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ポドリーのグリエ 旬野菜のエテュペ添え(10)



「……困っていらっしゃいますか?ヴィーダ」


 やや面白がるような表情でソーウェルが問う。


「ええ、まあ。それなりに」

「……なぜ、あそこでしからなかったのかお伺いしても?」

「たぶん、私が叱ってもオーサにはわからなかったと思うので」

「と、言いますと?」

「……少し冷たい言い方をすれば、まだオーサは、様子見段階なわけです。正式に採用するかどうかの試験中と考えてください」

「ああ、そうでしたね」



 ソーウェルは思い出す。

 三ヶ月は正式雇用契約を結ばない、と、マクシミリアンの第二秘書官であるヴィルラード=レンドルは言った。


『ヴィーダの故郷では、正式契約の前に仮契約を結んで、ちゃんと職場に馴染めるかどうかをテストするんだそうだ』


 その三ヶ月の後、双方が共に正式契約を結ぶかどうかを決断することが出来る。


『少数精鋭でやってきたのがディアドラスだ。いずれホテル内独立をするパン屋であっても、その関係は深くなる。チームとしてとしてちゃんとやっていけない人間は雇いたくないとヴィーダはおっしゃる』


 ソーウェルにはその意味がよくわかる。

 王宮でもそうだったが、厨房で働く皆はチームなのだ。

 チームの雰囲気を乱したり、その動きの邪魔をする人間はいらない。

 確かにその方法はうまい、とも思う。


『つまりは三ヶ月は見習いのまま、ということですね?』

『いや、見習い候補、だ。三ヵ月後に候補が取れるだけだ。まあ、やっていける、とヴィーダが見極めた時点で正式契約ということになるから、三ヶ月をまたずしてどっちもとれるかもしれんが』

『本人次第、ということなのですね』

『そういうことだ、副料理長見習い候補』


 ニヤリ、と笑った。

 ソーウェルも、それによく似た笑みを返した。





「……そういうお話をしてくださるという事は、私を正式に契約してくださるということですか?」

「ソーウェルさんさえよろしければぜひに」


 にっこりと栞は笑う。


「まだ一週間も経ちませんが、よろしいので?」

「双方の意思が一致するなら構わないと思いますが」

「私は、使えるところをお見せすることができましたか?」

「はい。こう申し上げて失礼にならなければ、とっても期待しています。ソーウェルさんがいてくださったらもっと新しいことができるように思えるので」

「それは、私もとても嬉しいです」


 正式契約を結ぶことで、更に深い技術を学ぶこともできるようになる。

 見習い候補のうちにどれほど覚えたとしても、正式雇用に至らなければその記憶は抹消されるのだ。


(私たちはそういう仮契約を結んでいる)


 これは国家機密に触れる時の契約と一緒だ、とマクシミリアンは言った。

 まさか料理人でしかない自分がそんな契約をすることになるなどソーウェルは思わなかった。

 だが、ここに来てわかった。

 確かにその用心は必要だろう。

 ここの厨房は国家機密の宝庫だ。

 レシピ一つをとってもそうだが、栞、そしてディナンとリアという存在もそうだ。

 栞一人ならば、異世界からの来訪者だと納得させることもできたかもしれない。

 けれど、リアやディナンは違う。


(元々は下町の孤児)


 そう聞いていた。だが、その豊富な魔力はどうだろう。

 王宮の料理人が決して及ばないところに既に二人は立っている。

 それが、栞の手からなる料理ゆえだというのなら、それはもはやただの料理と言うことはできない。

 国家機密と言われるのも決して大げさではないのだ。


「ヴィーダ、下拵えですが、私も参加させてください」

「え、ソーウェルさん、本当に大丈夫ですか?」

「あんまり年寄り扱いしないでください。ヴィーダのお国と違って、この国ではまだまだ私の年齢は現役ですよ」

「はあ……」


 長命な種族もいるから、見た目だけで判断するのはいけないのだが、国王陛下が幼い頃から現役の王宮料理長だったというソーウェルの年齢がそれなりのものだと考えるのは当然だった。しかも、ソーウェルはどう見ても人間族でしかない。


「マクシミリアン殿下もすぐ年寄り扱いしますが、これでもまだまだ若い者には負けません。それに、試してみたいのですよ」

「試す、ですか?」

「はい。私のように年を重ねていても、リアやディナンのようにとまでは言わずとも、更なる段階に至れるのか……そのためには私もできるだけあの二人と同じ生活をおくらないといけませんから」

「魔力を得たい、という意味でですか?」

「はい。私が楽をしたことでそれが年配者にはできないことだと判断されるほうがずっと恐ろしい」


 もし、ほんのわずかでも自身の魔力を増やすことができるのであれば、そして、自身の手で迷宮素材を調理することができるようになるとしたら、ソーウェル自身はもちろんのことどれだけの料理人が狂喜することだろう。

