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実家に帰ったら甘やかされ生活が始まりました  作者: 月夜乃 古狸


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第56話 穂乃香と桜子

「日本画と言っても、今は日本的なモチーフだけでなくグラフィックデザインや洋画の技法を組み合わせたものも多いんですの。

 和紙や絵絹(えぎぬ)を基底材にして伝統的な顔料を使って書くという様式を守っていれば、あとは画家の感性ですから」

「そうなんですね。でも柔らかくて綺麗な絵が多いです」

 受付で入場料を支払い、美術館に入った陽斗達。

 穂乃香達は一緒にいた使用人である瓜生 千夏(うりゅう ちなつ)が支払ったが、陽斗達のほうは杏子の分も陽斗が支払った。

 理由はお金を持っているのに人に出してもらうのは気が引けたのが半分、残りの半分はたまにはお金を出さないと買い物できなくなりそうで不安になるからだ。

 いまだに富豪生活に慣れない陽斗である。

 

 美術館に入って展示されている絵画の数々が目に入ると陽斗は興味深げにそれらに魅入る。

 日本画と言ってもイメージするような掛け軸や水墨画ではなく、独特な色合いの美麗な絵でモチーフも現代的な物が多い。

 良い意味で予想を裏切られた陽斗は目を輝かせながら展示物を食い入るように見つつ穂乃香の説明に耳を傾ける。

 穂乃香は芸術にも造詣が深いらしく、絵の技法や画家のことなどをわかりやすく話し、陽斗はそれを聞く度に穂乃香に対する賞賛と憧憬を瞳にありありと浮かべる。

 あまりに純粋な眼差しに、穂乃香は照れるやら誇らしいやら複雑な思いで頬を染めていた。

 

「四条院家では芸術家、特に彫刻家や画家などの若い才能を支援することに力を入れています。ですから小学生や中学生向けのコンクールも主宰していますよ」

 ところどころで千夏が補足する。

 穂乃香はあまり家を誇るようなことを言わないので敢えて口にしているのだろう。

「なんか、上流階級の名家そのものってイメージですよねぇ」

 杏子も感心しているのかピンとこないのか、どちらとも言えない表情で会話に加わる。もちろん美術館の中なので声は控えめだ。

 普通なら雇用主家の子女の会話に使用人が口を挟むことはあり得ない。

 しかし陽斗にはそういった常識はどうにも居心地が悪いらしく、せっかく護衛らしく大人しく口を噤んでいた杏子にも話を振り、それを無視するわけにもいかずに応じているうちにいつの間にか4人で普通に会話を交わすことになったのだった。

 

「お嬢様は鑑賞する側としては造詣が深く審美眼も鋭いのですが、実践する側としてはかなり独特ですから」

「な?! ちょっと、千夏さん!」

「特に絵画に関してはかなり個性的で。以前にも猫を描こうとして触手を伸ばしたスライムが、ムグッ……」

 真っ赤な顔で千夏の口を塞ぐ穂乃香。

 穂乃香と千夏は雇用者の家族と使用人というよりもまるで姉妹か親戚のように気の置けない関係のようで、そのやり取りは楽しそうにも見える。

「なかなか鋭い体捌きですねぇ。鍛えればモノになるかも」

 杏子が変な感心の仕方をしているが、さすがに陽斗もそれに反応しちゃいけない気がしたのでスルーする。

 

「は、陽斗さんは夏休みどう過ごされていたのですか?」

 穂乃香がこれ以上余計な事を言われないように強引に話を転換させる。

「えっと、僕が以前お世話になった人達にお礼をしにいったのと、あとは家で本を読んだりお菓子を作ったりしてました」

「陽斗さまの作るお菓子は美味しいですよぉ! 毎回ご相伴に与るために血で血を洗う争いが起こるくらいですから」

 杏子がどこか自慢気にそういって笑みを浮かべると、穂乃香がすかさず相槌を打つ。余程穂乃香が描いた絵の話に戻されたくないらしい。

「それは……羨ましいですわね。学園が始まったら今度は料理部で作っていただきたいです」

「陽斗様が手ずから、ですか。もしかして給仕までして頂けるので? ……お金は出しますので一度お願いします」

「千夏さん!」

 

 

 充分に日本画展を堪能して美術館を出ると、出口のところで桜子と比佐子が陽斗達を待っていた。

 途中、桜子から打ち合わせがもう少し掛かると連絡があったのでゆっくりと回っていたのだが、ほんの少し前に終わって陽斗達が回っていると伝えた美術館に来てくれたらしい。

「待たせてごめんなさいね。そちらは、陽斗のお友達?」

 桜子は陽斗と一緒に出てきた穂乃香に目を留めるとそう切り出す。

 穂乃香はその視線を受けて、少しばかり緊張した表情ながらも落ち着いた仕草で優雅に一礼する。

 

