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楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(7)

「リア、リア、あれは食べられるか?」


 この時期、大迷宮の森林エリアは、きのこ類だけではなく、さまざまな森の恵みの宝庫だ。

 早足で目的地であるエリアを目指しつつも、視線があちらこちらに行くのは仕方がないことだ。

 ローレンとイーリスは警戒で、リアの場合は食材の物色、エリザベスの目は好奇心という違いはあるが。


「あれは、肉スライムの子供。食べられるよ」

「……スライムにも子供がおるのじゃのう」

「そりゃあ、いるよ。色が違うんだよ。子供の方が色がピンクっぽいの」

「私には見分けがつきませんが……」

「んー、慣れですかね。あ、触らないように気をつけてください。同化しようとしますから」

「どうやって捕獲するのだ?」

「凍らせるの。食材として扱うものは一瞬で凍らせて専用の容器にいれて持ち込まれるの。うちのレストランではきっちり焼いてからフォンの材料に使うのが一番多いかな。ほんの少しでも生焼けだとだめだから」


 リアがシオリの弟子になって一年と少し。

 シオリの弟子になる前だったら、リアは、肉スライムを見たら……外ではほとんどみかけないが、アル・ファダル近郊の森では時々いる……わき目もふらず逃げ出していた。


(レベル1でも、危険だもん)


 探索者になるための勉強をして知ったのだが、スライムは、自分の縄張りと決めた範囲に何かが入ってくると襲ってくるタイプのモンスターだ。

 皮膚と肉スライムの表皮が接触したらそれだけでもう同化がはじまる。浄化に長けた魔法士ならば同化しはじめた部分の肉スライムを消し去ることもできるというが、肉スライムの同化スピードはかなり早く、完全に同化してしまうとそれもできないという。

 誰でも可能な一番簡単な対処方法は、できるだけ早く自分の肌ごと肉スライムを削ぎ落すか、肌部分も含め、焼き殺すことだ。だが、これは確実に火傷の跡が残るし、火傷のせいで死ぬこともかなり多い。

 木賃宿の下働きをしていた時に下足番として宿に居た老人は、肉スライムのせいで右足が膝から下がなく義足だったが、命が助かっただけでめっけもんだ、と北のほうの訛りの強い言葉で、自分に言い聞かせるようによく呟いていた。


「肉スライムはおいしいのか?」

「おいしいよ。スープだとそんなに気にしなくていいんだけど、そのものを食べるんなら、成体よりあれくらいの幼生体のほうが美味しいの。ただ、調理が難しいから……中までちゃんと火を通さなきゃ危険だけど、通しすぎると硬くなるし……でも、うちのレストランのロースト・スライムは世界一だから!」

「ううっ、食べたいのう」


 今のリアには肉スライムは食材だが、一年前はそうではなかった。

 おいしいとか調理が難しいとかそれ以前の問題で、自分が食べられないようにするのが精一杯だった。

 なのに、たった一年と少しで 捕食者と被捕食者の立場が入れ替わる大逆転だ。

 ばかりか、持ってかえってスープの材料にしたらおいしいのに!とか、お師匠様に頼んでロースト・スライムにすればおいしいサンドイッチが!とか、そんなことを思っている自分が居るのが、リアは少しおかしかった。


「ねえ、リズとイーリスさんはいつまでアル・ファダルにいるの?レストランは私が招待してあげるとかはできないけど、賄いを食べにこない?前もって言えば、友達つれてきてもいいよって言われてるの」

「まかない、とはなんだ?」

「えーと、レストランで従業員が食べるごはん。うちの厨房はホテルの従業員食堂とは別に食べることが多いのね。お師匠様の試作品の試食を兼ねてたりとかして、すごく贅沢させてもらってるんだよ!この間のポドリーのステーキなんか、最高だったんだから!」


 ポドリーは一言で言えば大きなカタツムリだ。殻は軽く頑丈なので、防具の素材に使われる。

 殻から身を取り出すのが大変で、下拵えもいろいろ面倒なのだが、独特の歯ざわりを好む者は多い。

 味は鮑に似ているがポドリーの方が幾分淡白で、先日、厚めに切ったステーキを塩分薄めのバターをベースに刻んだ香草とレモンでアクセントをつけたソースで食べたときには感動した。


「ポ、ポドリーとな。リアが心底羨ましいぞ。妾とて滅多に口にすることができない超高級食材じゃ。……産地だから食べられるというものでもあるまいに」

「うちのレストランは食材はほんとに豊富なの。賄いだってそのへんの料理屋さんに負けないよ!……あのね、お師匠様は、仕事も料理、趣味も料理という人だから、食べる人が増えるといろいろつくれて楽しいって喜ぶの」

「それは、ぜひともこちらから頼みたいのだが、妾はアレに───第三王子に会いたくないのじゃ」


(プリン殿下、本当に何やらかしたんだろう……)


 リアに接する時のマクシミリアン殿下が普通に優しいからといって、全てがそうだとは思わない。

 特に貴族や身分のある人間は、どんなに優しげで人格者に見えたとしても疑ってかかるのがリアの習性だ。

 だが、殿下はこういっては何だが、エライ人にしてはかなりマトモだと思う。プリンさえ絡まなければ。


「絶対に大丈夫とは言えないけど、あんまり厨房にまでは来ないよ。打ち合わせとかもいつもお師匠様が殿下の部屋におやつや夜食を運びながらしてるから」

「……そなたの師は随分と第三王子と親しいのだの」

「だって、ヴィーダだし」

「それは知っておるが」


 ヴィーダとは、一般に『契約者』を意味する。

 当初は、高位の魔法士や魔術師と何らかの約定を交わした相手をそう呼んでいたのが、やがて、そこにさまざまな意味が付加されるようになった。


「あのね、お師匠様は左手の甲に殿下の魔術紋を持つのよ」

「……左に魔術紋か、最上級の契約だな」

「殿下がどういう意味でそうされたのか、交わした約定がどういうものかはお師匠様と殿下しか知らないけどね」


 でも、そこに隠された意図があるだろうことは誰でもわかる。

 左に刻まれた紋章が意味するのは、『命に代えても』だし、刻まれた紋章が正式な魔術紋章とあらば、それが意味するのは『絶対遵守』だ。


「ただの異世界人の保護にそこまではせぬなぁ」

「だよね!」

「じゃが、そなたの師にはそれだけの価値がある。……最初から、ヤツにはそれがわかっていたのかもしれぬ」

「そうかなぁ。一目惚れとか、アリじゃない?見た目はともかく、中身だったらお似合いだと思うな~」

「……リア、妾はそなたよりアレを知っておる。だから言うのじゃが、アレに限っては一目惚れとか色恋沙汰ということはありえぬ」


 ふるふるとエリザベスは首を振り、きっぱりと言い切る。


「でも、『命に代えても絶対に守る』だよ?メイドさんや殿下の護衛の人たちも、みんなヴィーダは殿下のものだと思ってるよ」

「確かにそうであろうよ。それに、アレにはそなたの師が絶対に必要だ」

「……なんで?」

「アレは、呪われておるから」

「呪われている?」

「そうじゃ。王家の呪いじゃな」


 エリザベスの言葉は、真昼であるというのに薄暗い森の中で妙に不気味に響いた。


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