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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第1部:咲き誇れ、大和撫子!
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第11話:質問には真実のみを告げてください

 

 猛は今日の夕食が何だったか思い出せないほどに憔悴しきっていた。

 日直の仕事で教室に戻ったら、とても冷たい目をクラスメイト達から向けられた。

 

『大和君、サイテー。人から外れた道を歩んでいたなんて』

『ざまぁみろ、大和。お前の時代はもうお終いだ』

『……わ、私はまだ信じてるからね? これは何かの間違いだよ』

『大和さんはそんなことをする人じゃないって思いたかったのに』

 

 クラスメイト達がそんなことを囁いてたのだが、その理由がさっぱり分からない。

 

「……撫子さん、俺がいない間に何をしてくれました?」


 特に女子生徒の子達がひどくて、視線すらあわせてくれない。

 それがかなり地味にショックを受けていた。

 夕食後にソファーに寝そべりながらぐったりとしていると、

 

「兄さん。ダメですよ、寝そべるときはこうしてください」

 

 そっと撫子がソファーに座ると、猛の頭を膝に置く。

 まさに膝枕状態、妹の膝元が柔らかくて心地いい。

 

「……いいね。こういうの」

「兄さんが望んでさえくれればいつだってしてあげますよ」

「たまにはありだな」

 

 深く傷ついた心が癒される。

 今日は撫子に対して何か言う気力もなく受け入れる。

 

「お疲れですね。どうかしました?」

「そりゃ疲れもするわ。撫子、今日の放課後に何をした?」

「私は何もしてませんよ? 少しだけ優雨さん達とお話をしていただけです」

「ホントかよ。何だか俺が犯罪者扱いされてるんだが」

 

 何があれば、女子達から失望と嫌悪の瞳を向けられるのか説明して欲しい。

 

「そんなことよりも、兄さん。私からも質問です。去年の一年間で特定の恋人を作った事はありますか? またはお気にいりの女子生徒はいたのでしょうか?」


 思わぬ疑惑に彼は「は?」と素で尋ね返した。

 

――いきなり何を言い出すんだ、撫子は?


 思わず、彼はきょとんとした表情をしてしまう。

 

「この質問には真実のみを告げてください。さぁ、早く」

「ひっ!?」

「でないと、ひどい目に合わせてしまうかもしれません」

 

 そっと猛の首元に撫子の細い指が触れられた。

 その爪先が今にも食い込もうとしている。

 

「……ま、待ってくれよ。一度も付き合った子なんていない、です」

 

 逃げるに逃げられない状況で猛は焦る。

 なぜ、このような危機的状況に追い込まれているんだろう。

 

「本当ですか? 嘘はよくないですよ」

「ほ、ホントなのですよ?」

「嘘をつくのはみっともない行為です。愚かにも我が身大事と保身に走った人間が哀れな最後を迎えるのは世の常。嘘つきさんがのんびりと生きられるほど世界はそんなに優しくありません」

「真顔で言われると怖いよ、泣きそうだ」

 

 今日の撫子は容赦なさそうなので必死になだめる。

 

「本当です。女の子とお付き合いした事ありませんから。首に爪を食いこませないで」

「分かりました、兄さんの言葉を私は信じます」

「……ほっ」

 

 そっと手を放してくれる妹に安堵する。

 だが、それは許したわけではなく最後通告のようだった。

 

「けれども、嘘だった場合は覚悟していてくださいね」

「え? 嘘だった場合とは?」

「私は兄さんを愛していますが、嘘をつかれるのは悲しいです。裏切られた時はどんな真似をしてしまうのか自分でも想像すらできません」

「微笑みながら言う事じゃない!?」


 彼女の笑みに猛は心臓が凍り付くような想いをしていた。

 膝枕って心地よいけど、逃げられないから困ったものだ。

 どうして、そんなことを聞いてきたのか。

 尋ねてみたかったけども、藪蛇っぽいので黙っておいた。

 

「そろそろ、お風呂にでも入りましょう。すでに準備はできていますよ」

 

