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楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(11)

「さて、あと一息ですよ」


 そうローレンに言われた瞬間、イーリスはその言葉の意味がよくわからなかった。

 何しろ、目の前は目もくらむような断崖絶壁。背後には今抜けてきた森だ。進む先などあるように見えない。


「ローレン殿、おっしゃっている意味がよくわからないのですが」

「ここまでくればもうあと一息ですと言ったんですよ、イーリスさん」

「何を言っておるのじゃ。目の前はただの崖ではないか」


 エリザベスは道を間違えたんだろうとでも言うような視線を向ける。


「ええ。ですから、ここを降りてもらいます」

「はぁ?」


 何を言っているのだとと思うかたわら、エリザベスは、今、自分が大変酷い表情をしているだろうと思った。それは、自国の人間には決してみせられないという間違った方向に自信のあるほど。

 だが、ローレンはニコニコと変わらぬ笑顔で繰り返す。


「皆さんには、ここを降りてもらいます。崖づたいに細い道がありますけど、歩いておりるのはおすすめしません。帝國時代のそりゃあふるいものですから、たぶん途中で崩れますし……。ああ、おとなしく飛び降りるのが一番ですよ。怖ければロープをつかって飛び降りればいいです」


 崖の隅には、魔術で強化してあるのかぼんやりと光を帯びたロープが何本も下にむけて垂れさがっている。


(どっちにしろ、飛び降りるのではないか!!)


 エリザベスは心の中で叫んだ。

 声にすることはできない。弱みをみせることはできないのだ。


「この崖をおりたところにある転送陣を使えば、ホテル・ディアドラスの門の前に出ますから……カフェではソルベの準備をして待ってくださっているでしょう」


 まるで当然のことのように穏やかな口調でローレンは言う。


「……あの、ここしか道はないので?」


(イーリス、よう言うた!!)


「そういうわけではありませんが、ここが一番良いルートなものですから……他はアルラウネ大蜘蛛の巣やらミラーン樹の林やらを抜けるようなルートですし……」

「ローレンさん、脅したらかわいそうだよ」


 リアの言葉に、エリザベスはすがるような眼差しを向けた。

 救い主が現れたと思ったのだ。

 だが……リアはニコニコととてもイイ笑顔で言った。


「あのね、リズ、イーリスさん、ロープを腰にまいて飛び降りれば一瞬だから!」


 エリザベスとイーリスは、即座に言い放つ。


「ありえないですっ!!!」

「……それはないじゃろう!!!」

「え?なんで?慣れてる探索者はロープなしでそのまま転送陣につっこんじゃうけど」


 リアは本気でよくわかっていない様子で首をかしげる。


「どうやって?」

「あんな感じに」


 ちょうど、茸にサンドバッグにされていた貴族男性の腰に縄をまいて下に蹴落としたライドが、左手で子供を抱き抱え、右腕で女性の腰を抱いて飛び降りる光景が目に入る。


「!!!!!!!!!!!!!」

「………だ、大丈夫なのですか?」

「大丈夫だよ。ここの転送陣はすごく大きなものなんだもん。はみだしようがないよ。あ、ロープまいた人は下で回収されてからちゃんと陣で送られるから」

「そうではありません!!!」

「あれでは自殺ではないかっ!」


 二人の勢いにリアは再び首を傾げる。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。朝集まった広場より大きな転送陣なんだよ?」

「……常時発動の転送陣なのですか?」

「違うよ。呪文があるの。地面に着く前に呪文で陣を起動させるの。そっちのが楽だよ。……じゃあ、リズ、私と降りようよ。……ローレンさん、イーリスさんとお願いします」

「了解。じゃあ、あちらでね」

「はーい」


 エリザベスとイーリスが異論をさしはさむまえに、二人はさっさと分担を決める。


「リズ、これもって」

「え?」


 押し付けられたのは、リアが両手にもっていた袋だ。ずしりと重い。


(お、重いっ!!!)


