フランチェスカとドド芋の揚げたてフライ ディアドラス風(2)
「ねえ、ダンナ、フランチェスカが大量発生すると何か困るの?」
ディナンが不思議そうに問う。
「増えすぎちまうと、地底湖の底の隠し部屋にたどり着ける人間が減るだろ。ついでに、最近獲れにくくなってるフランチェスカが食う小魚類……フィバリやノードがますます激減するだろうな」
フランチェスカはそれほど気性の荒い生物ではないが、魔生物には違いない。自分に危害を加えると思えば容赦なく牙をむくし、その長い体で締め付けられれば大概の生物は死ぬ。長い年月を経た個体の中には電撃を発生させるものもいて、地底湖マップでは危険度レベル3に指定されている。
ちなみに地底湖の危険度最大は水竜でレベルは7。
これがどのくらい危険かというと、見習い探索屋は、レベル5の生物に遭遇したら一目散に逃げろと教えられるというところから推測して欲しい。
「生態系が崩れるってことだよね」
「せいたいけい?」
「えーと、あー、生物の生きる環境とかをひっくるめてそう言うの。……フランチェスカの大量発生の理由ってわかってるの?」
「さて……大迷宮のことなんてのはわかっていてわかってないようなもんだからな」
「フランチェスカは何年で成魚になる?」
全長20mになる魚の卵はどのくらいの大きさなんだろうか?と単純に疑問に思いながら栞は問う。
「……だいたい、8年から10年だな」
「じゃあ、現在からそのくらい前までの間に、地底湖で何かあったりした?」
「なんかってのは?」
「えーと、どっかでお湯が湧いたとか、あるいは、どっかから魔生物が迷い込んできて棲みついたとか……」
「あー、地底湖の主だった水竜が死んだな」
「討伐された?」
「いや。老衰だと言われてる」
ダンナは怪訝そうだ。栞が何を意図して尋ねているのかがよくわからないのだろう。
「なるほど」
栞はうんうんとうなづき、口にする。
「……じゃあ、水竜はフランチェスカの稚魚を餌にしていたんじゃないかしら」
「なんでだ?」
「絶対かと言われれば絶対ですと言い切る自信はないけど、たぶん。……ダンナの話してくれた範囲では、フランチェスカは何年かごとに大量発生するというわけじゃないんでしょう?」
「ああ」
「なのに大量発生したということは、影響を与える何かがあったということで……地底湖の主とまで言われた生き物の影響がまったくないとは思えないの。で、昔あっちで『天敵が外来種に食い尽くされたせいで、大量繁殖した魚』の話を聞いたことがあったから、それを考えあわせて、本来は稚魚の段階で水竜の餌になっていたのに、水竜が死んだことで淘汰されにくくなったからこんなに大量発生したんじゃないかなっていう予想をしたわけなの」
別にそう難しい話ではなく、そうじゃないかなーという程度だよ、と栞は付け加える。
証拠は何もないし、確認するのも難しい。
だが、栞の言葉には確かにそうかもしれないと思わせるそれなりの説得力があった。
「前の水竜が死んだ後、地底湖に水竜の気配はないの?」
「あー、今んところはねえな」
何でだ?とダンナはまっすぐな瞳で問いかける。
「……だとするならば、私の予測が正しかった場合、今年からずっとフランチェスカは大量発生すると思うの。だって、天敵がいないんだから」
ダンナは苦虫を潰したような顔をして低く呻いた。それは、最悪の予想であるにも関わらず、一番近い未来のように思われた。
深く息をはき、気を取り直してダンナは問う。
「……なあ、ヴィーダ、異世界人ならみんなそんな風に考えられるもんか?」
「そんなに真剣にならないで。ただの予想だよ?正解かはわからないんだよ」
「ああ、それはいいんだ。……俺が聞いてるのは、ヴィーダの国の人間ならば、みんなそんな風に考えられるのかってことだ」
「そんな風にがどんな風にかわからないけど、人によると思うな」
「じゃあ、言い直す。異世界では、みんなおまえさんがいうような、生物の環境とかそういう知識があるもんなのか?」
こちらでは、そんなことは学者くらいしか学ばないだろうし、思いつかないだろうとダンナは言う。
「人にもよるけどだいたいは知ってるんじゃない?正確に覚えているかどうかはともかくとして、私達の世界では、いろいろな知識を一通り学校で習うから」
「どうやって?」
「学校に通うの。こっちでは、教会に読み書きを習いにいって、その後はそれぞれの仕事に関係するところに弟子入りするなり専門の学校に行くなりするでしょう?あっちはそういうことをする前に基本的な知識を9年間、あるいは12年間かけて学校で勉強してから、専門の勉強をしたり弟子入りしたりするの。モノによってはもっと前ってこともあるけど9年間の勉強は絶対なのね」
「教会が9年間続くと考えればいいのか?」
「ちょっと違うと思う。こっちでいう専門的なことももっといっぱい入ってるから」
こちらの世界では、子供は7歳になると必ず命名式をとり行う。
7歳までは幼名であり、命名式で名前が定められるまでは子供はただ誰かの子供でしかない。ある意味、一個人として認められるのが7歳……命名式の後からなのだ。
だいたいの子供は、7歳になると教会に2,3年間くらい通い、読み書きや社会のルールを学ぶ。
その後は、兵学校に行ったり、奉公に出されたり、どこかに弟子入りしたり、あるいは親の家業を手伝ったりするようになる。
頭がよく家に余裕があると、高等学校や魔術学校や医術学校などの高等教育を受けられる学校へと進むし、貴族の家や騎士の家に生まれた子であるならば、騎士団に入団して誰かの従僕になったりもする。
「……みんな学者みたいな勉強をするってことか?」
「真剣味はまったく違うけど、まあ、その卵くらいかな。こっちでいう高等学校くらいかもしれない。高等学校の内容をあんまりよく知らないからあってるかはわからないけど」
「高等学校は……そうだな、官僚や事務官、学者なんかになる人間が基礎的な教育を学ぶ場だ。おまえがいうように広くいろいろな知識を学ぶな」
ダンナは思い出しながら、言葉を選んで教える。
「じゃあ、そういう勉強を9年から12年するんだよ。あっちの大学は教養課程があるけど専門的な勉強をするところだから」
「みんながみんなそんな広範囲にいろいろなことを学んでも、モノにはならないんじゃないか?初めから一つに打ち込むほうがいいような気がするが」
「そのへんの是非については、社会の違いがあるからどうとも言えないから」
「まあ、そうだな」
どちらが良い悪いではなく、どちらにも良いところがあり改善するべきところがあると思うのだ。




