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ポドリーのグリエ 旬野菜のエテュペ添え(17)

「……ソーウェルさん、アミューズのダミーエッグのゼリー寄せから前菜のドガドガ鳥のテリーヌまで、材料はすべてこちらの作業台に用意できていますので、状況をみながら盛り付けと仕上げをお願いします。私はディナンの補佐に入りながら肉料理のイルベリードラゴンの煮込みのほうを仕上げてゆきます」

「わかりました」

 既に調理済みの材料を揃えておいてもらえれば、ディナンやリアでも盛り付けだけならできる。

 ただ、タイミングをはかったり、仕上げをするのはこれまで栞一人が担ってきた。だが、ソーウェルが来てから、栞はソーウェルに仕事を振るようになった。

 そして、リアやディナンにソーウェルと組んでメインができるように挑戦させたり、お客様にお出しする皿を任せたりするようにもなった。

(……まるで、自分がいなくなっても大丈夫なようにするみたいだ)

 ディナンの目には、栞がいつか自分がいなくなることを想定して準備をしているように思える。

「じゃあ、ディナン。はじめようか」

 ディナンがオーサの下拵えを手伝っている間に、栞は炭をおこしておいてくれたらしい。

 すでに準備は万端に整っていた。

「はい」

「一組目と二組目のお客様はいま、前菜の次のスープまで出たところ。一組目は二人前、二組目は四人前です。ポドリーはこっちのバットね。付け合わせのグラッセとエテュペはこっち」

「はい」

 ディナンは帽子をかぶりなおし、やや緊張した面持ちでうなづいた。

 ポドリーのグリエは定番メニューの一つだから、作るのを見る機会も多いし、賄いでだけれど自分で作ったこともある。それでもやはり緊張はする。

「じゃあ、はじめて」

「はい」

 ラグラ人参のグラッセはすでに調理済みで盛り付ける時に温めて添えるだけだが、串切りのエテュペはポドリーと一緒に格子状の鉄板の上で焼く。

 塩胡椒をした後に香味野菜のみじん切りがたっぷり入ったオイルの中にずっと漬け込まれていたエテュペとポドリーはすでに十分に下味がついているから、大事なのは焼き加減だけだ。


 秘密兵器とも言える炭でガンガンに熱せられた鉄板の上にエテュペをのせた。

(……おっ……)

 その瞬間、ディナンは、なんで栞が今回の挑戦をポドリーのグリエにしたのかを理解した。

(グリエの方が火加減が大雑把でいいんだ……)

 炭火のせいもあるが、火加減に細かく神経を使わずともよい。

(それに、わかりやすい……)

 格子状の焼き目をつけながら火を通していくのだが、その焼き目の色を見ればどのくらい火が通ったかを判断しやすい。

 添えるソースはあらかじめ作り置きができる特製ソースだから、温めるだけでいい。 

 全神経を、ポドリーの焼き色を見極めることに注ぐ。

(……ここだ!)

 菜箸で皿の上にあげ、グラッセとエテュペを添え、ソースで皿の上を美しく彩る。

(……できた、と思うけど……)

 ディナンは緊張した面持ちのまま、栞の前に一枚多く作った皿を差し出した。


「……うん」

 栞はいつも持っているスプーンでソースの味を確かめ、それから、箸を持ち直して、まずはエテュペから口に入れる。

「……うん。いいね。これ、今より少しでも早いと芯が残るから注意してね」

「はい」

 それから、ポドリーを口に運ぶ。

 ディナンはぎゅっと拳を握り締めた。この瞬間が、一番緊張する。

「……うん。おいしい」

 ふわりと表情がほころんだ。

 ほっと肩から力が抜けた。


「……冷めないうちに、そちらの皿をサーヴしてください」

 待っていたエルダに運んでくれるように促す。

「わかったわ」

 エルダはやったじゃない、とでもいうようなウインクをくれたので、ディナンはちょっとだけ照れ臭い気持で小さくうなづいた。

「……どうだった? 感覚はわかった?」

「うん。……炭火でグリエだと、すごくやりやすい」

「そっか。じゃあ、リアの次の肉料理もグリエがいいかな」

「そのほうがいいと思う……メニューとしてはそれでいいの? おししょー」

「ええ。まずはできるところから作るのが大事だし。……メニューは組み立て方とバランスなので何とでもなるから」

 栞はあっさり言って、言葉を継いだ。

「……前回失敗したことを二人ともすごい気にするし、オーサの一件もあったので私も少し反省しました。……別に失敗作を量産させたいわけじゃないからね」

 だから、作りやすそうなメニューをいろいろ考えてくれたらしい。

「もちろん、グリエしか作れないとかは困るし、難しいことにももちろんチャレンジしてもらうけど……失敗体験から学ぶことも多いけど、成功体験も力になることだから……どちらも大事だからね」

