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ソルシエールのコンソメ フィルダニア風(3)

「おはよ……え? プリン殿下? なんでいるんですか? あれ? 帝国に行ってるんですよね?」

「おはようございます、お師匠様。……なんで殿下が?」

 まだ日が昇り切らぬ薄闇の中、しっかりと身支度を整えてやってきた二人はマクシミリアンの姿を目にして何度もぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「……あー、ここは、本人からどうぞ」

「今の私は臨時見習いの『リアン』だ。おまえたちもそう呼んでくれ」

 マクシミリアンは真面目な顔で二人に告げた。

「え? 何ですか、それ? え? マジで?」

 ディナンはマクシミリアンの本気を疑う表情で再度大きなまばたきをくりかえした。

 王族がお忍びをすることは多々あれど、マクシミリアンに至ってはもうお忍びであってお忍びではない……供一人で平然とどこにでも外出しており、それがもう日常茶飯事だと誰もが思っているほど頻繁だ。さすがに供をつけることだけは妥協しているものの、今日はその供の姿すら見えない。

「……リアンって……なんで、マックスじゃないんですか? 何でリアン?」

 ディナンがいまいち納得していない中、この件に関しては、リアの方が柔軟だった。呼び名がいまいちではないかと首を傾げている様子はなかなか可愛らしい。

「マックスは安直だろう。……それに、響きが何か好きじゃない」

 マクシミリアンは顔を顰めて言う。

「ご家族は何て呼んでるんです? 王族って確かあだ名で呼び合うって何かで読んだんですけど」

「家族はだいたいマキシーとかシィとか……一番名前に関係ないのはヴィドだな。リアンと呼んでいたのは亡くなった祖父母で、今は誰もそう呼ばない。……まったく関係ない偽名でも良かったんだが、自分が呼ばれていることに気づかないおそれがある」

 だからリアンにしたのだ、と胸を張るマクシミリアンは、いつもの王子様然とした恰好ではないせいか、どこかの良家の子供に見える。……見た目だけなら年齢相応の普通の子供だ。

「なんで臨時見習いなんです?」

「……一応、名目上は使節団の団長だったので使節と一緒に帰国していることになっているのと、思うところあって全員置いてきたので、一人だから外には出れない。ホテル内なら、こっそり仕事もできるし、ここで見習い仕事していればうまいものが食えるだろう? あと、見習いをできるのは、最大でも使節が帰国するまでだから臨時ってことにした」

「うちのまかない、さいこーにおいしいですもんね」

 うんうん、とリアはうなづく。

「今後の事も考えて、どういう仕事をしているのか知っておくことも必要だと思ったこともある。……こうしてレストランの制服を着ていれば、私だと気づく人間はあまりいないはずだ……たぶん」

「……あー……本気でそれ言ってるなら、髪色変えた方がいいですよ」

 はは……とディナンは乾いた笑いを漏らす。

「そうもいかないんだ。……この髪がな、魔法をはじくんだ……どうにもこうにも染まらなくて……」

 マクシミリアンは少し困ったような表情になった。

「髪と目って一番魔力を帯びるところだから、魔力では色を変えにくいって探索者の試験の魔法講座でやりました」

 はいはい、とリアが手を挙げて言う。

「その通り。……リア、良く覚えてるじゃないか」

「暗記は得意なんです」

 リアはふふん、と自慢げに笑った。

 そして、その隣で少し考えていたディナンが、ふと思いついたように顔をあげる。

「……あのさ、それ、もしかしたら、七色玉使えばいけるんじゃね?」

「なないろだま?」

 耳慣れない固有名詞にマクシミリアンは首を傾げた。

「あ、ディ、それ、いけるかも!」

「だろ」

 双子は顔を見合わせてうなづきあった。

「なないろだま、とは何だ?」

「えーと、大門の前の屋台とか、駄菓子屋みたいな店で売ってる子供のおもちゃ」

「飲むと、髪とか目の色が変わるんですよ。でも、魔法で変えてるわけじゃなくて、えーと、七色草のエキスが魔力に反応して、それで色が変わるんですって。だから、身体に害は全然ないって」