 妹に促されて、猛たちはお風呂に入ることにしたのだった。

 

 

 

 

 温かなお湯につかると身も心もリフレッシュする。

 最近は撫子がお気に入りのバラの香りがする入浴剤だ。

 男の猛には魅力はよく分からないが、撫子は大満足らしい。

 

「女の子ってどうしてこういうのが好きなんだろうね」

「いい香りがして心が和むじゃないですか」

「そういうものか。そうだ、高校に入って新しい友達でもできたか?」

「何人かはできました。ちなみに全員が彼氏持ちです」

「……撫子の友達の基準って彼氏がいるかどうかなのか?」

「いえ、兄さんに興味があるか、いないのか、です。私の大好きな兄さんに色目を使うような友人は友人ではありません」

 

 さらっととんでもない発言をしている。

 

「以前の話なんですが、私に兄さん目当てで友人になろうとしていた子が中学の時にいたんですよ。兄さんは昔から女の子にモテますから。友達選びですら、下心を持つ女の子を見極めるのも大変なんですよ」

「えっと……その子、どうなった?」

 

 どこか猛は嫌な予感がして尋ねてみた。

 

「何ですか、それは。どうなったとは、まるで私が何かをしてしまったようなことを前提じゃないですか。……その通りですけどね」

「や、やっぱり、何かしたんだ」

「ふふっ、兄さんが気にするようなことではありません」

「ホントに何をしたんだ、その微笑の意味が気になるぞ」


 微笑で誤魔化されて、真実は闇の中である。


――その子、無事なんだろうか。いや、多分、無事では済んでいないな。


 撫子はやる時は徹底的なので容赦がない。

 どこかで犠牲になった彼女に同情するしかなかった。

 

「どうでもいい話ですよ。さぁ、兄さん。私の髪を洗って下さい」

 

 撫子の性格で唯一、悪い所があるといったらこう言う所だろうか。

 好き嫌いがはっきりし過ぎていて、時に敵も平気で作るし、それを気にしない。

 

――いや、敵を作る場合は俺が絡んでる場合が多いんだけども……。


 猛自身もその件で悩んではいる。

 

――母さん、父さん、雅姉ちゃん……どこで撫子の教育を間違えたんだろうね?

 

 普通にしていれば大和撫子と言う名前通りの可愛い女の子なのに。

 どこかで一線を越えて“敵”扱いになると、ずっと相手を敵視するから怖い。

 そんな妹がいつか人の恨みを買って傷つかないかが心配なのだ。

 

「兄さん。はやく洗って下さい。湯ざめしてしまいます」

 

 世間で白い目で見られる、兄妹の混浴。

 自分で言い訳するのもなんだけども、これは慣れなのだ。

 決して犯罪の匂いもなければ、いやらしい意味でも何でもない。

 生活習慣、日常の風景の一つ。


――と言っても誰も納得してはくれないだろうが。

 

 悲しいかな、理解者はいない。

 

「撫子は本当に綺麗な黒い髪だよな。自慢してもいい」

「兄さんの好みに合わせてますから。黒髪美人になりたいんです」

 

 彼女の髪をシャンプーで泡だてる。

 鏡に映るのは妹の髪を洗う兄の姿。

 昔から変わらない光景。

 やってる事は何も変わらないけども、鏡に映る姿は成長している。

 

「なぁ、撫子。そろそろ、一緒にお風呂も……」

 

 やめようかと、言おうとしたら撫子は間髪いれずに、

 

「可愛い妹の心を傷つける一言。言おうとしてます? 」

「……何でもないよ」

 

 勘の良すぎる彼女の牽制球にさされてアウト。

 次に続く言葉は「私を裏切ると悲しい事が起きますよ?」だ。

 また学校で猛の噂が流れて白い目で見られるのは辛い。

 

――もう、俺には学校で居場所がないんだから、やめてください。

 

 人生で窮地に追い込まれてばかりだ。

 

「可愛い妹を悲しませるような真似はしません。約束します」

「兄さんの事を信頼していますから」

 

