「あの女だけは許さない」
ゲイルは元『酔いどれドラゴン亭』のピアノ弾きで、テオさんを裏切った男です。
こういう小悪党はひどい最期を迎えるのがお約束。
~~~ゲイル視点~~~
大通りの喧騒を遠く幻のように眺めながら、ゲイルは路地裏に座り込んでいた。
ここ2日間、道行く子供から奪った菓子パン以外何ひとつ食べていない。
あまりの空腹で倒れてしまいそうだ。
「くそっ、なんだってこんなことに……」
ピアノ弾きの職を失って以来、ゲイルは困窮していた。
素人に毛の生えた程度のゲイルの腕ではなかなか雇ってくれる店も無く、かといって普通の職に就くにはプライドが高すぎた。
わずかな貯金はすぐに尽き、やむを得ずに『酔いどれドラゴン亭』に戻ろうとしたが、店主のテオは凄まじい剣幕で取り合ってもくれなかった。
定宿はすぐに追い出され、今や路地裏暮らしだ。
こんなはずじゃなかった。
何度も胸中でつぶやく。
こんなはずじゃなかった。
アルノーの誘いに応じてテオを罠にはめ、『酔いどれドラゴン亭』を乗っ取る。
改装後の新しいバルの支配人にしてくれるという約束だった。
にも拘わらず、アルノーはそれを反故にした。
クロードとかいう小僧一匹に怯み、もう手を出すつもりもないらしい。
ならばせめて別の就職口を斡旋してもらえないかと頼み込んだが、門前払いどころか気の荒い手下どもに袋叩きにあった。
「……けっ、金貸しアルノーも落ちぶれたもんだぜ。手下ともども地獄に落ちろ」
未だ消えぬ二の腕を擦りながら、次に思い浮かべるのはバーバラの顔だ。
王都から来た公爵家のお嬢様のテレーゼへの恨みを利用して小銭を稼ごうとしたが、それも上手くいかなかった。
公衆の面前での糾弾は上手くいかず、バーバラは石を投げられ慌てて退散。
成功報酬として大金をくれるはずだったのが、すべてなくなった。
「……けっ、何が公爵令嬢だ。この俺が女に手を上げない紳士だった幸運に感謝しやがれ」
バーバラには荒事に長けた3人の執事が常に護衛についており、手を上げるどころか恨み言を吐く勇気すらなかったというのが真実だが。
ともかくゲイルは飢えていた。
もともと歪んでいた心根はさらにねじ曲がり、顔には陰影の濃い、凶悪な相が浮かんでいた。
「こうなったのも、そもそもあの女が悪いんだ……」
最終的に思い浮かべたのは、テレーゼの顔だ。
太陽のように輝く豪奢な金髪と、澄み切った青い瞳。
穢れを知らぬ白い頬を打ち据え、泣き叫ぶところへのしかかり、たおやかな体を弄ぶことを夢想した。
罵り、辱め……ああ、最高だ。
「へ、へへへ……っ」
下卑た妄想にすがりながら、ゲイルは路地裏に座り込んでいた。
やがてその耳に、聞き慣れたあの声が飛び込んで来た。
明るく朗らかで、生きる喜びに満ち溢れたあの──あの女の声!
「どこだ……どこにいるっ?」
ぎょろり目を向けると、ちょうどテレーゼの姿に焦点があった。
大通りの真ん中で立ち止まるテレーゼ、その両脇には見目麗しいふたりの少女がいる。
3人は何ごとかわめいている。
男がどうした好きがどうしたとか、くだらぬことをぎゃあぎゃあと。
やがて話は、思わぬ方向に転がっていく。
「……へえ? クラウンベルガー音楽院でコネを作る? ほうー……?」
バーバラに対抗するためのだというその策をぶち壊しにしてしまえば、テレーゼはどんな顔をするだろう。
落胆するだろうか、嘆き悲しむだろうか。
絶望しているところへ再びバーバラが仕掛けたとしたらどうなるか。
公爵家の力とクロードとかいう執事のそれがぶつかったら、最終的にどちらが残るのか。
「……ああ、いいな。あの女の泣き顔が見てみたい」
ゲイルはこぼれたよだれを拭き取ることもせずに微笑んでいた。
長い間湯を浴びていない肌をかきむしりながら、ひっそりと。
路地裏の暗闇で、ひとり。
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