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実家に帰ったら甘やかされ生活が始まりました  作者: 月夜乃 古狸


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第85話 陽斗の答え

 穂乃香がセラ達と食堂で昼食を摂っている頃、陽斗もまたクラスメイト達と学園内の庭園に来ていた。

 11月も終わりとはいえ、晴れて風も穏やかならそれなりに暖かいので庭園のベンチで過ごす生徒も多い。

 陽斗も千場達3人組や賢弥と一緒に購買で昼食を購入してから庭園にやってきていた。

 庭園にはベンチや5、6人掛けのガーデンテーブルなども設置されていて、他にも昼食を摂っているグループがちらほら見受けられた。

 

「西蓮寺ぃ、それだけで足りるのか? っていうか、少食すぎるからそんなに小っちゃいんじぇねぇの?」

「そうだぜ。もっと肉食え、肉!」

 遠慮のない物言いにも陽斗は楽しそうな笑みを浮かべる。

 ある意味上品すぎるクラスメイトが多い中、千場達3人は普通の高校生らしさが強く、陽斗も変に気を使わずに済んでいるのだ。

 

「これでもすごく食べるようになってきたんだよ。前はもっと少なかったから」

 そう言う陽斗の手にあるのはサンドイッチのパックがひとつだけ。

 コンビニで売られているサンドイッチよりは厚みがあるものの高校生男子の昼食としては少ない。

 現に賢弥はおにぎりを4個とサンドイッチが2つ、千場はサンドイッチが3つに菓子パン、後のふたりも似たようなものだ。

「……無理強いするつもりはないが、食事は体作りの基本だぞ」

「うん、頑張るよ!」

 賢弥がボソッと言うと、陽斗は笑みを浮かべながら拳を握ってムンっという感じで気合を入れた。

 

「……ヤバイ、なんかちょっと可愛いとか思っちゃったぞ、俺」

「俺も……なにか目覚めそうで怖い」

「お、オマエら、ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」

 同級生たちの性癖に影響を与えそうである。

 

「そう言えば、聖夜祭のダンス、西蓮寺達はパートナー居るのか?」

「おいおい伸一ぃ、そりゃ聞くだけ野暮だろ?」

「そうだよなぁ、武藤はあの都津葉って娘だろうし、西蓮寺は穂乃香嬢がいるかぁ。あ~ぁ、俺達にもファーストダンス踊る相手が居ないかなぁ」

 宝田、千場、多田宮の3人がパンを頬張りながらそんなことを言い出したので陽斗は驚く。

「俺とセラはそういう関係じゃないぞ。どちらかというと兄妹に近い」

「ぼ、僕も穂乃香さんと、その、えっと」

 賢弥はそういうふうに見られるのに慣れているのか、表情ひとつ変えずに訂正し、陽斗は一瞬で顔を真っ赤にしてブンブンと首を振る。

 

「あ~、武藤はたしかにそんな感じするかも。都津葉さんもそういう距離感に見えるし」

「そっちはともかく、西蓮寺は本当に違うのか? だって穂乃香嬢を誘拐犯から守ったんだし、あれから西蓮寺にベッタリじゃん」

 実際、外側から見れば穂乃香が陽斗に向ける感情が単なる友人に対するものと異なることなど明らかだった。

 陽斗の方も恥ずかしがったりはしていたものの嫌がる素振りなど見せずむしろ嬉しそうだったのでなおさらだ。

 普通の学校ならそのことでからかったりする男子生徒などが居て意識したりするのだろうが、この黎星学園で、それも有数の名家の令嬢の事を(あげつら)って言う生徒は居なかったので陽斗に自覚は無かったが。

 