 撫子の髪を温かなシャワーのお湯で洗い流していく。

 

「んっ。兄さんはプロの美容師さん並にシャワーが上手で素敵ですよ」

「……そりゃ、慣れてますから」

 

 撫子がシャワーを要求するため、ほぼ毎日行われている事になる。

 数えたくはないが、数千回は超えているはずだ。

 日々成長していく妹にドキドキする毎日だった。

 

「たまには私にも兄さんの髪を洗わせてください」

 

 湯船につかりながら、身体を温める妹。

 その間に猛は自分の髪を洗っていた。

 

「い、いいよ。撫子はお風呂を楽しんで」

「……サービスだってしてあげますよ?」

「それがあるから断ってるんだよ」

 彼女に髪や身体を洗ってもらうと、いろんな所をわざと当ててくる。

 他人から見れば羨ましいとか言う以前に、猛にも理性があるので大変なのだ。

 

「相手が恋人ならいいけど、妹だからなぁ」

「兄さん。それは今すぐに私に恋人になって欲しいと言う愛の告白と受け取ってもよろしいですね? 嬉しいです、そこまで熱望されていたなんて♪」

「ち、違うからっ。大人しくしてくれ」

 

 しなやかな肢体がタオルの隙間から見え隠れする。

 興奮した撫子を抑え込むのに時間がかかった。

 


 

 

 お風呂から出て猛はぐったりと疲れていた。

 

「もう、ホントに撫子と一緒にお風呂に入るのはやめた方が良い気がする」


 いろんな意味で猛の理性と精神状態が持ちません。

 撫子の髪も拭き終わり、のんびりとペットボトルのコーラをコップに入れて飲む。

 お風呂上がりに冷たい物を飲むと美味しい。

 

「撫子は炭酸がダメなのが残念だ」

「微炭酸ならまだ耐えられますけど、普通レベルの炭酸は無理ですね」

「美味しいのに。そんなに刺激物がダメか?」

「チクチクと喉にくる感じが嫌なんです。でも、開封し放置して炭酸が抜けたジュースなら飲めますよ? あれならオッケーです。どうぞ?」

「それはただの砂糖水だ。身体に悪そうだからやめなさい」

 

 炭酸の抜けたジュースほど甘ったるいものはない。

 むしろ、甘ったるいだけの水だ。

 

「でも、頑張ります。兄さんと同じものが飲みたいんです。一口ください」

「ただし、これ、炭酸キツイやつだから気をつけてな」

 

 彼が好きなのはゼロカロリーだが強炭酸のコーラだ。

 刺激的なほどの炭酸っぽさがお気に入りなのである。

 

「いただきます」

 

 彼女は意を決して一口だけ口をつけるが、すぐに「けほっ」と口元を押さえる。

 ほんの少しでも彼女は涙目になって、喉のチクチクに耐えていた。

 

「うぅ。兄さんはもっと私に優しい味のジュースを飲むようにしてください」

「はいはい。次からは気をつけるようにするよ。撫子と一緒に飲めるようにね」

 

 撫子は頷くと彼にまたすり寄ってくる。


「私の好きなジュースを入れてあげます。マンゴー果汁たっぷりのジュースです」

「あのー、そいつは姉ちゃんのボトルじゃ? 高いんだぜ、それ」

「いいんですよ。冷蔵庫に入ってるものは家族の共有物です」

「……いつも、ジュースがなくなって嘆く姉ちゃんが可哀想なのだが」

「また買ってくればいいじゃないですか。彼女のお小遣いで、ですが」

「ひどいや、妹」

 

 撫子と雅はよく似た姉妹で好きなものも同じなことが多い。

 

「ホント、姉ちゃんと撫子はよく似てるよな」

「姉妹ですもの。似ていて当然でしょう? はい、マンゴージュースですよ」

「今度、ちゃんと姉ちゃんのために補給してあげなきゃな。いただきます」


 可愛い妹とのんびりとした落ち着いた夜の時間をそのまま過ごしていた。

 

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