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王国暦270年5月16日 その夜の終わり

 おはようございます。今日も朝更新

 

「楽しんでいただけましたか、姫」

「ええ……ありがとう」


 帰りは辻馬車で館の近くまで戻って後は少し歩くことにした。

 夜風が心地いい。高く上った白い月に照らされた街並みは見慣れているけれど、今日は何か違って見える。


 館まであと少しだ。もう少し話していたい気もする。あと100歩ほどの距離が短く感じる。エドガーの到着を待っていた時と同じような感覚。


 歩いているところで、馬車の車輪の音が後ろから聞こえてきた。

 いくつものランプを吊るした黒塗りに4頭立ての豪華な馬車。二人を追い抜いて行った馬車がそのまま走り去らずに止まった。


 エドガーがセシルをかばうように前に立つ。 

 二人が見ている中、御者がドアを開けてステップを掛けた。恭しく手を差し出して頭を下げる。

 そこから降りてきたのは赤いドレスに身を包んだ一人の少女だった。

  

「あら、お姉さま。奇遇ですわね」



「エリザベート……様」

 

 カトレイユ王妃の娘、エリザベートだ。セシルの腹違いの妹でもある。

 しかし立場は全く違う。王妃の子であり正真正銘、この国の姫であるエリザベートと、妾の子として生まれて戦場で戦うセシル。

 同じ王族で妹だからと言って呼び捨てに等できるはずはない。

  

 御者が跪いて長いスカートの裾を地面に摺らないように僅かに上げる。

 煌びやかな刺繍が入った赤い長いスカート、それに膨らんだ肩のマフと長手袋。

 あちこちにレースとリボンがあしらわれた都の最先端の作りのドレスだ。


 巻くように整えられた金色の美しい髪にはドレスと揃いの赤いリボンが巻かれている。

 王譲りの大き目の青い瞳と整った顔立ち。

 頬にさされた薄い紅と赤い唇、それに目の周りの黒いラインが肌の白さを際立たせている。


 豪華なドレスに負けないほどの美しさと高貴な雰囲気。

 久しぶりに会うが、非の打ちどころのない淑女の姿に浮かれた気分が冷えた。


「一応、お姉さまも王族に連なるものでしょう?そのような庶民のような格好で外出なさるなんて。ここを戦場と勘違いなさっておられるのですか」


 エリザベートが揶揄するように言って、わざとらしく手で口元を覆った。


「それにひどい……野卑な草の臭い。何を食べたのですか?」


 美しく着飾った王族の淑女(レディ)である彼女と比べて自分はみすぼらしいとしか言いようがない。

 目を合わせると惨めな気分になる気がしてセシルは俯いた。

 

「それで、その横の殿方はどちら様ですか」

「エドガーと申します。先日から姫にお仕えしております」


 エドガーが淡々とした口調で返答する。


「見ない顔ですね……どこぞの騎士か何かですか」

「まあそんなところです」


 エドガーがはぐらかすように答える。

 あの日の事はまだ宮廷の中のひと騒動に留まっている。エドガーの事はまだ知られていないらしい。


「粗野な田舎剣士と下賤な血を引くお姉さま、全くお似合いですが……あなた、貴方も仕える相手を選ぶべきですよ。それとも姉上の部隊に入るしかない程度の下級騎士なのですか?」


 エリザベートがエドガーに向かって言う。

 

「僭越ながら王女様。

この方にお仕えすることを選んだのは私の意思です

庭園の華やかな赤いバラもいいですが、花の美しさの本質はそれだけではありません。私は野に咲く白いバラの傍に居たいと思っております」


 エドガーが静かに言い返した。赤いバラがエリザベートのこと、白いバラがセシルのことを指しているのは明らかだ。

 エリザベートの表情が一瞬強張って、薄笑いを浮かべる。


「騎士風情が……なかなかいい度胸ですね。まったく」


 エリザベートが言う。


「行きますよ。こんなところにいたらこの匂いが映りそう」


 エリザベートがそう言うと付き人が一礼した。エリザベートが豪華な馬車に乗り込む。

 二人を残して、馬車が走り去っていった。

 


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