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角ウサギのロティ アヴェルデワイン風味(9)

「……それで、私のところに来たのか?」


 初めて訪れるマクシミリアンの執務室は、綺麗に片付けられていた。

 栞の仕事机の上もいつも綺麗だが、マクシミリアンも書類ケースが幾つか積み重なっている以外はとても綺麗にしている。


「そうです」


 こくりとリアはうなづいて、手にしていた紙箱を恭しく執務机の上にのせた。


「────もちろん、ただとは言わない。これ、お師匠の試作品プリン詰め合わせセット。たぶん、殿下の食べたことないプリンも入ってる」


 神妙な顔で口を開いたのはディナンだ。


「プリンだと!」


 疲労困憊している様子だったマクシミリアンが勢いよく立ち上がった。


「だから、角ウサギの肉を、すぐに食べられるようにしてほしい」


 マクシミリアンの目前にすすっと紙箱が押し出される。


「……わかった。どうにかしよう」


 マクシミリアンは重々しい表情でうなづいた。


「…………だが、まずはプリンを食べてからだ」


(さすがプリン殿下。たかが、とは言わないけど、プリンの詰め合わせ一つでここまですんなり話が通るとは…………)


 ディナンは思いのほかあっさりと話が通ったことに内心驚いた。

 厨房ではそれなりに親しくしてもらっているつもりだったが、それは厨房という領域だからこそだと承知していた。

 それなりに話を聞いてもらえるという計算はたっていたが、こんなにもあっさりうなづいてもらえるとは思わなかった。


(おししょーが凄いのか、プリンが凄いのか…………)


 どちらにせよ、目的は達したのだから問題は無い。


「あ、じゃあ、お茶入れまーす」

「いや、大丈夫だ。」


 いそいそと紙箱を開けるマクシミリアンが、目線で入り口の方を示す。

 二人が来るのと入れ替わりに部屋を出て行ったイシュルカが、湯気の立ったティーカップを四つ並べたトレイを手に戻ってきていた。


「どうぞ、お二人とも。…………疲労がとれるハーブティーです」


 ソーサーの脇にころんと三つ添えられていたのは金平糖だ。


「わー、可愛い。……これ、お師匠が言っていた金平糖ですよね? 完成したんですね?」

「ああ、そうだ。食べてぜひ感想を聞かせてくれ」


 栞から聞いた金平糖を再現したのはマクシミリアンの研究室の者達だ。


「これ、お砂糖の代わりに溶かしてもいいんですよね?」


 リアは言葉遣いに気をつけながら尋ねる。


「ああ。もちろんそのまま食べても良い。……研究員の自信作だ」

「……色で何か違うの……ですか?」


 リアはスプーンで金平糖を一つすくいあげる。


「核に使っているものがちがう。ゆくゆくはこれにも幾つかの効能を与えたいと思っているが、今は薄すぎて気休め程度にしか作用しない」

「え、これにもそういう効果をもたせようとしてるんだ?」


 ディナンは、思わず驚いた顔を向ける。リアはぼすっと脇腹に肘をうちこんだ。


「っっっっっ!!」


 声にならない声をあげて苦悶の表情を浮かべるディナンの耳元で、リアが「ディ、言葉遣い!」と耳元で囁いて注意を促した。

 ここはマクシミリアンの執務室だ。厨房でのような口調は許されない。


「……構わないのだがな」


 くつくつとマクシミリアンが笑う。


「ダメです。ちゃんとしないとお師匠様が笑われます。……それに、そんなに私たちも器用にあれこれ使い分けられなくて殿下達にご迷惑をかけるから。普段の口調が許されるのは厨房でだけだってちゃんと自覚しておかないと……」


