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フランチェスカとドド芋の揚げたてフライ ディアドラス風(3)

 厨房の端の床の呪陣が淡い緑の光を放つ。

 これは、何かが転送されてくる前兆だ。光を見たら最低でも呪陣の上からどき、呪陣の上を何もない状態にする、これはこの世界の常識だ。


「ヴィーダ、許可をくれ」

「はい」


 栞にはどういう仕組みになっているかわからないが、殿下達が使う分には何の許可もいらないのだが、他の人間が送り込んでくる時にはこちらで許可が必要になる。

 許可できるのは、殿下か栞だけだ。


「許可します」


 栞はその光にふれて、そう宣言する。

 他に何かするわけではなく、ただそれだけだ。

 そして、光が増して溢れ、そのまぶしさに目をつむると、次に目を開いた時、そこには大きな銀色の塊とグアラルがいた。


(相変わらず便利だ)


「どうも、お待たせしました。ヴィーダ、ダンナ」


 がっちりとした厚い筋肉の持ち主であるグアラルは気の良い大男だ。

 身長が2m近くあり、太ももをこの間はかったら70センチあったという。これは栞のウェストより太い。見た目は厳つい印象だが、性格は穏やか。ケンカっぱやいところのあるダンナの補佐として適役だと誰もが認めている。

 こちらの世界は鍛えている人間が多いせいか、平均身長が高い。160センチぴったりの栞はあちらでは平均的だが、こちらでは低めに分類される。グアラルと向き合うと、そのたびになんだか子供になったような気分になった。

 ダンナの身長はグアラルとそう変わらない。剣を使うというダンナと斧を振り回すというグアラルの筋肉の付き方はだいぶ違っているので、ダンナだけならそれほど圧迫感を感じないのだが、二人が揃うと非常に暑苦しい。

 

「おせーぞ、グアラル。ガルドはどうした?」

「すいません、ちょい手間取りました。ガルドは店番させてます。マーシー達が戻ってきて、スケルトンフィッシュやらドラス貝やら大量に運びこんできましたんで」

「そうか。ヴィーダ、これがフランチェスカだ」


 ダンナが目線で示したのはホースのように綺麗に巻いた銀色の塊だ。なるほど全長は20mを超えてはいても、こうやってキレイに巻いて円筒状にしておけばそれほど邪魔にはならない。


(って言っても台の上いっぱいだけど。……こんな風に巻けるってことは身が薄くて骨が細かいってことだよね)


「見た目が優美って言ってたけど、そんなでもないような」

「あー、水ん中で見ると、だ。キレイだぞ、こうきらきらするリボンが何本も翻ってるみたいでな」

「……ダンナくらいっすよ、あんな危険な場所でこんな危険なもんに見惚れていられんのは」


 グアラルは大きな溜息をつく。


「危険なの?おとなしいって聞いたけど」

「魔生物にしてはおとなしいってだけですよ。近づけば普通に攻撃してきます。『フランチェスカの死の抱擁』って言って、こいつと一旦組み合って締め付けられたら、死ぬまで離してもらえませんから」


 『フランチェスカの死の抱擁』だなんてロマンティックな命名がされているが、実際のそれを思うと頬がひきつってしまうのは当たり前のことだった。


「……そうなんだ」

「そうなんですよ」

「でも、湖の底にわざわざ魔法使って潜る理由は何?フランチェスカ獲るためじゃないよね?」

「元々、あんまり高値の魚じゃねえし、フランチェスカの生息域にまで到達するには一時間近くの水中散歩が必要だからな」


 ダンナは、言外にその通りだと同意する。


「じゃあ、これどうしたの?」

「これは上にあがってきたやつだ。寒くなり始めるとメスが産卵の為に底から上にあがってくる。そのメスを追いかけてオスもあがってくる。この時期は結構浅いところにいる」

「今なら、10mも潜れば遭遇すると思いますよ」

「へえ」

「ほんとに綺麗だからな、一度見てみるといい」


 ちょっと想像してみるが、あんまり見たいとは思えない。


「これが大量発生している場所を抜けると水晶宮の隠し部屋に行かれるんです。水晶宮には骸骨兵が出るんですが、それの中に甲冑魚の剣とか槍もってるのが出るんです。あれはかなりいい金になるんですよ。それに隠し部屋のエリアにある呪陣からは、ランダムなんですが深部の蒼の七門のどこかに転移できます」

「どこかって……えー、そんないい加減な」

「七つある門のどれかで、一応、全部場所は判明してる。準備さえしておけば帰ってこれないってことはねえよ」


 それくらいは探索者なら当たり前だという口調でダンナは言う。

 大迷宮は綺麗に階層ごとに分かれているわけではない。

 幾つかのエリア、それから、大迷宮の中心とされる宮殿エリアと呼ばれる地区へのそれぞれの門からのルートがわかっているだけでその十分の一さえ明らかになっていないと言われている。勿論、地図のない未知のエリアも多く、毎日どこかで新しい発見がされている。

 少しでも深部へ近づこうとするのは探索者の性であり、冒険を好むのはその気質なのかもしれない。栞にしてみれば無謀すぎて眩暈がしそうなことでも平気でやってのける。


「そうなのかもしれないけど……」


 栞は、行き先のわからない呪陣になど乗る気はまったくないタイプの人間だ。


「それより、どうだ?これ、食えそうか?」

「いつもはどんな風に食べてるの?」


 栞は、台の上で巻かれているフランチェスカを緩めながら観察する。

 一見したところ、太刀魚を100倍にしたようなもの、といった感じだが、その顔つきは獰猛だ。歯もかなり鋭い。


「焼いたり、煮たり、だな。焼くとパサパサしてるから煮る方が多いと思うが、出汁が出るような魚じゃねえ。骨も多い」


(パサパサするのは焼きすぎだと思うし、煮るならきっちり味付けすればいいと思うけど)


「……とりあえず、尻尾の方は適当な大きさに斬って、洗ったらここにいれてください」


 栞は骨がほとんどの尻尾部分を切り離し、それの処理を二人に任せることにした。


「適当って?」

「一人が一回で食べられる大きさくらいです」

「わかった」

「わかりました」


 ダンナもグアラルも包丁の扱いはなかなか手馴れている。


「さすがトトヤですね」

「?」

「トトヤって魚屋って意味なんですよ、私の国の言葉だと」

「へえ」

「だから、何かの縁があったんじゃないかって思うんです」

「そうかもしれねえな。何かそう思うとおもしろいな」

「ええ」


(さて……)


 栞は、初めての食材を前に何を作るのかを考え始めた。

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