フランチェスカとドド芋の揚げたてフライ ディアドラス風(4)
(尻尾は骨せんべいにするくらいしかムリそうだよね)
「ディナン、スモークの準備できてるー?」
庭に面した方に声をかける。
「できてるー。チップは普通のブレンドのでいいんだよなー?」
「そう」
裏庭に面した一角には、スモークコーナーがある。このくらいの量ならば一度で全部スモークすることができるだろう。
「じゃあディナン、これ、三時間コースで」
「りょーかい」
ディナンは、塩と米の酒で軽く洗った尻尾をもってスモークコーナーに消える。
「こっちの身の部分はどうするんだ?」
「……ちょっとおろしてみますね」
目打ちをして身を開いていく。包丁は40センチくらいの薄刃だ。
上のほうは普通に切り身にできそうだが、下のほうは細い小骨が多すぎる。
はらわたは綺麗にとり、食べられそうな白子を別にしておく。
(骨切りすれば食べれるかな……はもっぽく造ってみようか)
栞はフレンチの修行をした料理人ではあるが、別にディアドラスはフランス料理の専門店というわけではないし、栞自身、和食も作ればイタリアンだって作るし、中華……中でも小龍包に関してはかなりのこだわりがあったりもする。
異世界の料理というくくりであればどんなメニューでも良いということなので、最近は料理内容もだんだんと多国籍化しつつある。
綺麗な切り身は半分を薄塩にし、残る半分は軽く米の酒に浸す。
こちらには一般的に日本酒といったときに即座に思い浮かぶ清酒がないので、栞は日本酒が必要な時は、西の地方の小さな酒屋が細々と造っているというこの米の酒を使うことにしていた。
(バター焼きに塩焼き、それから煮付けかな)
材料が異世界のものであるというだけで、実際の調理というのはそう向こうと変わるわけではない。
「それはどうするんだ?」
ダンナは、別に分けた白子をなにやら厳しい表情で見ている。
「だし汁をひいたものにさっとくぐらせていただくつもりだけど」
海草と煮干をつかっただし汁はなかなか万能だ。海草が青緑に発光するような海草で、煮干の大きさが一尾30センチ以上だったとしても、味はちゃんと和風だしだ。
「これを?」
「ヴィーダ、これが何の部分かわかっていますか?」
二人はどこか困ったような表情で問う。
「精巣でしょう?……え?こっちでは食べないの?」
「いや、そんなことはねえ……食うっていうか、薬にするんだけどな」
「いい出汁がでる素材なんだけど。……え、薬って何の?」
ダンナとグアラルは互いに顔を見合わせて、譲り合う。
「いやいやいや」
「ダンナがどうぞ」
「おまえが言えよ」
譲り合いというよりは押し付け合いじみている。
「何なの?」
何を譲り合っているのか栞にはまったく意味がわからない。
「ここは年の功でダンナからどうぞ」
グアラルの爽やか笑顔のゴリ押しに、ダンナは溜息を一つついて覚悟を決めた。
「あー、そっちではどうか知らんけどな、こっちでは白子は強壮剤の材料なんだわ」
「強壮剤……」
「ある種の酒に漬けると媚薬にもなります」
確かに、一応女性である栞に対して口に出すのはちょっと躊躇われるかもしれない。
「……食材のままでもそういう効果あるのかしら?料理として出すのはまずい?」
「あー、どうだろうな。よそならともかく、ここで出すつもりなら、そのへんは殿下にお伺いをたてたほうがいいかもしれん」
「そうね」
口にいられるサイズに切り分けた白子の一つをさっとだし汁にくぐらせる。煮すぎないように注意してとりだしたものを、火傷しないように気をつけつつ、そのまま口に運んでみた。
口の中に広がるほんのりと甘さを帯びた濃厚な味わいは、こちらの人間も充分好みそうな味わいだ。
「悪くないと思うわ、これ」
味見してみて、とすまし汁仕立ての椀に白子を一つに葱を添え、柚子によく似た柑橘の皮を吸い口として浮かべる。
二人はそれぞれに顔を見合わせ、おそるおそる白子を口に運んだ。
「へえ……」
「これはこれは……」
ダンナもグアラルもゆっくり味わうように残りを口に運ぶ。
「どう?」
「悪くないですね。俺は結構好きな味です」
「この汁がいいな。さっぱりしてるのに、何かまた呑みたくなる。すっげえ上品だ」
「良かった。……白子は、食感さえ大丈夫なら、だいたいの人が食べられると思うの」
あとはこういうバリエーションもあり、と、茹でた白子に柚子の香りがする酢醤油をかけまわす。
「これはこれでいいですね。濃厚なのに、さっぱりしてる」
「でしょう。強壮剤の効果があるかはわからないけど、普通においしいと思うの。私は食感がちょっと苦手だけどね」
そういっている間にも小さめに切り分けた切り身を、バター焼きと塩焼きにする。
どちらも一口で食べられる味見サイズだ。
「パサパサしてねえな」
「パサパサするのは、焼きすぎだからだと思うわ」
バター焼きのポイントはちゃんと粉をはたくことと、皮面からこんがりと焼き、バターをけちらないことだ。火加減が強すぎるとバターが焦げるし、弱すぎると油っぽくなるので、火を制御することが一番の技術だ。
塩焼きは酒をややきかせて蒸し焼き気味にした。こちらも、酒に火が入ってフランベにならないように気をつける。
それから、酒をふった切り身のうちのいくつかを蛍光緑に発光する昆布で昆布〆めにしておいた。
「とても上品な味わいですね。バター焼きもいいけど、塩焼きの方も繊細な味わいで捨てがたい。フランチェスカでもこんなにおいしく食べられるんですね」
「けどよ、こいつはちょっとよそではムリだぜ。味付けといい焼き加減といい、ヴィーダの技術あっての代物だ」
「そうかなぁ?」
ただのバター焼きと塩焼きだ。手順と火加減を間違えなければ問題はなさそうに栞には思える。
「ああ。それに、米の酒は高級品だ。普通はこんなに贅沢に使えねえよ」
「そっか、コスト考えなきゃだよね」
レストラン・ディアドラスはアル・ファダル随一の高級レストランである。当然、食材だって調味料だって高級品揃いだ。
高級であることで希少価値を演出している為、金に糸目をつけない材料集めをしていたりする。栞は原価に頭を悩ませる必要のない贅沢をさせてもらっているのだ。
「あとな、普通の焜炉では細かな火力調整ができねえ。大と小くらいだ」
「……なるほど」
確か、魔道具ではない焜炉は炎の調整がほとんどできないものだと聞いたことがあったので栞は納得した。
「屋台とかで出せるような手軽なもんがいいんだ」
「屋台かー」
「ああ。手軽にできて、それほど技術も必要ないといい」
「でも、家で簡単にできるものならば外で食べようなんて思わないし……」
プロは料理上手な専業主婦にできないことをするからお金をいただけるのだ、というのが栞の根本にある。
「じゃあ、揚げ物はどうかな?家でやるのはちょっと面倒くさいでしょう?でも、屋台でいっぺんに揚げるのはアリだよね」
「そりゃあ、いいな」
(白身魚の揚げ物っていうと……やっぱり、フィッシュ&チップスかな)
「できれば、思いっきり流行らせたい」
「それには仕込というか演出がいると思うけど……とりあえず、作ってみるから」
結局のところ、料理は頭で思い描いていてもだめだと栞は思う。
作らなければわからないことはいっぱいあるし、食べなければわからないことは更にいっぱいある。




