第42話:お前が好きなんだ
赤い夕焼け、沈んでいく夕日の中で。
朝陽はぎゅっと彼に抱き付いてみる。
「あのね、緋色。私の前では素直になっていいよ」
緋色は言いたいことを素直に言える男の子ではない。
――私の好きな男の子は、誰よりもひねくれて、心を隠す人だから。
そんな彼の不器用さも好きだ。
「私の事を好きなら好きだと言いなさい」
「何か上から目線な言い方だな」
「何よぉ、いいじゃん。だって……私のこと、好きなんでしょ?」
好きな人の前で、好きだと言えないのは寂しすぎる。
「緋色は私の前で素直になること。それを私は許します」
「……だから、上から目線な物言いはやめろっての」
緋色は、口が悪く意地悪な態度を見せる事も多いけども、根は優しい。
――すっごく分かりにくいのが不満です。
9割が意地悪で、残りの1割しか優しさがない。
たまには彼が素直になるところを見てみたい。
「緋色はもっと我がままでいいと思うの。私のこと、どうしたい?」
黙り込んでしまう彼の身体の温もりはとても温かくて。
「緋色の本音、聞かせてよ」
朝陽は抱き付きながら彼を上目遣いで見上げていた。
「そうだな……“朝陽”は俺にとってかけがえのない存在だと思ってる」
お嬢ではなく“朝陽”と“朝陽”を呼んだ。
名前で呼ばれると彼なりの愛情が込められている気がした。
「やっと名前で呼んでくれたね」
「まぁな。久しぶりにこの村で再会した朝陽はずいぶんと見た目が変わっているのに、中身はそれほど変わっていなかった」
「どうせ、私はお子様ですよ」
「いや、いいんだ。その変わってない事に俺は救われた。多分、沙羅も」
「私が最初来た頃は皆から拒否られてボロボロにされてました」
「すまんな。それだけ、俺たちも余裕なかったんだよ」
あの日々を思い出すと今でも泣きそうである。
辛い日々を乗り越えての今だ。
「お前の向けて来る好意の視線はいつだって真っ直ぐだろ」
「私は純粋だからね」
「お子様なだけだ。とにかく、嬉しくもあり気恥ずかしさもあった。朝陽がちゃんとした女に思えたのはいつだったかな」
「緋色?」
「認めるよ、俺は朝陽が好きだ」
今度は彼の方から強く抱きしられる。
「お前が好きなんだ」
好きと言われた瞬間、胸の奥がドキッとする。
彼の口からようやく出た一言。
――態度で愛されてるって思っていても、言葉にされると嬉しいなぁ。
愛情が心に触れて届く実感。
「……なぁ、朝陽。ここをお前の居場所にさせてもいいか?」
「居場所に?」
抱きしめられたままなので、緋色はどんな顔をしているのかが見えない。
「何もない村だけど、それでもいいなら、ここを朝陽の居場所にしてほしい」
「それって、どういう意味?」
「察しろよ、空気読め」
「えー。緋色はいつもそうなんだ。言葉にしないと伝わない事もあるんだからね。ちゃんと言われなきゃ分かりません」
ずっと誤魔化してばかりで分かりにくい。
うぐっと緋色は言葉に詰まる。
――大事なことを恥ずかしがって言ってくれないのは嫌だ。
照れてもいい、言葉に詰まってもいい。
大切な人には言葉で想いを伝えて欲しい。
朝陽の純粋な瞳に見つめられて、「ったく」と気恥ずかしそうに、
「――朝陽……俺と結婚しよう」
それは朝陽の想像外の言葉だった。
「はひ?」
思わぬ発言に朝陽は言葉が出てこない。
――今、何と言われました?
頭の整理が追い付かず、ぽかんっとしてしまった。
「俺、やっぱりお前が好きだ。都会に戻って欲しくないし、かといってこの田舎に縛り付けるのも躊躇っていたけどさ。……お前を失いたくない気持ちに勝るものはない」
朝陽に田舎へ残って欲しい、と緋色はずっと言えないでいた。
そんな事に悩んでいるなんて知らなかった。
「だからさ、結婚して俺の傍にいてくれよ。こんな田舎に住んでいる俺の所へ来いって言うのも勇気がいるけど、好きな女には離れてほしくない」
「にゃ、にゃぁ」
朝陽は人生で一番恥ずかしい気持ちを抱いていた。
顔を真っ赤にして、どうすればいいのか分からずに混乱気味だった。