「はい。初めてお目に掛かります。陽斗さんのクラスメイトで四条院穂乃香と申します。陽斗さんにはクラスだけでなく生徒会や部活動でもお世話になっております。どうかよろしくお願い致します」

 穂乃香の自己紹介に桜子は一瞬驚いたような表情を見せた後、柔らかな笑みを浮かべる。

「あ、あの、穂乃香さん、この人は僕の……」

「穂乃香さんね? 私は鳳 美風と言います。陽斗の大叔母にあたるわね」

 紹介しかけた陽斗の言葉を遮って桜子が穂乃香に言う。

 何故か本名ではなく写真家として使っている名前の方で自己紹介をした。

「鳳美風、さま、ですか? あの、もしかして写真家の?」

 特徴的な名前を、穂乃香はすぐに記憶から呼び起こして聞き返すと桜子は「まぁ!」とやや芝居がかった仕草で驚きを表現する。

 

「名前だけで当てられたのは初めてだわ。もしかして私の写真を見たことがあるのかしら」

「は、はい。写真集を持っています。動物や鳥のとても自然な様子が切り取られたような写真ばかりで、見ているだけで幸せな気分になりますので何度も繰り返し見ております。

 ただ、写真集には鳳様のお顔は載っておりませんでしたし、詳しい経歴なども公表されておられないようなので、わたくしは勝手なイメージでもっとワイルドでエネルギッシュな方を想像しておりました。まさか陽斗さんの叔母様だったとは」

 日頃の凛とした表情や態度とは裏腹に、穂乃香も年頃の女の子らしく可愛らしいもの好きだ。特に犬猫や小動物、小鳥などは目に入るとついつい見入ってしまうほど好んでいる。

 そのせいか、桜子が撮影した写真集を何かの機会に目にして購入して以来、出版される度に欠かさず取り寄せているほどだ。

 

 そんな穂乃香の内心が伝わったわけではないだろうが、それでも口にした賛辞が世辞ではないことは桜子にもわかり嬉しそうに口元を綻ばせた。

 写真集に自分の写真を載せないのも詳しい経歴を公表しないのも身元が明らかになるのを避けるためであり、そのために桜子、鳳美風の容姿を知る者は少ない。

「実はね、私はそろそろ写真家を引退しようと思っているの。今度この美術館で写真展を開く予定なのだけど、それを最後にするつもりよ。撮り貯めた写真はまだ沢山あるから写真集はまだいくつか出すかも知れないけど」

「そうなのですか? とても残念ですけれど、大変なお仕事でしょうから無理は言えません。写真集を楽しみにしております」

 桜子の人柄か、初対面なのに打ち解けた様子で話す桜子と穂乃香。

 穂乃香の大人びた受け答えも影響しているのだろうが、桜子から見て穂乃香は好印象だったようだ。

 

 蚊帳の外に置かれた形の陽斗だが、ふたりのやり取りを見る目に不満は浮かんでいない。

 陽斗としては身内である桜子と、尊敬している親しいクラスメイトの穂乃香が親しく話を交わしているのが単純に嬉しいのである。

 むしろ所在なく立っているのは使用人という立場の千夏と杏子である。

 先程まで陽斗に引き込まれる形で主従関係なく談笑していたので桜子の登場に立ち位置が定まらない。とはいえそんな心情を表に出すような真似はしないが。

 

 ひとしきり話し終えたところで桜子が陽斗達に顔を向ける。

「それじゃ少し遅くなっちゃったけど昼食にしましょうか。よろしければ穂乃香さんもご一緒にいかがかしら?

 といっても、私達は簡単に近くのファミリーレストランで済ませる予定だけど、四条院家のお嬢様を誘うのは失礼かな? それともこの後何か予定ある?」

 唐突な誘い、それも庶民的なファミレスというのに戸惑ったものの、穂乃香は少し考えてからその申し出を受ける。

 今日はもう別邸に帰るだけなので予定はないし、遅くなって困ることもない。なによりせっかく陽斗と会えたのだからこのまま別れるのも勿体なく感じる。

「よろしいのですか? お邪魔でなければご一緒させていただきたいと思います。特に予定もありませんので」

 穂乃香がそう言いながら千夏に目配せをする。千夏は小さく頷いて了承するとスマートフォンを取り出して画面を操作し始めた。

 どうやらメールを打っているらしく、おそらくは送迎の運転手や護衛の警備員へ予定変更の連絡をしているのだろう。

 杏子の方も襟元に取り付けられた小さな機械に口を寄せて何か呟いているのでこちらも離れた場所で警戒にあたっている警備担当に報告をしているようだ。

 

