30 カナンの大切なもの
たいへん遅くなりました。
投稿します。
あの悪夢のような遠足から早三ヶ月が経った。
季節は初夏から夏、そしてその夏も過ぎようとしている。
一週間ほど休んでから学園に戻った俺は、みんなからそれはもう手厚い歓迎を受け、みんなしての子供扱いにはほんと……、閉口したものだ。あの時からこっち、三島たちの俺への態度は更に過保護というか甘々というか、要はそりゃもう終始俺にベッタリになり、それは三ヶ月経った今も変わらないどころか激しさを増してる気がする。
正直、うざい。
マジでうざい。
「カナンちゃん、おトイレ行くから一緒にいこ! ほらっ」
今日も今日とて、二時間目の授業を終え休み時間に入ったところで、三島は満面の笑みを見せながらそう言い、俺に手を差し伸べてきた。その横には夏目がいつもながら何を考えてるかわからない笑顔を浮かべながら立ってる。そこも定位置って言っていいよな。
「え、べ、別に私、今は行かなくてだいじょう……」
「だーめ、一緒に行くの。カナンちゃんはいつも一緒にいなきゃだめなんだからね」
「そうですね、いなきゃだめです」
別に便意をもよおしてない俺は断ろうとしたものの、全てを言わせてもらう前に、二人揃ってあえなく却下され、逃げ腰の俺の小さな手は、差し出された三島の手でぎゅっと掴まれ、その勢いのままイスから引き起こされる。
「へっ、あわっ、ちょ、ちょっと翔子ちゃん? そんな引っ張らないでー」
「いいからいいから、ほら行くよ~!」
結局いつものごとく、そのまま拉致られトイレまで強制連行されることとなった。両手を背の高い三島と夏目に取られ、さしずめ連行される宇宙人の図だ。チビの俺は、楽しそうに間断なく話しかけて来る二人の顔を見上げながら見比べながら、歩かざるを得ない。
はぁ、女ってなんでこうどこか行くとき一緒に行きたがるんだろ。わざわざみんなして連れ立っていかなくていいだろうに。ま、俺の場合は事情が事情だからそうなるのもわからないでもないけど……、めんどくさい。ああめんどくさい。
ま、こんな感じでどこへ行くにも誰かれなく、必ず俺のそばに人が貼り付き(ま、ほとんどが三島か夏目で、委員長が時折割り込んでくるって感じだけどな)、俺は学園で一人っきりにさせてもらえることなどまずない。ちなみに男子もその中に食い込もうと隙あらばとこちらを伺ってるけど、三島たちの牙城を突き崩すのはたやすくはなさそうだ。ふふっ、まぁ頑張ってくれたまえ、男子ども。つっても、苦労して俺までたどり着いたとして、その、なんだ、俺は決してお安い、お、女じゃないけどな、うん。
でだ、唯一、一人気分を味わえるのは、今、連行されようとしてるトイレの個室くらいな訳だ。
で、もよおしてもいない中引っ張り出され、それでもまじめにトイレの中でなんとか出すもの出そうとがんばってる間、三島らは鏡の前で髪を弄りながらずっとしゃべってる訳だ。出すもん無いんならトイレ行かなくていいじゃんって話だ。
まじわからん。
しゃべりたいなら別に教室でもいいじゃないか。
……ま、いいけどさ。
それにしても、実際あの事件から三ヶ月経とうかっていうのに……、ほんとみんな、何度も言うけど……過保護で甘々で……、
いいやつらなんだから――。
「カナンちゃん、いつまで籠ってるのー? ほら、観念して出て来てこっちで一緒におしゃべりしよー。髪も櫛いれてあげるから~! おーい、カナンちゃーん?」
はわっ、三島がお呼びだ。ち、俺の行動はバレバレか。つか毎日のことだもんな、俺も往生際悪いよな……。あと三島、俺の名前、そんなにでかい声で連呼しないでくれっ、恥ずかしい!
「う、うん。わかった、わかったから名前連呼しないでー」
個室から出た俺は三島に両肩を掴まれ、鏡の前に立たされる。周囲には他のクラスの女子たちとかもいて俺の周りできゃっきゃ言いながらくっちゃべってる。
「はーい、これちょっと外すねー」
そう言って三島が俺のヘッドフォンをなにげに外す。俺もそれを別にとがめやしない。そういや髪型はずっとツインテールのままだ。三島のちょっとしたお遊びで始まったそれがずっと続いてるわけだが、その髪型だとヘッドフォンを外すと俺の例の特徴的な耳がもろ露出してしまうわけだ。
「わー、ほんとエルフさんだー」
三島や夏目以外の周りの女子の一部からそんな声が聞こえて来る。どうやら初見の子がいくらか居たみたいだ。
「かわいー! 触ってみたーい」
「はいはい、ダメダメ。お触りは禁止。騒がない、騒がない。カナンちゃんが怯えちゃうでしょ? 騒がず普通にすることが大事なんだから。私らみたいにみんな気持ち抑えて、自粛してねー」
三島がえらそうに他のクラスの女子たちに注意する。珍しさから見入ったり、触りたがる女子は多い。え、男子? ま、この際男子は関係ない。どうせ近寄れないしな。
――そう、俺の耳のことはもう周知の事実になっている。
こうやってみんなと連れ合って色々やってるうちに自然とばれてしまった。そりゃいつもいつも、ずっとヘッドフォンしたままってのは相当無理あるし、何より三島や夏目は俺の髪をいじりたがるから……元よりそうなるのは時間の問題だった。
初めて見られたときはどういう態度に出られるかと……、ちょっと冷や冷やドキドキ、不安だったけど――、
相手は三島だった。
そんな俺の思いはそもそも杞憂もいいとこだった。
「なんだー、そんなことで悩んで、わざわざそんなヘッドフォンしてまで耳隠してたんだー。もう水臭い! そんなことで私のカナンちゃんへの思いは変わんないよー」
「ふふ、まぁまぁ翔子さん、人には色々事情があるんです。それにやはり、あなたみたいに能天気な人ばかりじゃないのも事実ですもの、隠しておこうとするのも仕方がないことだと思います」
「ちょ、亜須美~、なにげにひどくない?
