルの仲なんだから」


 まるで気分やの猫みたいな蒼い瞳が猛を見つめる。

 その光景に淡雪は軽く頭を抱えて呆れつつ、


「……四季さん。貴方が猛クンと婚約者っていう話はどこから来たの?」

「そんなに怖い顔をしないで。美人さんが台無しだよ」

「ふんっ。怖い顔なんてしてないわ」

「あと、四季じゃなくて名前でいい。アタシはこの名前を気に入ってるんだ。ジュリエットでもなければナナリーでもない。日本人らしく『彩葉(いろは)』と名付けてくれた親には感謝してるの」


 彩葉は淡雪と対峙しても大して気に留めず。

 胸を張って自慢の名前を口にする彼女に淡雪も感心する。


「そうね。親がつけてくれた名前は大切なものよ、彩葉さん」

「ありがと。それで、タケル。この素敵美人な子は誰なのかな?」

「私は須藤淡雪と言うの。彼の大切な友人よ」

「須藤? あの名家の須藤家? うわぁ、すごい」


 さすがに須藤の名前を出せばすぐにわかる。


「どうも、四季彩葉です。改めまして覚えておいて」

「嫌でも覚えました。猛クンの婚約者ですもの。ちらっ」

「俺を睨まないで、お兄ちゃんの心が折れそう」

「睨んでないわぁ。嫌だなぁ、お兄ちゃん」

「……わざとらしく可愛く言うのが余計に怖いな」

「アワユキはタケルの双子の妹でもあるんだよね。話は優子さんから聞いてるよ」

「そうなんだ」

「因縁も含めて、須藤家から引き離された経緯もさ」


 彩葉の口から母の名前が出る。

 猛たちの事情をある程度は聞いてもいるようだ。

 

「お母さんの事を知ってるの?」

「もちろん。……っと、この話をするにはいささか場所が悪いね。どこか静かな場所はない? さすがにアンタ達のプライベートを公の場で暴露する趣味はないや」


 さりげなく気を使えるところが彼女である。

 そんな彩葉の提案で場所を変えることにした。


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