 栞が自分たちのことをすごく考えてくれている事に心がじんわりと熱くなる。

「……ありがとう、おししょー」

「どういたしまして。……さ、次の四人前もいくよ。私は隣で煮込みを仕上げるからね」

「わかった」

こくりとうなづいた。

任せて、と言えるほどの自信はない。でも、自分は見習いからシェフと呼ばれる立場への最初の一歩を確かに踏み出したのだとディナンにはわかった。


       ◆◆◆◆◆◆◆


 あっという間だった。

 いつも通りの夕食戦争で、終わった時にはもうクタクタだった。

 作りやすいとは言ったものの、結局、半分くらいは栞が作ったものが提供された。

 ポドリーは焼きすぎると固くなる。それがいい、という人もいるけれど、ほんの少しレアめのところで止めておいて、あとはサーヴされるまでの間の余熱で加減するのがディアドラス風のレシピだ。

(……まだまだだ)

 そうは思うものの、自分の作った皿をメインの一皿として提供したと言う満足感が、ディナンの全身に満ちている。

「……おつかれさん」

 ほら、とオーサがカップを渡してくる。

「ありがと」

 中は冷たいハーブ水だ。今日はたぶんミントが多めでレモングラスが入っている。飲むとすーっとした感触が喉をくすぐってゆく。 

「……ポドリー、身を切りそろえるとこまで、できるようになった」

「おめでと。やったじゃん」

「……うん。……おまえのおかげ。……ありがとな」

「……どういたしまして。次に後輩できたら、おまえが教えてやって」

「……わかった」

 お互いにやりとげた満足感でいっぱいだった。だから、多くを口にすることはなかった。

「……そこのお二人さん、お師匠様が、御夜食はポドリーのバターソテーとエンジェルフォッグの煮込み、どっちがいい? って」

 ドガドガ鳥の卵を抱えたリアがひょっこりと顔を出す。

「「ポドリー」」

 図らずも、二人の声が重なった。思わず顔を見合わせて笑い出す。

「……りょーかい。伝えとくから、そこ片づけたらすぐにきてね」

「おう」

「わかった」

 なおも笑い続ける二人にリアは軽く肩を竦めると、呆れた表情で歩み去った。

「……男って、わけわかんない」

 ばっかじゃないの、と思いながらも、ちょっとだけ羨ましく感じる。

 リアには絶対わからない感覚だった。

 こういう時、男に生まれれば良かったなぁと少しだけ考えるが、でも、それはほんの少しだけだ。

 ディナンを羨んだり、他の誰かを羨んだりもするけれど、でも、やっぱり今の自分が────栞の弟子である自分が一番いい。



「……あれ? 二人は?」

「あっちの片づけしたら来ます」

「そっか。……どうしたんです? ソーウェルさん」

 今日のまかないはソーウェルが作るらしい。

 グリル台の前で、ポドリーを焼き始めている。ソーウェルは感動の面持ちで、ひたすらグリル台を見つめていた。

「いえ、あまりにもこの炭がすごいので」

「すごい、ですか?」

 リアにも、この新しい炭がすごいことはわかっているが、ソーウェルの様子は少しばかり大袈裟なように思えた。

「……この炭があれば私でもポドリーを焼くことができます」

 どこか恍惚としたような……何とも言い難い表情でソーウェルは呟き、そして付け加えた。

「もしかしたら……今まで魔力が少ないことで諦めていた料理人に新しい道が開けるかもしれません」

「はい。私と殿下の狙いもそこなんです」

 栞がうなづいた。

「……それは、魔力の少ない者でも魔生物の調理ができるようになる、ということですか?」

「そうです。フィルダニアは観光立国です。最大の売りは大迷宮で……私は観光で一番アピールするのは、美しい風景よりも何よりも、グルメ……おいしい食べ物だと思うんですよ」

「そうですね」

「まあ、職業柄もありますけれど、『おいしい』が一番の幸せだと思っていますし……」

「それは私も一緒ですね」

 ソーウェルは笑う。

「殿下から聞いたんですけれど、本物のドドフラを食べたいと言う人が増えたおかげで、近頃は、大迷宮に潜るわけではない観光客というのが増えたそうなんです」

「ほう……」

「つまりこれは新しい客層を開拓できた、ということで、おいしい食べ物はそこまで影響力を持つということです。単においしい料理というだけなら、どこの国でも一つや二つ自慢できる名物料理があります。でも、フィルダニアでなければ食べられない……フィルダニアに足を運ばねば食べられないものとなると、ごく自然に魔生物を使ったものになります。魔生物を扱える料理人を増やすことが一番の課題です。……この炭はそのための助けになると思っています」

 魔生物が扱える料理人を育てるのには時間がかかる。ならば、今いる料理人たちが魔生物を扱うためにはどうすればいいのか? というのがコンセプトだった。

「なーんて、えらそうなことを言っていますけれど、ようは新しい人でも火が扱えるようにすれば私たちが楽になるだろうっていうのがそもそものはじまりです。今のままですと、私たち、風邪をひく自由もありませんから」

 忙しさは緩和されたものの、人員不足が解消されたわけではない。理想は勤務シフトを組んで一人ずつでかまわないが定休日をとれるようになることだ。

 どこか笑みを含んだ表情で言った栞に、ソーウェルも同じような表情でうなづいた。

(……なんか、わかるようなわからないような……)

 炭の話はわからないでもないが、新しい客層とかそういう話はよくわからない。だから余計な口は挟まなかった。

 それよりもソーウェルの手元に視線をやりながら、空腹の神様に祈った。

(……ソーウェルさんが、私のポドリーを焦がしませんように)

 

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