「友達」
「あなた、バーバラさんとか言いましたっけ」
それまで成り行きを見守っていたリリゼットが、突如として口を挟んだ。
「……誰ですの? あなたは」
水を差されたことにムッとしたのだろう、バーバラは真っ向からリリゼットをにらみつける。
「わたしはリリゼット・ペルノー。ヨーゼフ・ペルノーの娘よ」
「ヨーゼフ・ペルノー……あの海運商の?」
すると、バーバラの表情がサッと変わった。
リリゼットのお宅は王国の貴族の中でも最高ランクにあるバルテル公爵家ですら一目置くほどの家格なのだろうか?
ああでもたしかに、お貴族様って商人との繋がりが深いからね。
その経済力も影響力もよく知ってるってわけか。
「ええ、そうよ。そしてさきほどまで、そこのテレーゼと音楽決闘をしていた者でもあります」
「音楽決闘……? テレーゼと……? そういえばピアノを弾いていたような……え、テレーゼがピアノを? どうして?」
ここに至り、ようやく事態の不思議さに気づいたバーバラ。
まあ無理もない。彼女の記憶の中のテレーゼは、音楽的素養のまったく無い人間だったはずだから。
音楽で生計を立てるだとか、グラーツの決闘者内で最強と目されているとかいったって、信じられるわけがない。
「なんですか、聞けばあなたはテレーゼの妹の様子ですけど、お姉さんがピアノを弾けることすら知らなかったんですか? 家族なのにそんなことすらも? 恥ずかしくないんですか?」
「え? それは……でも……」
混乱するバーバラを見て、これ見よがしにハアとため息をつくリリゼット。
「まあいいでしょう。どうやら複雑な家庭の事情がおありのようですし。初対面のわたしが一方的に責めるのも筋が違うでしょうし。ですけどね、音楽に関してならば話は別ですよ?」
リリゼットは、わたしを後ろに背負うようにして立つと。
「ここはグラーツ。歌を歌い楽器を弾き、音に身を委ねることこそが是とされる音楽の都です。人を判断する基準はたったひとつ、いかに素晴らしい音を紡ぎ出すか。そういった意味で、テレーゼは誰にも文句のつけようのない成績を残しました。西地区最強だったわたしを打倒し、現在東西両地区の頂点に達しています。人間性? それがなんです。過去の悪事? そんなもの、そこらの野犬にでも喰わせてしまえばいいのです。それがここ、グラーツなのですから」
「なっ……?」
リリゼットの恐るべき理論展開に、バーバラはもちろんわたしも絶句した。
こ、ここってそんなところなんだ? っていうか音楽の地位高すぎない?
──そうだ、その通り!
──よく言ったぞ姉ちゃん!
──王都のお貴族様がぐだぐだ抜かすんじゃねえっての!
──ここは俺たちの都だ! すっこんでろ!
──帰れ帰れ!
──そうだ! 帰れ帰れ!
リリゼットの意見に傾いた聴衆が、一斉に帰れコールを始めた。
それまでわたしのことを叩いていた人たちも、一気に好意的な論調に変わった。
サクラと思しき人たちはこそこそと姿をくらまし、機を見るに敏な新聞記者たちはそそくさとバーバラの傍から離れた。
ひとりになったバーバラに向かって浴びせられるのは罵声、そして紙屑や小石……。
「な、なによ! なんなのよ! 人がせっかく……痛いっ!?」
頭に小石が当たったことで、バーバラは目に見えて怯んだ。
直接的な暴力には慣れていないのだろう、両手で頭を抱えると、その場にへなへなとしゃがみ込んだ。
「お嬢様! こちらへ!」
「おまえら! お嬢様をお守りしろ!」
「ええい! 貴様らそこをどけ!」
後ろに控えていたカントルさんたち3人が慌てて前に出て、主人の盾となった。
「どけ! どけどけ!」
「手出しするなら斬って捨てるぞ!」
「お嬢様! 頭を低く!」
腰に帯びていたサーベルを抜くと、お客さんたちを威嚇しながらルートを確保、店の外へと逃げて行く。
「……ふん」
逃げ去ったバーバラの背を、リリゼットは敵愾心剥き出しにしてにらみつけていたが……。
「やっといなくなった。せいせいしたわ」
姿が見えなくなったのを確認すると、ベエと舌を出してからこちらに向き直った。
「あなたも災難だったわね。あんなのが妹で、しかもここまで粘着して来るだなんて、同情するわ」
「ありがとう。わたしもここまでとは思ってなかったから助かったわ……っていうかねえ、ちょっと聞いていい?」
怒涛の展開に圧倒されて聞けなかったことを、わたしは改めて聞いてみた。
「どうしてあなた、わたしを助けてくれたの? だって、わたしたちさっきまで決闘してた仲なのに。第一印象だってよくなくて、クロードとちょっと揉めたりしてたぐらいなのに……」
クロードとはちょっとどころじゃないが(頭を握りつぶされかけてたし)。
「さっきの会話を聞いたら、相手が貴族の令嬢だってことはわかったはずでしょ? わたしがよくないことしてたのも。なのになんで?」
「なんだ、そんなこと」
くだらないことを聞くなと言わんばかりにかぶりを振るリリゼット。
「理由はふたつね。ひとつ、これはさっきも言ったけど、ここでは何より音楽が物を言うの。家柄も人格も、音楽性の前では等しく無意味なの。にも拘わらず、まさにあの女がそれを振りかざしたことが気に食わなかったのよ。王都の人間が、このグラーツで我が物顔に振る舞うのが許せなかったの。そしてもうひとつ、それはね……悔しいけれど、あなたの紡ぎ出した音楽が素晴らしかったからよ」
「わたしの?」
「ええ、それはもう驚愕するほどにね。わたし、自分の腕には自信があったし、選曲で聴衆をも味方につけて、絶対勝てると思ってた。にも拘わらず負けた。あなたの曲に粉々に打ち砕かれた。曲だけじゃないわ。技術も素晴らしかった。よどみなく回る指、正確な拍と曲への理解、ペダリング、全身から迸るような熱気。負けたーって感じがしたの。こいつ、いったいどれだけの年月を修練に費やしたんだろうって感心したの。そのあなたに対してぐだぐだと文句をつけてるあの女がムカついたのよ」
にっと唇を横に引くと、リリゼットは少年のように笑った。
決闘前に感じた敵意はもはや無い。
代わりにあるのは、共に音楽を愛する者同士の、えも言われぬ連帯感。
そうか、敵対さえしてなければリリゼットってこんなに気持ちのいい感じの女の子なんだ。
「それが理由じゃ、不満?」
「う……ううん。全然っ」
わたしはぶんぶんと首を横に振った。
「嬉しいわ。わたし、あなたにそんな風に言ってもらえるなんて思ってなかったから……」
「わたし、音楽には正直でありたいの。強い人のことは素直に尊敬することに決めてるの。ねえ、あなた、わたしと友達になってくれる?」
そう言うと、リリゼットはすっと手を差し伸べて来た。
「ホント? 嬉しい」
こっちに来て初めての、しかも同性の友達だ。
わたしが喜んで握手に応じると、リリゼットは「あ」と思い出したように口を開いた。
「言っておくけど、あなたの下についたってわけじゃないからね? 今はまだわたしのほうが下手ってだけだから」
そう言うと、リリゼットは再び気持ちの良い笑みを見せた。
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