 リアもちゃんと考えているらしい。


「なるほど」


 マクシミリアンはうなづき、それから話を戻した。


「……核にしたモノに何らかの効能を持たせることができれば、それはこの周囲の砂糖で密閉される。劣化しにくいということだ。……作り方も都合が良い」

「見た目も可愛いですもんね」

「疲労回復の飴とかといっしょってこと……ですか?」


 ディナンがやや躊躇いがちに口を開いた。


「ああ」

「飴じゃダメなん、ですか?」


 たどたどしい口調が面白くて、マクシミリアンは笑いを堪える。


「飴だと真ん中に何か入れるということが技術的に難しいからな。…………おお!」


 紙箱の中のプリンを見て、マクシミリアンは声をあげた。

 それぞれに容器が違うプリンの詰め合わせだ。おそらく味も違うのだろう。

 マクシミリアンはその中から一つをだし、残りを紙箱ごと執務机の引き出しにしまう。


「お二人は、こちらをお茶菓子にどうぞ」


 イシュルカが二人の目の前に出してくれたのは焼き菓子だ。


「ありがとうございます」

「これは?」

「ホテルのお土産品として開発中のものです。……レシピはシリィのものですよ」

「へえ」


 籠にもられた焼き菓子は、どれも木の実やドライフルーツなどで飾られていて見栄えが良い。

 マクシミリアンは、この上なく幸せそうな表情で銀色のスプーンを口に運ぶ。


「……んっ、これは」


 口の中に入れた瞬間に、ふわふるのプリンはふわりと濃厚なミルクの味を残して溶けた。


「ミルクのプリンか?」

「そうです。底の方にルムブラの実のジャムが入っているので、それと一緒に食べても美味しいんです」


 試作品についても詳細な記録をとっているリアは、ニコニコ笑いながら説明する。


「ルムブラのジャムか」

「完熟したルムブラだけで作ったんですよ。青いのとより分けるの面倒くさかったです」

「選果したのか」

「そう、です。青いのは肉料理のソースに使うって、おししょーが。ぷ……いや、殿下、これ美味いけど、おししょーのレシピとはちょっと違うような?」

「ほぅ、わかるか?」


 マクシミリアンの目がやや細められる。


「わかる、じゃなくて、わかります。だって、ちょっとパサパサしてるし、微妙に甘すぎる」

「……作った人間の腕が少々悪くてな。具体的には、計量がいい加減だった。……イシュ、あとで奴らを叱責しておけ。あれほど、実験と同じ慎重さで作れと言ったのに」

「この程度の違いをわかる人間なんてヴィーダくらいです、でしたっけ?」

「ああ、そうだ。……ディナンにもリアにも私にもおまえにもわかっているじゃないか」

「はい。いい加減なモノを提出してきた罰として今月の予算を少し削ってもいいかもしれませんね」

「…………それはいいな。削った分は復興費用に回しておけ」


 マクシミリアンはあっさりと決裁すると、再度、真っ白なプリンを口に運んだ。


「……そういえば殿下、何か大きな生き物は何だったんですか?」

「ああ……翼のある蛇だった」

「え、それって、エリア・ボスとかそういうの?」

「……そうかもしれぬ。私も初めて見る魔生物だった。とりあえず、眠っているうちに大迷宮に送り返しておいた。……まさか、市街地のど真ん中で討伐するわけにはいかないしな」


(さすがに新たな大迷宮の王ということはあるまい)


 王と呼ばれるほどの魔生物が大迷宮の外に出ることはできないはずだ。


(そんなことになれば、世界が異物を排除する反動が強く影響を及ぼすだろう)


「いずれ討伐するつもりなんですか?」

「……大迷宮の中で出会ったら手加減する理由はない。……今回は、寝ていてくれて幸いだった。シリィが気付いてくれたから、たいした被害にならないうちに送り返せたからな。……まあ、やつの本来の生息域に返せたかまではわからないが……」


 違っていてもそれはそれ、自力でどうとでもするだろう、とマクシミリアンは笑った。


「あれはたぶんガデニア・エリアかその付近の生物だと思います。……レストランフロアと癒着している植生がガデニア・エリアのものなので」

「ほぅ。よくわかったな」

「この間、大迷宮の古い植物図鑑を手に入れたんです。すごいお役立ちなんです。……動物は移動するけど、植物は移動しにくいからそれほど生態が変わったりとかはしないと思うんです」

「そうだな」


 通常の植物であれば自力で移動することはない。だが、大迷宮の植物には例外もあるので、移動しにくいという表現になったのだろう。マクシミリアンには、そんな言い回しが地味に面白いと感じられた。

 最後に、ルムブラの甘酸っぱさと濃厚なミルクの味のハーモニーを楽しんだマクシミリアンは、リアとディナンがお茶を飲み終わったところで立ち上がる。


「忙しなくて申し訳ないが、参ろうか」

「はい」

「お願いします」


 二人はそっくり同じ動作で頭を下げた。



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