仮面舞踏会で羽目を外したら王子に特定されて、今、お説教部屋です
数ある中からこの作品を手に取っていただきありがとうございます!
ゆるっとラブコメです。
仮面舞踏会のルール
『人物を特定してはいけない』
誰もが仮面を被る秘密の共有者。
ダンスホールで一斉に靴音が鳴り響いた。
──ダンスのクライマックスだった。
一呼吸置いて、人の声がだんだんと重なり弾みだす。
そこへ王族専用の中央階段を駆け上がるとリュシエンヌは手を挙げて注目を集めた。
誰もが口を閉じて彼女を見上げていた。
このあと、リュシエンヌは羽目を外してしまうのだが──。
* * *
???の部屋──。
リュシエンヌ・アストレリオールは王城のある一室へと通された。
きめ細かい絹の壁に格式高い調度品。
アストレリオール家にある調度品をすべて集めても、この部屋の調度品は揃わないと推測する。
リュシエンヌは座り心地の良さそうな猫脚のソファに、ぎこちなく座って固まっている。
実は、成人を迎えて初めての舞踏会だった。
しかも憧れの仮面舞踏会で、はしゃいだリュシエンヌ。
(飲んだのはアップルサイダーだけよ。ちゃんと匂いも確認したもの。味も林檎だった)と心の中で再確認。
金属音がしてドアが開いた。
「リュシエンヌ・アストレリオール嬢か?」
突然の王子の凛々しい声に、緊張しすぎてリュシエンヌは声が裏返った。
「ひゃぃっ」
軽やかになびく蜂蜜色の髪に空色の瞳の容姿端麗──アーデルバルト・ヴェロニシア王子。
足に力を入れて立ち上がり彼にお辞儀をする。
「アーデルバルト・ヴェロニシア様にご挨拶申し上げます」
王子が机に肘をつき、じっと見つめてくる。
「そなたは昨日の仮面舞踏会で何をしたか覚えているかい?」
リュシエンヌは腰を折ったまま硬直した。
(何かやらかしたみたいだわ。ここは“お説教部屋”だったのね!)
* * *
改めて、お説教部屋の中、記憶喪失のリュシエンヌと多分激おこの王子──。
「王子、大変申し訳ありませんが昨日の記憶は出払っていまして⋯⋯アップルサイダーしか飲んだ記憶しかありません」
「あそこにはジュースはない。おそらくアップルシードル──リンゴ酒だろう。なるほど、覚えていないのか」
リュシエンヌは王子の顔を観察し、どちらが正解なのか、よく思案する。
(変に取り繕うより謝ってしまいましょう)
「何も覚えておりません!」
「⋯⋯そうか。残念だな、ひよこ姫」
立ち上がった王子が距離を一気に詰める。
「ひっ……ひよ……ひよっ!?
な、なんですかその呼び名は!?」
「すぐに分かるさ。一緒に踊ろうではないか」
これが舞踏会なら甘い声を上げながら令嬢たちが卒倒しそうだが、それどころではない。
悠長に考えてはいられない。
すでに王子とのダンスのステップが始まる。
リュシエンヌは王子と滑らかに右へ流れる。
ぴょこ、ぴょこ──。
今度は大きく左へ。
ぴょっこん、ぴょこ、ぴょこ──。
「緊張しているのかい? ほら、ぴょこんって小さく跳ねてる。まるで……ひよこみたいに。これは君にしかできないクセだよ」
「ぴ、ぴょこん!? 動きばかり見ないでください!!」
そう言いながらも、小さく跳ねているリュシエンヌ。
「見てしまったものは仕方ない。
それに……可愛かったし」
「かっ⋯⋯かわっ⋯⋯かわっ!?
