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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第7部:水鏡に映る夏空
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第35話:思い出話なんてどーでもいいわ


 昼食を食べ終わり、後片付けをする。

 休日の午後、朝陽はふと思い、緋色に尋ねた。


「ねぇ、緋色。これから外に出かけない?」

「ん? 村の中を散歩でもしたいってか」

「そうじゃなくて。この前の話の続き。緋色のお父さんはどうしてこの村に住むようになったのか。調べてみたりしたいとは思わない?」


 都会育ちの人間が田舎町に心を惹かれたその理由。

 今、朝陽自身の立場のこともあり、興味があるのだ。


「知りたいと言われても、本人はもういないわけで」

「探す方法はいくらでもあるでしょ」

「母さんもあんまり話す気はないだろうに。どうやって調べるんだよ」

「ほら、村の人に聞いてみるとか?」

「……面倒くさい」

「あー、逃げようとしない。ほら、行こうよ」


 知りたいと思ったことは知っておきたい。

 それが好奇心。

 朝陽は無理やり彼を引きつれて外に出る事にした。






 眩しい日差し、夏の訪れを感じさせる。

 

「良い日差しだねぇ。この調子で梅雨も終わればいいのに」

「来週には梅雨明けするって話だぜ」

「そっか。ジメジメした梅雨は嫌いだから早く終わって欲しいな」


 朝陽達が小川沿いの道を歩いていると、農作業をするお爺さんの姿が見えるので手を振ってみる。


「大河内のおじいちゃん、こんにちはー」

「大和のお嬢ちゃんか。緋色坊も。いつも仲良いなぁ。奈保さんも安心しておる」

「何の安心だよ。じいさん」

「そりゃ、奈保さんも緋色坊の結婚を気にしておるからに決まっておろうに」


 彼はお店の常連さん。

 緋色の父の代からお店に通っていると聞いたことを思い出した。


「余計なお世話だ、こんちくしょう」

「照れるな、緋色坊。お前さんは昔から照れ屋だからな。あれは……」

「俺の思い出話なんてどーでもいいわ」


 都合の悪い話をされても困るので制止する。

 その昔話に朝陽も興味がないわけではないが、今日の本題は別だ。

 それはまた別の機会に聞けばいい。


「ねぇ、おじいちゃん。緋色のお父さんの事って知ってる? どうして、この村に来たんだろうって緋色と一緒に調べてるんだ」

「道宏くんのことか? 詳しい話が聞きたいなら奈保さんに聞けばいいじゃろ」

「あの人がそう簡単に昔話なんてしないからな」

「がははっ。確かに」

「まぁ、いろいろとあって、お嬢が妙に興味を持ってるんだ」

「なるほど、そういうことかい。道弘くんなぁ、懐かしい。亡くなってもう何年経つかのう。まだ若いのに、あっさりと亡くなってしもうた」


 彼は懐かしそうに思い出す。


「道弘くんは若手の中心としてこの村を支えてくれたからのう。お世話にもなったわい。都会育ちの彼には田舎に大きな刺激を与えたと言ってもいい」

「へぇ、そうなんだ?」

「若い人間がひとりでもこの村に来てくれるのは良い事じゃい。そう言う意味ではお嬢ちゃんもこの村に住み続けてくれると嬉しいぞ」


 緋色は「親父って人望あったんだな」と他人事のように呟いた。

 

――自分のパパの評価を客観的にされる経験ってあんまりないからなぁ。


 褒められるとどこかくすぐったいような、そんな感じだろう。


「緋色坊は知らんだろうが、奈保さんとの結婚の時も村中でお祝いしたものだ」

「年の差を乗り越えてのゴールイン。素敵~」

「母さんのことはどうでもいい」

「緋色はクールすぎ。もっと大事にした方がいいよ」


 ジト目で見つめられて彼はうぐっと引き下がる。


「ホント、お嬢は母さんの味方だな」

「あれだけ面倒見のいいお方を嫌いになるはずがありません」

「まったく、俺の味方はどこだ。……話がそれた。で、そんな親父がなぜこんな田舎町に来るようになったのかを知りたいわけだが?」


 小川沿いの桜並木は緑の葉が綺麗に揃っている。

 おじいちゃんは小川を眺めながら、


「喫茶店を作るのが夢だったと言っておったな。そして、この村の名水が気に入ったらしい。ほら、この村の湧き水は美味いじゃろ?」

「……名水か。確かにここの水は水道水よりもコーヒーに合ってるな」

「そうなの?」


 珈琲を淹れる事で大事なのは水だ。

 この村には綺麗な水が湧き出ると評判らしく、遠方からも求めに来るほどだ。


「コーヒーに合う水って言うのがある。日本は軟水系の水が多いからな。コーヒーなんてこだわりだしたら、いくらでもこだわれるけど、水はその中でも味が一番変化する」

「お水ってそこまで大事な要素なんだ?」

「カフェオレ好きのお嬢にはよく分からないだろうが、味わいが変わるんだよな。ただの水と湧き水じゃ、味も風味も大きく違ってくる」

「緋色のお父さんがこの村にこだわったのは、お水が美味しかったから?」

「それもあるじゃろうな」


 都会の水よりも自然な味がする。

 彼女もお気に入りだ。


「道弘くんの淹れるコーヒーにはこだわりがあった。緋色坊の淹れるコーヒーも美味いが、まだあの味は超えられておらんぞ?」

「へいへい。頑張りますよ」

「緋色も自分のこだわりを見つけたら? お父さんの影を追いかけるだけじゃダメだよ」

「……お嬢に言われれるとムカつくんだが」

「わしが生きている間に親父の味を超えてみせい。ははは」


 大きな声で笑うおじいちゃんに緋色は苦笑いで応えるのだった。


「水の美味しい村が気に入ったって事かな?」

「それだけじゃないかもな」


 緋色の方もようやく興味を抱いてくれた様子。


「……親父がこの村をを気に入った理由か」

「いろんな人に聞いてみよ」


 朝陽達はもっと他の人にも話を聞いてみることにした。

 

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