「その、僕なんかが相手だって思われたら穂乃香さんに申し訳ないよ。多分穂乃香さんは僕に対して感謝をしてくれてるだけだろうし、優しい人だから」

 陽斗のその言葉に、賢弥は眉を顰め、3人組は驚いたような顔をする。

「いやいやいや、最初に突っかかった俺が言うのもアレだけどさ、西蓮寺って結構スゴイ奴だと思ってるぞ」

「それは俺も。それにめちゃくちゃ人気あるじゃん。この学校のカリキュラムって結構難しいのに成績も良いし」

「そうそう、それに高等部に外部入学できたってことは結構家柄も良いんだろ? そりゃあ相手が四条院家だと格上かもしれないけど、まったく相手にされないってこともないんじゃないか?」

 

 口々に称賛され、陽斗は戸惑ったように顔を赤くする。

「お前の欠点は自己評価の低さだな。四条院を誘拐犯から守ったのも、千場を救出したのも誰にでもできることなんかじゃない。それに料理も得意だろう? 弟妹達が陽斗のケーキをまた食べたいと五月蝿く言ってくるくらいだからな。なのにお前が自分のことを低く見ているのは友人達にも失礼なことだぞ」

 賢弥があえて厳しい口調で陽斗を窘める。

 事実、この学園で陽斗を好意的に見ている生徒や教員は多い。

 それは皇の家の力とは全く関係のない、陽斗自身がいつも一生懸命で、人に優しく接しているからこそだ。

 それはすなわち、陽斗の魅力であり自信を持つべきことだろう。

 

「え、えっと、僕……」

 とはいえ、そう言われたところですぐに自信などつくはずもない。

 自己評価と周囲の人からの評価の乖離に、いまひとつ実感が伴わない陽斗は、困った顔を向けるばかりだ。

「……まぁ、急には無理だろうが。だが、自分を卑下するということは陽斗を評価し、好意を持っている相手を侮る行為だということは覚えておくといい」

「う、うん。気をつける」

 普段無口な分、賢也の言葉には重みがある。

 陽斗は素直に頷き、その言葉を噛みしめるように口の中で繰り返した。

 

「だ、だったらさぁ、西蓮寺はどんな女の子が好みなんだ? ちなみに俺は年上の、甘やかしてくれそうな女の人が好きなんだけど」

「それ気になる! 俺はちょっとぽっちゃり系で笑顔が可愛ければ最高!」

「俺の好みは2次元にしか居ないぞ」

 空気を変えるためだろうか、千場がことさら明るい口調で話題を変える。

 内容はあまり変わっていないようだが。

「う~ん、あんまり考えたことないんだけど、やっぱり優しい人が良い、かな? あと、堂々としててしっかりした女の人も格好いいと思う」

 陽斗が恥ずかしそうに言った内容に、その場の全員が呆れたような目を向ける。

 

「西蓮寺さぁ、いや、なんでもない」

 千場がなにか言いかけるが、首を振って言葉を切った。

 他の3人も少し苦笑いを浮かべ、陽斗はわけが分からず不思議そうにしていたのだった。

 

 

 その日の放課後。

 穂乃香、セラ、壮史朗の3人は中庭の温室脇で身を寄せ合っていた。

「セ、セラさん、やはりこういうことは好ましくないというか」

「そんなこと言っても穂乃香さまだって気になってるんでしょ?」

「そ、それは、その、気にしていないわけではありませんけれど」

 前庭となっている庭園とは違い、普通科校舎裏にある中庭は放課後になると人気が少なく、訪れるのは温室の管理をしている園芸部員くらいのものだ。

 そして彼女達が居る位置は温室の入口とは逆側で、中庭の入口からは一見して分かりづらい場所だ。

 

 どうやらここに穂乃香を連れてきたのはセラのようで、穂乃香の方は躊躇うような素振りを見せている。

「まったく、なんで僕まで……」

 憮然とした表情でブツブツと文句を言っている壮史朗も、おそらくは強引に引っ張ってこられたのだろう。

「だって、なんかあの先輩ちょっと気が強そうだったし、もし無理強いしたりしたら助けたほうが良いでしょ? 天宮くんが言ってた通り、陽斗くん断ったりするの苦手そうだし。いっそのこと、穂乃香さまがバシッと言ってやればよかったのに」