ひよこに続いてなんですの!?」
この後、リュシエンヌは王子をもの凄く怒った。
なのに何だが嬉しそうな顔をしていたのは気の所為だと思うことにした。
* * *
引き続きお説教部屋にて──。
リュシエンヌはこの後お説教があることを確信した。
机に広げられたティーセット。
白く透き通る陶器が手に馴染む。
「私、思い出してしまいましたの」
あの夜、初めて飲んだお酒で気を良くしたリュシエンヌは演説のごとく、昨今の“婚約破棄宣言”に苦言を呈した。
そもそも貴族たるもの、家門を重んじる。
その役目が第一。
相性はその次。
執事や家長が中心となって探り合う。
その後に小規模な舞踏会や社交サロンなどに参加し初めて本人たちが出会う。
そこから両家が身元調査・評判など確認してようやく正式な顔合わせとなる。
まだ婚約までは続く。
その後、持参金や令嬢の待遇を交渉。
家長も本人たちの同意をして、『婚約発表』となる。
家門にとっても大切なことなのに、こんな手数を踏んで結んだ婚約を意図も簡単に取り消す。
それは“真実の愛”であったり、庇護欲をそそる平民の女性であったりする。
リュシエンヌは覗き込んだ紅茶が波紋を作り、手が震えていることに気がついた。
「『“真実の愛”より目の前の相手!』
君の台詞に痺れたよ」
うっすら走馬灯のように、階段上での自分の演説の断片が蘇る。
「わぁああ、ごめんなさい!!」
リュシエンヌは恥ずかしさのあまり心底隠れたくなった。
やっと呼ばれた理由はお説教ではない事が分かった。
* * *
次の日の学園にて──。
王子は、「学園の風紀を整えることが自分の役目だ」と言うので、協力する羽目になった。
今日も庭園では、二人の学生の姿。
陽気なガルディアン・レーヴルハウト伯爵子息と歌姫のエヴリーヌ・サンテリュード伯爵令嬢。
芳しくない雰囲気が漂っている。
「エヴリーヌ、婚約を破棄し──」
「ちょっと待った、なのです!」
そう叫ぶリュシエンヌと王子が二人の横に並ぶとどよめいた。
「ガルディアン様、エヴリーヌ様のどこがお嫌いなのですか?」
「リュシエンヌ嬢と王子!? エヴリーヌのことが嫌いなのではありません。私には気になる相手がいるのです」
リュシエンヌは胸を空気で満たすと、婚約とは──仮面舞踏会の演説を始めた。
それを聞き始めたエヴリーヌは何度も頷いている。
リュシエンヌの口は大炎上のドラゴンのごとく閉まることを知らない。
だんだんと、ガルディアンの頭は実った穂のように重く下がる。
「その相手はすべてを覆す価値があるのですか?」
「いや⋯⋯」
リュシエンヌはエヴリーヌの魅力を、もし溺愛の主人公だったとしても言い負す勢いで、捲し立てる。
最後に稲妻のような決め台詞。
「それよりも『“真実の愛”より目の前の相手!』」
(あんなに恥ずかしかったのに、また言ってしまったわ!!)
肩を上下に動かして顔を紅潮させたリュシエンヌは走って王子の後ろに隠れた。
「今なら引き返せますわ」
ガルディアンに笑顔を向けるエヴリーヌ。
(つっ強いですわ)と王子の背中にしがみつくリュシエンヌ。
平謝りをするガルディアンはチクチクと言葉で刺されている。
そうは言いながらも、エヴリーヌの笑みは柔らかい。
ガルディアンとエヴリーヌが二人の界を作り始めると、素早い動きで王子の後ろから顔を出した。
王子は今まで以上に満足そうな笑顔をリュシエンヌに向けた。
* * *
それからも、この“風紀是正”活動は続いた。
ことあるごとに人前で王子がリュシエンヌを“ひよこ姫”と呼ぶので、いつの間にかあだ名のように使われ始めた。
今日も漏れ聞こえただけでも五十三回。
「王子、ひよこ姫はやめてください!」
「あぁ、分かりにくいか。“私のひよこ姫”、どうかな?」
「誤解の暴力!!」
リュシエンヌは口を尖らせながらも悪い気はしていなかった。
その日は、早くから落ち着くと、王子は伸びをしたタイミングで「ランチにしよう」と提案した。
デザートも付けてくれるそうなので、二つ返事だった。
リュシエンヌはスキップしながら王子に付いて行った。
(これはデザートが嬉しいだけなんだから!)
* * *
カジュアルなランチ──?
おかしい⋯⋯。
ブランケットを敷いてカジュアルなランチだと思っていたのに。
王城に着いて、「また、後でね」なんて王子は軽やかに手を振って立ち去った。
それから二時間も熟練侍女五人にみっちり締め上げられて磨かれた。
心は萎んだリュシエンヌは侍女に連れて行かれると大広間へと入る。
(大広間って、正式な国内行事とか王族との宴に使われるんじゃなかったかしら)
大広間の中央には、王様、王妃様、リュシエンヌの両親が座っていた。
両手を上げながら眠そうに「ランチ行くか?」と提案するものではない。
そうでしょ、王子?