 そんなこんなで仕切り直しをした陽斗達は歩いて通りに出る。

 そしてすぐ近くにあった全国的なファミレスチェーンに入った。

 陽斗が新聞配達をしていた頃、社員の人達に何度も連れてきてもらっていたチェーン店で、手軽さと価格が売りのレストランである。

 陽斗としては慣れない高級店よりもこういう店の方が落ち着いて食事ができそうで安心していたりする。

 逆に穂乃香はあまり来たことがないのか、興味深げに店内を見回している。

「あれはなんなのでしょう?」

「あ、あれはドリンクバーです。注文した人が好きな飲み物を自分で取りに行くんです。何回もらっても良いんですよ」

 穂乃香が思わず疑問を呟くと、それを聞いた陽斗が答える。

 

「ファミリーレストランというのはそういうシステムになっているのですね」

 感心したように頷く穂乃香に、陽斗はちょっと恥ずかしそうだ。

 いつもは陽斗が穂乃香に教わるばかりで、ようやく陽斗が教えることができたのがファミレスのドリンクバーというのが、今になって少々情けなく思えてしまっている。

「せっかくなのでわたくしも注文してみますわ。陽斗さん、使い方を教えてくださる?」

「う、うん」

 大人数向けのテーブル席に案内され、席に着くと穂乃香はそう言って陽斗に笑いかける。陽斗の様子を見て気を遣ったのだろう。

 それに実際、穂乃香にとっても初めての体験なので興味もある。

 

「さぁ、好きな物を頼んで頂戴。私はこのお店のデザートが好きなのよ。帰国したら来ようと思ってたけれど今まで来られなかったから」

 桜子は写真家として成功しているので皇家は抜きにしても経済的には十分すぎるほど余裕があるはずなのだが、好みは随分と庶民的らしい。

 席に着くなり早速メニューを開いてパスタとサラダを一品ずつ選んだ後はデザート欄を食い入るように見ている。

 陽斗はミートドリアとドリンクバーを、穂乃香はサンドイッチとドリンクバーを注文する。

 比佐子と千夏は日替わりランチセット、杏子はというと、グリルチキンにパスタ、ピザなど遠慮しているんだかしていないんだか、とにかくたっぷりな量を選んでいた。

 小柄な割に大食いな彼女は、桜子の奢りでなくても経費で落ちるという目算でもってここぞとばかりに胃を満たすつもりなようだ。

 もっとも、後で警備班長の大山から怒られることになるのだが。それ以前に比佐子が眉を顰めていることにも気付いたほうがいいだろうに。

 

 テーブルに備え付けられたタブレットで注文を終え、陽斗と穂乃香はドリンクバーへ行き、残された桜子達はその様子を微笑ましそうに見守っている。

「あの子達、付き合ってたりするのかしら」

「いえ、まだそういう関係ではないかと」

 水を向けられた千夏は言葉を濁す。

 雇用主の娘のことをベラベラと話すわけにはいかないので当然である。

 が、桜子は気にする風もなくニヤニヤと人の悪い表情を浮かべている。

「……桜子さん」

「な、なにもしないわよ! ただ、良い娘そうだし、陽斗も随分嬉しそうだから気になっただけだって」

 比佐子の低い声に慌てて言い訳する。

「桜子? まさか……」

「あ~、言っちゃ駄目よ。色々と事情があるし、そのうち説明することになるだろうから、それまでは、ね」

「は、はい。承知致しました」

 

 たっぷりと時間を掛けて飲み物を選んでいた陽斗と穂乃香が席に戻ると、丁度そのタイミングで料理が運ばれてきた。

 そうして陽斗達は和やかな雰囲気のまま食事を始めるのだった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 穂乃香さんは画伯(笑)だったのか…
[一言] 穂乃香さんの初ドリンクバーなんか可愛いですね。彼女は何の飲み物を選んだのかな?イメージだとアイスティーだけど意外とオレンジジュースだったりして…まぁ流石にメロンソーダとコーラのミックスはやら…
[一言] 帰還した勇者以来に先生の作品を拝読しました あちらとはまたガラッと変わった雰囲気ですね でもこういうほのぼのした感じも好きです まあたまには不穏な感じのお話もありますがww 桜子さんはフ…
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