「行くよ」

「は?」


 リアはエリザベスの肩をだくようにして、引き寄せるとそのまま崖を飛び降りた。


「えっ、ええーーーーーーーっ」

「ひ、姫様っ!!」


 気分は無理心中だったエリザベスの脳裏を走馬灯が駆け巡る。


(……あまり良いことのない人生じゃったのう)


 一番楽しい思い出がこのツアーだった。


(こんなにも楽しかったことは他になかった)


 人は、エリザベスを羨むが、エリザベスは自分以外の誰もが羨ましかった。

 羨んでいたその生活の欠片ぐらいは体験できたような気がする。

 不思議と、リアに裏切られたような気はしなかった。


「リーズ、リズってば……ほら、着いたよ」


 目の前でぱんっと大きく手を鳴らされて、エリザベスは目を見開く。


「……リア?」

「うん」


 その笑顔を認識した途端、荷馬車の行き交う音や、同じツアーの参加者の興奮した話し声や、半ベソで抗議している声など、さまざまな周囲の音が耳に入てくる。

 それから、ぎゅうっとリアにしがみついていた自分に気づき恥ずかしくなった。


「ね、大丈夫だったでしょう?縄でおりると身体に負担かかるから、このほうが楽なんだよ」

「そ、そうじゃな」


 反射的にうなづいてしまうのは負けず嫌いの性だろう。自分が怖がっていたことを認めたくない為に文句も言えない。


(ああ、戻ってきてしまったのだな)


 現実の……迷宮でもあの世でも夢の中でもない己の日常に戻ってきたのだと気づいて、エリザベスはなぜか泣きたくなるような淋しいような気分になった。


「ほら、リズ、ソルベ、食べに行こっ」


 少しこげている薄皮の手袋で覆われた手が差し伸べられる。

 朝は綺麗だったのに、と思い、気づいた。


(ああ、そうか。あの時だ)


 エリザベスやイーリスが、ラルダ茸に袋叩きになりそうだった時に咄嗟に炎の魔法を使ったせいで焦げたのだ。


「カフェのショウさんに言って、ソルベ、大盛りにしてもらおうね!」

「……うん」

「どうしたの?怖かった?」

「そんなことはないぞ!ただちょっと驚いただけじゃ!!」


 虚勢を張ってしまうのはもはや本能だ。


(妾のばか……)


「だよねー。最初はみんな驚くよ。……でも、リズはすごいね。ちゃんと自分で立てるもんね」

「そ、そうか?」

「うん。私は最初は腰抜けて歩けなかったし、わんわん泣いちゃった」

「泣いたのか?」

「泣いたよー。まだ冒険者資格なかったし!で、泣き止まないままレストランについたもんだから、お師匠様が怒る怒る。女の子をこんなに泣かせるとは何事かーってんで、殿下、一週間プリン抜き」

「……その、プリンとは何なのじゃ?リアは、……マクシミリアンのことをプリン殿下と呼んでいるようじゃが」


 マクシミリアンという名を口にする時、エリザベスは少しだけ躊躇った。名を呼んだら現れるような気がしてこわかったのだ。


「え、プリン知らないの?あれ?プリンって、じゃあ、異世界のものなのかな?……殿下のせいでうちのレストランでは定番中の定番で当たり前のようにあるものだから気づかなかった」

「食べ物なのか?」

「あまくてふわふわで口の中でとろけるおいしいデザートだよ。私は大好き!でも、殿下がものっすごい好きなのね。殿下の身体の半分はプリンでできてると思うくらい毎日食べてるの。だから、お師匠さまは、殿下のことプリン殿下って呼ぶんだよ。私たちにもそれがうつっちゃった……一応、内緒ね。どうせ殿下も知ってるけど」

「……綽名ということか?」

「うん。殿下は、いっそ改名すればいいよ!っていつも思う」


 湖のほとりにたたずむホテル・ディアドラスは、夕暮れの陽光を受けて淡い薄紅に染まっている。

 それは、土産物屋で売っている一枚絵の構図そのものの幻想的な光景だった。


「のう、リア」

「なあに」

「袋が重いのじゃが」

「あ、ごめんごめん」


 リアは、あっさりとエリザベスの手から袋を受け取る。

 

「まったく。どれだけとったのじゃ」

「うーん。お師匠さまが喜ぶなーと思ったからつい張り切っちゃったんだよね」

「張り切りすぎじゃ」

「実は、わたしもそう思った」


 リアは、あはははは……と屈託なく笑う。

 その笑みを見ると、何となく気持ちが晴れやかになる。


「ソルベは何味にしようかのう」

「ね、別々の味にしてわけっこしようよ」

「うむ。それはいい考えだ!」


 そう口にしながら、エリザベスは、再び淋しいような切ないような不思議な気持ちがしていた。

 それはどこかつかみどころがなく、何だか泣きたいような気分にもなったが、悪いものではなかった。

 

(妾は、きっと今日を忘れないであろうな) 


 きっと、何年たっても思い出すだろう。

 エリザベスは、そう確信していた。 













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