表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第6部:虹が見たいなら雨を好きにならないと
167/254

第36話:間違いは正さないといけないわ


 淡雪が眞子を見かけたのは偶然のことだった。

 その日の6時間目は移動教室。

 授業を終えた、美術室からの帰り道。

 空き教室の扉が不自然に開いていることに気づく。


「あら? 誰か中にいるのかしら?」


 淡雪がその扉を開けようとすると、


「嘘よ、あんなこと……」


 中から声が聞こえてくる。

 誰かがいると思い、中をのぞき込むとそこには一人の少女がいた。


「……どうして。私はどうしたらいいの?」


 その少女こそ、眞子だった。

 顔色は真っ青で、身体を震わせているようにみえる。

 何かあったのだろうか、と心配になり声をかけた。

 

「こんな所にいたの、眞子さん?」


 淡雪の顔を見るなり、彼女は「あっ」と今にも泣きそうな瞳を向ける。


「どうしたの? みんな、心配していたのよ」

「……須藤さん」

「何かあった? 私で良ければ聞くけども?」


 こんな風に震える何かがあったのだろう。

 淡雪は彼女を安心させるように、


「ほら、悩みがあれば人に話せば楽になれるって言うじゃない」

「あ、あの……私……」

「落ち着いて話して。貴方の悩み、聞かせて」


 淡雪は震える彼女を抱きしめるようにして、話を聞きだすことにした。

 彼女は誰とは名前を明かさなかったけども、


「好きな人がキスをしていたんです」

「……そう。片思いの相手だったのね」


 それにショックを受けて、こんな風に授業にも出なかった。

 

――彼女の愛称はピュア子、その純粋さゆえにと言う事かしら。


 ただ、青春の苦い思い出、と言うには少し違う様子だ。


「えぇ。でも、届かない恋だって諦めてました。私がショックを受けたのは彼に裏切られたとか、そういうのじゃないんです」

「違うって何が?」


 彼女は涙を瞳に溜め込みながら、淡雪に言った。


「あの人は過ちを犯していたんです。それはとても罪深くて、いけないこと」

「過ち……?」

「彼は結ばれちゃいけない人と結ばれていた。それがあまりにもショックで……」


 彼女は特定の名前を出さない。

 真面目さゆえか、それとも、目の前の真実をまだ信じられないでいるのか。

 淡雪は無理に名前を聞き出せない。


――待って。この子、今、好きな子と言ったわよね。


 それは、猛の事ではないのか。

 眞子が猛への片思いをしているのはクラスメイトの周知の事実。

 彼の傍に行けば赤くなり、話をするだけで照れてしまう純粋っぷり。

 誰が見ても、恋をしていると分かってしまうほどに。


――しのぶれど、色に出でにけり、わが恋は……。


 顔にすぐ出てしまうほどに分かりやすい彼女の想い人。

 彼女がキスシーンを目撃した相手が猛だと仮定するなら、その相手は? 

 

――結ばれてはいけない相手……妹である撫子さんと言う事になる。


 彼女は見てしまったのだ。

 

――猛クンと撫子さんがキスをしていたところを……。


 淡雪は心臓の鼓動が大きく高鳴るのを自覚する。

 

――やはり、あのふたりの関係は進展していたんだ。


 それも、引きかえせない所まで進もうとしている。

 彼女は静かに嘆息する。

 そして、眞子に囁いた。


「間違いは正さないといけないわ」

「え?」

「結ばれてはいけない相手と結ばれようとしているのならば、尚更ね」

「で、でも」

「禁断の関係なんてどちらも不幸になるだけじゃない?」


 自分が何を口にしているのか。

 それは淡雪の心に“魔”が差した瞬間だった。

 心の中に芽生えた黒い心が招いた悪魔の囁き。


――幸せになんかさせたくない。


 あのふたりには破局して欲しい。

 幸せな笑顔なんて浮かばせたくない――。

 醜い嫉妬心、心の中に潜む悪魔が淡雪に囁く。

 

――彼らの恋を邪魔してしまえ。


 

 どうすればいい、どうすれば壊してしまえる……? 

 思いついたのはたった一つの簡単な方法だった。

 淡雪は眞子に優しく微笑んで見せた。


「貴方は彼に不幸になってほしい?」

「い、いえ、そんなことは」

「眞子さんは彼の事が好きなのでしょう。彼を止めてあげたいんでしょう」

「は、はい。あんなのダメです。間違えてますから」

「ならば、過ちは止めてあげなくちゃいけないとは思わない?」


 彼女の耳元に淡雪はそう囁きかける。

 

「それをできるのは、“貴方”だけなのよ」

「彼を止められるのは、“私”だけ……?」

「うん。貴方しかできないことがある。どうすればいいかしら」


 眞子の瞳に写る淡雪の顔はどんな顔をしているのだろう。

 救いの天使か、それとも悪魔か――。


「そうね。貴方の言葉で説得してみたらどうかしら」

「でも……そんなことで止めてくれるでしょうか? 」

「それでもダメならば、周囲の声には耳を傾けるかもしれない」

「周囲の声? それって」


 淡雪はそっと彼女の手元にあった携帯電話に触れる。

 その意味に眞子は気づいた。


「誰しも他人の声には敏感なものなの。隠しごとをしているのなら余計に周囲を気にするものよ。それが人と言う生き物だもの」

「……そうですね。私ひとりじゃダメでも、皆からの声ならば聞いてくれる」

「過ちを犯そうとしている大切な人を止めてあげる。それは正しい事だもの。彼は今ならばまだ止められる。間違いを貴方なら正せるわ」

「私しかできないことがあるんですね」


 真子は思いつめた顔をする。


「そうだ、私が、私がしなくちゃ……」


 あまりにもあっさりと、彼女は淡雪の言葉に乗せられる。

 心の不安をつかれた。

 その純粋さを利用されているとも知らずに。


「えぇ。彼を想う、貴方にしかできないことがあるとは思うわ」

「……私が止めてあげなくちゃ。あの人の目を覚まさせてあげないといけない」


 眞子はぎゅっと携帯電話を握りしめる。


「ふふっ。少しは貴方の力になれたかしら。ほら、教室に帰りましょう。貴方の事を心配しているクラスメイト達が待っているわ」

「はい」

「もう迷いはなさそうね」

「ありがとうございます。私、自分にできることをしてみます」


 淡雪は“決意”をした眞子を連れて教室に戻ることにした。

 悪魔の囁き。

 恋する乙女の暴走が始まった――。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