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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第6部:虹が見たいなら雨を好きにならないと
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第40話:ねぇ、猛の事を今でも嫌い?

 

 いつだって、後悔ばかりしている。

 後で悔やんでも、意味はないと分かっているのに。


「私、ずっと猛クンの事が嫌いだったわ。覚えているでしょ。子供の頃に私が猛クンの家にひとりで来てしまったこと」

「えぇ。あの時は驚いたわ。どうして、この子がここにって……」

「小さな子供の大冒険。大好きなお母さんに会いたくてやってきたら、見知らぬ男の子がいたの。彼はお母さん新しい家族だった」


 過去を思い返していた。

 見知らぬ土地で迷子になり、救ってくれた男の子。

 その子の母親こそが優子だった。

 偶然の悪戯に、今となっては残酷なことをしてくれたと苛立つ。


「その子は私のお母さんに『お母さん』と呼んでるんだもの。自分の母を取られた気持ちになって、それが忘れられない苦い記憶になっていた」


 猛と初めて出会った時の事は幼いながらも記憶から消えることはない。

 

「貴方が悪いわけじゃない」


 優子は慰めるように、


「……猛を嫌いだって言ってたのはそれが理由?」

「子供って無知だから。可能性を想像することを知らない。同じ母親であることなんて、考えもしなかったわ。ホント、想像力が欠如しすぎ」

「小さな子ならしょうがないじゃない」

「お母さんを奪われたような気持ちになった私は嫌いになることしかできなかったの。それがどんなに愚かなことだったか」


 皮肉にも、“嫌い”であることが、淡雪にとって彼を強く思うきっかけだった。

 折を見ては、あの男の子はどうしているのだろうかと思いだす事があった。

 脳裏に刻み込まれた男の子の顔。


――あの子は今、何をしてるのかな。とか考えていたっけ。


 ことあるごとに、思い出したのは一度や二度じゃない。

 もうすでに、その頃からきっと淡雪は彼にどこか惹かれていたのだ。


「……双子か。私と彼は雰囲気が似てると誰かに言われたけども」

「私から見れば容姿もよく似てると思うわ」

「髪色は違うけどね。名前もずるい」

「え?」

「大和猛なんて出来過ぎている。そのせいで私はどんなに可能性があっても、彼が兄だと言う確信を得る事はできなかったもの」


 小さくため息をつく。

 

――もっとわかりやすく、兄妹である確証があれば……。


 こんなことにはならなかったかもしれない。

 車が赤信号で停車すると、母は淡雪の顔を真っ直ぐに見つめて、


「……ねぇ、猛の事を今でも嫌い?」

「嫌いなら、どれだけ救われたかな」

「淡雪」

「ホント、嫌いになれたらよかったのに」


 優子にだけは言えないことがある。

 

――この胸に秘めた想いだけは……。

 

 好きだ、好きだ、好きだ。

 どうしようもなく、狂おしいほどに。

 実の兄だと知った今、余計にどうすればいいのか分からなくなった。


「ううん。今はまだ時間が欲しいの。気持ちを整理することもできないし」

「そうね……淡雪の気持ちを考えれば時間は必要ね」

「でも、これだけは言える事があるわ。お母さんは間違っていなかった」


 それだけは伝えておきたくて、彼女に想いを告げる。


「あの須藤家の状況を想像してみて思ったの。お母さんはとても苦しんで、悩んでの決断だったんでしょう。猛クンを守るために」

「……どうかしら。もっと違う形で、子供たちを傷つけない方法があったかもしれない。それを探すことができなかった私の力足らずと思う事もある」

「そんなことないよ。子供を愛してくれている。お母さんの愛はすごいと思うよ」


 同じ立場で淡雪はそれをできるか。

 きっと無理だ。

 子供を守るために、そんな風に決断できるか自信がなかった。


「ホント、面倒くさい須藤家なんかに関わらなかったよかったのにね」


 淡雪の言葉に彼女は苦笑いを浮かべる。

 何も事情もなければ、淡雪と猛は普通の兄妹のように過ごせていた。

 

――今の撫子さんと猛クンのように仲のいい兄妹になれていたのかな?


 そうなれば、ブラコンでどうしようもなかっただろう。

 再び信号が青に変わり、車が動き出す。


「……少し窓を開けるわ」

「どうぞ」

「涼しい……夏の風だわ」


 窓から吹き込む初夏の夜風。

 涼しくて、気持ちが少しだけ落ち着く感じ。


「猛クンのことは、私達の問題だから何とかしてみる。向き合う事しかできないもの。お母さんを苦しませることはもうしないわ」


 向き合うことから逃げた結果、こんな結末を迎えてしまった。

 強い後悔に襲われている。

 あの時、ああしていればよかった。

 時間を巻き戻せるのならば、巻き戻してしまいたい。

 それができないから、人は悲しみ、苦しむのだろう。


「……ねぇ、お母さん。ひとつだけ聞いてもいい?」

「何?」

「私と猛クンが出会うことを予想していた?」


 こんな形でなくても、優子は淡雪達の出会いを予見していたのか。

 横顔を見つめると、複雑な心境を吐露する。


「双子だもの。引きあう何かがあるんだってロマンチストみたいなことを思うこともあったわ。でもね、それだけじゃないの」


 優子は左手を淡雪の手の平に乗せながら、


「……貴方達は兄妹だけど、本当の意味で一緒だったのは私のお腹の中にいた時だけ。生まれてきてからは、引き離されてしまった」

「そうだね。私の記憶には彼の存在がないもの」

「だから、どんな形でも、また出会って仲良くして欲しいと願ってはいたのよ。だって、兄妹なんだもの。絆で繋がっていて欲しいと思うじゃない」


 優子の言葉が胸に突き刺さる。

 兄妹であること。

 それは優子にとっては別の意味もあった。

 いつか息子と娘が運命の出会いをしてほしいと願っていた。

 

「……これは私の勝手な願いね」

「そんなことないよ。素敵な願いだよ」


 優しい母の言葉。

 どんな形であれ、と言ったけど。


「でも……それは恋愛的な意味でも、そう言える?」


 相手に聞こえないほどの小さな声で淡雪は呟いた。

 

――運命の恋をしてしまった。


 淡雪達の関係だけは優子に知られたくない。

 知られるわけにはいかない――。

 

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