カナンちゃーん、私は全然気にしないからねー。っていうかむしろ大好物だよー!」
「エルフ耳だ~、かわいいっ」なんて感じで、うわ言のように繰り返しながら三島は俺の頭を自分の胸に抱き寄せ、頭を思いっきりぐりぐり撫でまわしてきた。
「はわっ、ちょ、翔子ちゃん、やめてー。髪が乱れる、乱れちゃうってー」
「ふふっ、カナンちゃん、ここはもう観念してください。今まで黙ってたバツですからね。次は私です。大丈夫、後でちゃんと綺麗に整えてあげますから……、お覚悟よろしくです」
おいおい、まさかの夏目まで参戦~? なんだよそれ、援護なしじゃもうあきらめるっきゃないじゃないか。くくっ、ほんと、もう仕方ないな……。
俺はもうなんて言えばわからなかった。
でもとりあえず、目の前の二人がとんでもなくいい奴らだってことは良くわかった――。
それから程なくして俺の耳のことはクラスのみんなが知ることになり、みんなして気にすることないなんて言ってくれた。正直目頭熱くなって仕方なかった。
とは言え、ヘッドフォン自体はお守り代わりでもあるから一応付け続けることにはみんな理解してくれたし、ヘッドフォンの意味を知ったらより過保護度を助長してしまったのもまた事実だった。
うまくいかないよな、まったく――。
で今となっては学校内であれば普通にこうしてヘッドフォンを付けたり外したり、自然に出来るようになった。そりゃ全員が全員、素直に受け入れてくれてはいないのかもしれないけど……、少なくとも俺の前で変なものを見るような目で見て来る奴はいない。
っていうかむしろ逆?
今さっきのトイレの女子の例もある通り……、より集客力アップしてしまったみたいだ、俺。
エルフ耳、恐るべし!
「カナンちゃん、カナンちゃん? 私の声、聞こえてる? おーい」
「わっ、翔子ちゃん、聞こえてる、聞こえてるからー、耳元でおっきな声出さないで。耳が痛いってー」
考え込んでしまった俺を訝しんで三島が耳元でわーわー言ってくれたおかげで耳が痛い。
まったく、加減ってものしらないんだから……三島は。
ふて腐れた顔を三島に向けた俺と、「ごめんごめん、なんかぼーっとしてたからちゃんと聞こえてるのかなーなんて思って」とか言いながらまた俺の頭を撫でまわす三島を見て夏目が言った。
「ほんとお二人は仲がいいですね。まるで姉妹みたいでうらやましいです。そうですねぇ、私も従妹でいいですからお仲間に入れてもらえますか?」
そんな言葉と共に夏目の手が俺の頭に伸びてきて、優しく撫でる。それを見て三島がわけのわからない対抗意識を燃やしたのか撫でる力を増してきた。俺は二人に撫でまわされて頭ぐりぐり、ふらっふら状態にされる。
「もーーーーーー!
二人ともいい加減にして。毎回毎回、そんなに撫でまわされたら髪がくちゃくちゃになるって言ってるでしょ? っていうか頭もうふらっふらだから。
もう勘弁してーーーー!」
俺のそんな切実な叫びに三島と夏目は一瞬手を止め見つめ合う。でも、それはほんの少しの間だけだ。にやりといい笑顔で笑いあった二人は何もなかったかのようにまた俺の頭を撫でだした。
それだけじゃない、周りからもなんか変な言葉が聞こえて来た。
「私も従妹に立候補ー!」
「あ、私もー!」
「じゃ、えっと、私は友だちから始めていいですかー?」
…………。
も、もうわけわからんし――。
結局騒ぎは次の授業の予鈴が鳴るまで続いた。
俺の周りにいつのまにかうようよいた女子たちは蜘蛛の子を散らすようにあっという間に居なくなった。残されたのは俺と、三島と夏目の三人だ。
ぽつんとトイレの鏡の前で立つ三人。
当然のことながら鏡に映ってるのは、繊細な銀髪がくしゃくしゃになってしまってる、赤い目がすわりご機嫌斜めになりまくりの俺と、その原因である二人。
さすがにまずいと思ったのか、くしゃくしゃになった俺の頭を三島と夏目が手早く整え、「次の授業はなんだったかしらー」、などとごまかしの言葉を掛け合いながら俺の手を取る二人。
俺はついその手をはねのけてやろうかと思ったけど……、さすがにやめておいた。
色々行き過ぎたこともあるけど……、結局この二人が学校での一番の理解者で、もっとも近しい友だちであるに違いないんだから。
そしてそれは……、それは親友って呼べるものなのかも知れないのだから。
雫石河南の時代の俺に、そんな奴は居なかった――。
だから俺は……、
そんな二人との繋がりを大切にしたいと思う。
そしていつか声に出して言いたいと思う。
二人は俺の……、
いや、私の大切な親友だ――、って。
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