リュシエンヌは頭の中で整理する。
ひよこでも分かる婚約ステップ──。
1.執事や家長の情報収集
2.本人たちの自然な出会い(演出)
3.両家が身元調査・評判の確認
4.正式な顔合わせ
5.持参金や令嬢の待遇を交渉。
6.『婚約発表』(家長と本人たちの同意。これが本当に大事!)
今、私たちは4まで来ていたのかしら?
⋯⋯いつの間に?
怪しんでいる顔を王子に向けると、王子は茶目っ気たっぷりにウインクをする。
リュシエンヌの隣に立つ王子。
「大丈夫。ただのランチだから」
「詐欺の手口です。これは正式な顔合わせですわ」
リュシエンヌが怒っていると分かると、流石の王子もしおらしくなる。
「⋯⋯すまない、今度、ちゃんと正式な顔合わせをセッティングするから⋯⋯」
「これより正式な!?」
リュシエンヌの反応にしっかりと頷く王子。
それぞれの挨拶が終わると、王子は高らかに「父様、これは正式な顔合わせとして手順を踏んでください」と告げた。
私は文句の一つでも言おうと、口を開いた。
違う。
リュシエンヌに確信の波が押し寄せる。
手が震えているのを見て王子の自信のなさが伝わってきた。
(王子も私の気持ちに不安なのかしら)
リュシエンヌは王子のことを愛おしく感じた。
そして震える王子の手を両手ですくい上げた。
「私の気持ちはもうあなたの手の中に」
音が一切消えた。
周りを見ると皆微笑ましい顔。
リュシエンヌは耳まで火照らせながら、気まずさに咳払いをした。
それから何を食べているのか分からない最高の食事を行い、談話が始まった。
お互いの両親の話が終わると、学園での二人の風紀活動に話が行った。
“ひよこ姫”と呼ばれるリュシエンヌを持ち合わせたすべての言葉を使って褒める王子。
それを聞いてリュシエンヌの母はハンカチを目端に添える。
時間になると、王様が一声あげた。
「それで婚約発表はいつにしようか?」
ここ、婚約発表!?
今、一気に最後までいきましたよね!?
すごろくなら六が三回連続出て、逆転勝利するところなんですが!!
王子は頼もしく立ち上がると、執事から書類を受け取る。
「私の見立では一年後です。アストレリオール公爵家はご存知の通り中立派。
私がリュシエンヌと婚約することで崩れるバランスを先に取る必要がございます。こちらにある──」
新王派とは継続した関係良好を、進め革新派には、今まで以上の待遇を考える。
しかし、あまり力を持たせすぎてはいけないので期限付きとする。
その具体的な名前を列挙し、詳細なスケジュールを説明する王子。
リュシエンヌはその凛とした姿に目を奪われていた。
すべての説明が終わると、王子はリュシエンヌの前で跪いた。
「私の最愛なるひよこ姫─いや、リュシエンヌ・アストレリオール、私と婚約してくださいませんか?」
「はいと言いたいところですが、まずはお説教です。仮面舞踏会のルールは『人物を特定してはいけません』」
「そうか、罰を受けるか」
「いえ、ひよこがバレてしまいましたのでおあいこです」
二人は声を上げて笑い始めた。
リュシエンヌは無邪気に笑う王子の姿を見て、目端から涙が出てきた。
(たぶん、笑い過ぎで涙が出たんだわ⋯⋯いえ、もう強がる必要はないわ)
一歩前へ。
リュシエンヌは王子の手を繋ぐ。
「ずっと側にいてくださいますか?」
「生涯添い遂げよう」
リュシエンヌは幸せな気持ちに包まれた。
そうだわ、子どもが出来たら『仮面舞踏会では羽目を外さないこと』と伝えなきゃね。
(私ったら気が早いわ。まずは婚約発表ですわね)と赤面するリュシエンヌ。
「親愛なるリュシエンヌ、指輪を選びに行かないか?」
「えぇ、あなたとならどこへでも」
後日、連れて行かれたのは宝石の出る鉱山だった。
「⋯⋯なんか違う!!」とリュシエンヌの叫びは空に虚しく響いた。
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