「……それは結局のところ魔法反応なのでは?」

 マクシミリアンは難しい表情で首を傾げる。

「難しい仕組みとかわかんないですけど、違うみたいですよ。だって、メリィさんの色だって変わったんですよ」

「メリィの髪色が赤以外になったのか?」

 マクシミリアンの表情が驚愕に彩られる。思っていた以上の反応に、リアはちょっと驚いた。

「えーと、緑と紫でした」

「いっぺんに二色になるのか?」

「違います~。一回は緑で、次に飲んだ時が紫だったんです。だいたい一日で色は戻るらしいです。……メリィさん、面白がってしばらく毎日飲んでました」

「魔力に反応するなら同じ色になるんでは?」

「あー……何か、七色草のほうの何が反応するかで色が変わるって言ってたよ。だから、毎回同じ色には絶対ならないらしいけど、今以外の色になればいいだけなら、使えるじゃん?」

 これ、何色になるのかあてて遊ぶおもちゃなんだよ、とディナンはマクシミリアンに告げる。

「大人は飲み会の罰ゲームとかに使うみたいよ」

「なるほど。……ディナン、買ってきてくれるか? あー、代金はあとで……」

 あとで払うと言いかけたマクシミリアンを遮るようにして、栞がはい、とディナンに皮袋を渡した。

「ここから出して。……で、ついでに水クラゲとポワ葱を買ってきてほしい」

「りょーかい。今行った方がいい?」

「うん。……臨時見習いがいるから、朝の下拵えは大丈夫。どっちも少し多めに……可能なら、箱単位でかってきて。でん……じゃなかったリアン、ディナンに転移付与いいですか?」

「わかった。ディナン、大門の前の広場の転送陣に飛ばす。……こっちの紋を使えばそこからここの陣に転送される」

 マクシミリアンは口の中でもごもごと呪文を唱え、ディナンの右手の甲に紋章を宿す。いともたやすく行われるので誤解されがちだが、他者に魔術や魔法を付与することはそれほど簡単なことではない。マクシミリアンがレベルが違うだけだ。

「手間をかけさせてすまないな。そなたの分も私が働くからよろしく頼む」

「おう。任せて。……プリ……じゃない。えっと。リアン、私じゃなくて、俺って言った方がバレにくいよ」

「俺、か?」

「そ。……私、だと身分高いって感じがすげーするから」

「俺……俺、だな。努力しよう」

 マクシミリアンは素直にうなづいた。意外だと思いながらも、そのギャップが何だか面白い。

 こうしていると本当に外見通りの少年のように見えて、魔王、だなんて呼ばれることがある人とは信じられない。

「はははは。がんばれー。……じゃあ、おししょー、俺、いってきまーす」

「はい。いってらっしゃーい」

 栞も何だか楽しくなってきたのかもしれない。笑顔でディナンを見送ってくれた。

(……何か面白くなってきたけど……本当にそれだけの理由なのかな?)

 マクシミリアンは、まるで自分の気まぐれが理由であるかのように言っていたけれど、本当にそうだろうか?

(おししょーが、狙われてるから……それで、わざとあんな理由をつけて殿下が来たんじゃないのかな?)

 そうでなければ、あんなふざけた理由一つでマクシミリアンがこんなバカバカしいとも言えることをするとは思えない。

(そりゃあこの国では料理人の地位がかなりあがってきてるけど……)

 元々、料理人の地位はそれほど低いものではない。

 平民が上り詰めようと思ったら、料理人になれと言われるくらい、料理人は高く評価をされている。王宮料理人になることができれば、一代限りとはいえ爵位が与えられるくらいだ。

 だが、それは平民や……家を継げない身分の低い騎士階級の者が目指すものであって、れっきとした貴族……ましてや王族がなるものではないだろう。

(これが、料理じゃなくて薬を作る学者とかっていうんならきっと違うんだろうけど……)

 けれど、栞が理由だというのなら話は別だ。

(おししょーを守るためにすることだったら、納得できる)

 『誓約者』を守るためにすることだったら、どんなおかしなことであっても理解できる。

(まだわかんないけど……一応、俺も気を付けておこう……)

 栞が狙われているのはいつものことだが、きっと以前よりずっと栞の価値は高くなっているに違いない。

(身分が高い人の間ではソルベがすごい話題になってるって言うし……)

 それに、数か月前に売り出したパンケーキの粉は生産が追い付いていないと聞いた。元々、ドドフラのレシピを考案した者としての名声も高かったのだ。それらのすべてに栞が関わっているのだから、他国からすれば垂涎の的だろう。

(……でも、おししょーは俺たちのおししょーだし! おししょーは、ここで料理作っているのが一番幸せって言ってたから!)

 栞の邪魔は誰にもさせない、とディナンは決めていた。



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