 

「チッ! 隠れろ、来たぞ」

 壮史朗はそう言いながらセラの肩を掴んで引っ張り、温室の周囲を囲んでいる植込みの影に身を隠す。穂乃香も慌ててしゃがみ込んだ。

 いきなり引っ張られたセラだったが、壮史朗に文句を言うわけでなく中庭の入口に視線を向けていた。

 中庭に入ってきたのはふたりの男女。

 一方は、昼休みに穂乃香に声を掛けてきた2年の女子生徒。そしてもう一方は陽斗だ。

 

「でもあの先輩も行動が早いわよねぇ。穂乃香さまに宣言したその日のうちになんて。穂乃香さまもあのときにガツンと言ってしまえばよかったのに」

「そんなことはできませんわ。その、わたくしは陽斗さんと正式にお付き合いしているわけではないのですから」

 気づかれないように小声で会話を続けるセラと穂乃香。

 

 穂乃香に声をかけてきた女子生徒と陽斗がここに来たのは、女子生徒が宣言通り陽斗にファーストダンスを申し込むためだ。

 穂乃香は彼女に陽斗にダンスを申し込んでもいいかと問われ、止めることはしなかった。

 ダンスの申し出を受けるも断るも、陽斗の自由意志で決めるべきことだ。

 もちろん伴侶や恋人であれば口を出す権利くらいはあるだろうが、陽斗と穂乃香は付き合っているわけではない。内心はどうであれ、駄目などとは言えないのだ。

 とはいえ、心中は穏やかであろうはずもなく、午後の授業などまったく耳に入らないほど気にしている。

 

 そして彼女は穂乃香がなにも言わなかったことで早速陽斗に声をかけることにしたらしく、ちょうど校舎の階段で昼食から戻ってきた陽斗に出くわしたのをチャンスとばかりに放課後の約束を取り付けていたのだ。

 そんなわけで、セラが穂乃香と壮史朗を強引に連れ出して覗きにきたというわけである。

 物陰に隠れて同級生と先輩の告白シーンを覗き見るなど、とても良家の子女とは思えない行動で、少々の情けなさもある。

 

 しばらくすると、穂乃香達の方まで陽斗と女子生徒の声がかすかに聞こえてきた。

 

「こんなところに呼び出してしまってごめんなさい」

「い、いえ、大丈夫です」

 ゆったりと微笑んでいる女子生徒に対して、陽斗は緊張気味に返事を返す。

 といってもこのふたりは面識がないというわけではなく、生徒会の仕事の関係で何度か会ったことも話をしたこともある。

 

「えっと、それで僕になにか」

「ええ、まず聞きたいのだけれど、西蓮寺さんは聖夜祭のファーストダンス、誰と踊るのか決まっているの?」

「え? あの」

 予想外の質問だったのか、陽斗が戸惑った声を上げた。

 だが、それでも質問には答えようと思った陽斗は恥ずかしそうに首を左右に振る。

「そう、それなら私とファーストダンス、踊ってくれない?」

「そ、それはどういう……」

「聖夜祭のファーストダンスとラストダンスの意味は知ってる? これでも恥ずかしいのを我慢して交際を申し込んでるつもりよ」

 そう言って女子生徒は頬を染めながらジッと陽斗を見つめた。

 

 突然の告白に、顔を真っ赤にしてワタワタと慌てた陽斗だったが、すぐに何度か大きく深呼吸を繰り返し、姿勢を正す。

 そして、深々と頭を下げた。

「あの、ご、ごめんなさい! 僕、気持ちはすごく嬉しいです。けど、ごめんなさい」

 

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― 新着の感想 ―
[一言] おぉ~、ちゃんと断れた!(*’ω’ノノ゛☆パチパチ
[良い点] おお、はっきり断れるんだ
[一言] 陽斗、成長しましたね……前ならしどろもどろになってただろうに。 幸せな境遇は人を強くしてくれる。良いシーンです
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