 それを試すことができる自分の幸運に、ソーウェルは感謝している。


「無理はなさらないでくださいね」

「己の限界は存じておりますよ、ヴィーダ」


 苦笑気味なその表情にソーウェルはにやりと笑った。






「お師匠、ポドリーの下拵え、もう一回見本見せてくれねえ?」

「いいよ」


 お客様リストを見ながら、再度、メニューのチェックをしていた栞のもとにディナンがやってくる。


「……お師匠さま、煮込み、これくらいで味をつけて大丈夫ですか?」

「お肉の状態はどう?」

「魔力飽和する直前です」

「ああ、うん。ちょうどいいね。ごくごく薄くね」

「はい」


 ストーヴの見える位置に立つリアから声がかかる。


「アクはこまめにとってね」

「はい」


 リアの表情は真剣だ。


(任せておいて大丈夫だね)


 もちろん、鍋だけをみているわけではない。

 そちらに気を配りつつも、サラダ用の野菜の下拵えやつけあわせ用の野菜の飾り切りなどを進めている。


「よろしくお願いします、ヴィーダ」


 調理台の前では、ソーウェルとオーサも待っていた。


「はい」


 

 下拵えだけを言うのなら、ディナンはとっくに合格点だ。ポドリーだって何度も作業していて手馴れてもいる。元々、ポドリーは下拵えが簡易な部類だ。

 それでも、ディナンは、これが最初になるオーサに栞の見本を見せようと思ったのだろう。

 あちらでもそうだったが、料理人というのは職人気質の強い職業だ。こちらではほぼ完全な徒弟制で、その技術を継いでゆく。

 それほど多くの徒弟制の例を知るわけではないが、こちらでは手取り足取り何かを教えたりすることはほとんどないという。

 栞のように、講義というか料理教室じみたことをしたりして教えるのはとても珍しく、王宮ではいつも感謝されたものだった。

 もちろん、丁寧に教えてくれる人間がいないわけではない。だが、基本は技もコツも味も、自分で盗んで覚えろ、というのが基本方針であることがほとんどらしい。


「今日のポドリーは黒なのね」

「うん。ダンナが珍しく数が揃ったからって」 


 調理台の上には、仕入れたばかりのポドリーが並べられている。

 見た目は大きなカタツムリのようにも見える。陸上に生息する魔生物の一種で、大きさや殻の形状などで種別が分けられる。

 栞は丁寧に手と爪を洗い、作業台の上に綺麗に並べられている道具類をチェックする。

 包丁

 あちらからもってきた包丁類はほとんど仕舞いこんでいて、今はこちらで誂えたものや、元々この厨房にあったものを使用している。

 扱っている素材が素材なので、あちらの包丁だと切れないものも多く、こちらに来たばかりの頃、ホロウ鶏を下拵えした時に刃こぼれしたのに懲りたのだ。

 刃物の形状というのはところ変ってもさほど変化はないものらしく、こちらの包丁も文化包丁や出刃包丁、三徳包丁と言ってもかまわないような形状をしている。


「これはポドリーの中でも小型の種類のもので、味が良いのと使いやすいサイズなのでよく仕入れています。この殻が黒いものは通常のものとはまた一味違うので、今日のメインはこれをグリエにして、今が旬のエテュペを添えます」


 小型といっても、1メートルくらいの高さはある。

 大きなものは5メートル近くになるというが、それくらいの大きさになると殻ごと運んでくることはほとんどない。


「最初に、解体をします。……うちはポドリーはトトヤから仕入れることがほとんどです。これは、トトヤのポドリーの品質が最も良いからです」

「……そんなに違いますか?」

「はい。トトヤのポドリーよりも品質が良いものを狩ってくるのは、殿下たちくらいしかいません。……というのは、仕留める手段の違いなんですね」

「仕留める手段、ですか?」


 ソーウェルが興味深そうに身を乗り出す。


「そうです。ポドリーはすごく魔法抵抗の大きい素材で、物理で仕留めることがほとんどです。トトヤではそれがすごく上手なんです。殻の中央の結晶化している部分を割るとそれだけで死んじゃうんですけど、これを物理で割れる人間は少ないそうです。トトヤはそれができるんですね」

「普通はどうやって仕留めるんですか?」

 オーサが不思議そうにたずねる。

「焼くのが一般的らしいですよ。……焼いてしまうと食材としてはまったく使えませんけど、殻の部分が素材になるそうなので」

「へえ……殿下たちのほうが品質が上、というのは?」

 ソーウェルがマジマジと作業台の上のポドリーを見る。

 そもそも、こんな風に形のままの魔生物を見ることが珍しい。

 しかも、黒い殻のポドリーはレア種だ。


「殿下は生け捕りにできるんです……魔法抵抗の大きい素材ですけれど、それを上回る魔力があれば魔法もかかるそうなので」

「……なるほど」

「その場合、この厨房で処理します。だいたい冷凍保存で運ばれてくるんですけど、まずはこの結晶部分を完全にはずします」


 栞は手にした細身の刃のないナイフをぐっと結晶化している部分のふちに突っ込む。

 さほど力をいれることなく、刃が沈み、それを奥に押し込み、てこの原理で押し出すようにすると割合と簡単にはずれる。

 

「殿下達がもってきた場合は、これ、割れていないものが手に入ることが多いです。で、割れているものも使えるそうなのでこれは別にとっておきます」

「魔力結晶ですからね」

「はい。……それで、あとは殻口のこの膜をはずして、内部に手をつっこんで、奥のくっついているところを切ればするっと身が抜けます」


 栞が見本をみせると同じようにディナンもやってみせる。


「とりあえず、ここまでやってみましょう」


 それはさほど難しくない作業のように思われた。


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