第38話 生徒会の初仕事
5月も後半になり天気が崩れることが増えてきた頃、黎星学園の中等部と高等部の生徒会が合同で主催するチャリティーバザーが行われる。
市内にある運動公園のグランドを利用して行われるフリーマーケット形式のバザーだが、売り上げは経費を除いた全額が主に難病の子供や交通遺児の支援をおこなっている団体などへ寄付される。
バザーの商品は生徒の家などの不要品や美術科の学生が製作した作品、音楽科有志によって演奏・レコーディングされたCDなどで、不要品に関しては新品或いは状態の良い品で、バザーのために購入することと食品は不可となっている。
良家の子女が通う、近隣でも随一の私立学校。
そんな生徒達の家から持ち寄られた品々は当然の事ながら質の良い物ばかりだ。
体面的にも下手な物を出すわけにはいかないという意識があるのかもしれないが、日用品から服飾、雑貨、調度品など、様々な品が市場価格を無視した値段で販売されるとあって毎回相当な賑わいであるらしい。遠方からわざわざ駆けつける人も多いのだとか。
それに加えて、芸術科の生徒による作品やCDでも、将来一線で活躍する芸術家の卵達が数多く在籍していることもあってそういった業界の関係者がこぞって買い求めているという。
そういった事情もあり、年に2回おこなわれているこのチャリティーバザーの売り上げは相当な額に上る。
そして、陽斗にとっては生徒会の役員として初めての本格的な活動の場となる。
もちろんこれまで数回にわたって打ち合わせは重ねられており、役割分担や段取りは経験豊富な先輩達によって決められているので陽斗はそれに従って動くだけだ。
一応の目安として生徒が持ち寄る品は一人2品までとなっていて、出品するしないは各自の判断ということになってはいるが、それでも各クラスでかなりの数の品が集められている。
それを学年毎に割り当てられた場所に陳列して販売するのだが、当然の事ながら中等部、高等部の生徒会役員だけでは人手が足りないので各クラスから2名ずつ選出された生徒が手伝いにかり出されている。
それらを采配するのも生徒会役員の役目なのだ。
とはいえ、経験の無い陽斗にそんなことができるはずもなく、それは穂乃香や別の役員が受け持ち、陽斗は小間使い的な雑務を主に担当することになった。
「陽斗さん、申し訳ありませんが商品の下に敷く布が足りないようですのでもらってきていただけますか?」
「あ、うん! 運営本部だよね? すぐに行ってきます!」
陽斗を扱き使うというのに抵抗があるのか、穂乃香は申し訳なさそうに陽斗に指示をするが、陽斗はこうして仕事を任されるのが嬉しいようで元気いっぱいに返事をして足早に資材がおいてある運営本部に向かう。
商品の梱包と運搬は業者がおこなったが陳列は各学年でおこなわなければならない。
事前に提出されているリストを確認しながらあらかじめある程度は決められているのだが、想定していたよりも大きさが異なったり見た目の印象などで置き場を変更したりするので陳列用のテーブルや布が余ったり足りなくなったりすることも多い。
陽斗の体格と筋力ではテーブルを運ぶことは難しいのでこうした細々とした雑用を精力的にこなしているのだ。
この場には中等部の生徒も半数いるのだが、それでも陽斗と同じ程度の背丈は女子生徒が数人居るばかりであり、高等部生徒会の腕章を着けているのも相まって結構目立っているようだ。
さすがにあからさまに奇異の目を向ける生徒は居ないものの不思議なものを見るような目で見られたりする。
幸いなことにその中に入学初日や生徒会の初会合で浴びせられたような嘲るようなものはなく、単に小動物あるいは仔犬めいた男子生徒がちょこちょこと忙しなく動き回っているのが興味深いというものがほとんどであるようだ。
頼まれた物を受け取って戻ると、穂乃香はクラスで選抜された生徒達に陳列の指示をしていて声を掛けるのは憚られた。
なので陽斗は近くを動き回りながら手の足りていなさそうな場所を探そうと背伸びをしながら首を巡らす。
と、少し離れた場所で中等部の生徒に指示出しをしていたとある生徒、先月の会合時とその翌日に絡んできた桐生貴臣と目が合う。
陽斗はまた貴臣に何かいわれるのではないかと思わず首を竦める。が、貴臣は一瞬忌々しそうに睨むような視線を向けたものの、何かを言うことも陽斗に近づいてこようとする素振りも見せず、フイッと目を逸らすと別の場所に行ってしまった。
その様子に陽斗はホッと息を吐く。
高校生活ではできるだけ多くの人と交流し、沢山の友達を作りたいと思っている陽斗である。
その対象は穂乃香達だけでなく、藍子や他のクラスメイトもそうだし初日や校内清掃のときに絡んできた男子生徒とも機会があればもっとしっかり話をしてみたいと思っているくらいだ。
だがその中で陽斗は今のところ貴臣とだけは親しくなりたいとは思っていない。
それが大切な友人である穂乃香のことを狙っているからなのか、それとも別の何かを感じているからなのかは陽斗自身判然としていないのだが、いずれにしても近づきたい相手でないのは確かだ。
そんな貴臣が自分から距離を取ってくれるのならそれに越したことはない。
「西蓮寺君、手が空いているのかい?」
再びキョロキョロと仕事を探し始めた陽斗はその言葉に振り向く。
「はいっ! あ、鷹司先輩、何かすることありますか?」
まるでボールを投げてもらうのを心待ちにして尻尾をフリフリする仔犬を幻視するかのような陽斗の表情を見て、雅刀は思わず吹き出しそうになった口元を隠す。
その雅刀の隣には艶やかな黒髪の生徒会長もいる。
「お手すきならわたくしの仕事を手伝っていただこうかしら。雅刀さん、警備の方はお任せしますわ」
「わかりました。それじゃあ西蓮寺君、また後で」
そう言って柔らかく笑みを浮かべた雅刀に、こちらも笑顔で頭を下げる陽斗。
それを見て何故か雅刀が笑いを堪えていたが理由がわからず陽斗は首を捻るばかりである。
「それでは西蓮寺さん、行きましょうか」
会場の入口近くに設置された警備本部に向かって歩いていった雅刀を見送るとその場に残った生徒会長、錦小路 琴乃がそう陽斗を促した。
「は、はい。よろしくお願いします!」
予想外に琴乃とふたりきりになってしまったことで若干ドギマギする陽斗。
ただでさえ相手は最上級生で、なおかつ清楚な雰囲気を持つ美人である。
陽斗に邪な気持ちなどなくてもいきなり二人だけになれば緊張しようというものである。ましてやコミュニケーション能力に自信のない陽斗であれば尚更だ。
琴乃の歩みはゆっくりとしたもので、小柄で歩幅の狭い陽斗でも付いていくのに苦労はない。
「えっと、僕は何をしたらいいんでしょう」
仕事内容を聞いていない陽斗が若干の緊張を孕ませて訊ねると、琴乃はクスリと上品に笑う。
「それほど難しい事ではありませんよ。ただ私と一緒に会場を見回って作業の進捗を確認したり問題に対処したりするだけです。
もっとも各学年の役員は優秀な方達ばかりなのでほとんどの場合は報告を受けるだけなので」
言われた内容に首を捻る陽斗。
そうであるなら別に自分はいらないんじゃないかという思いも湧いてくるが、わざわざそれを訊ねるのも失礼かもしれないと考えて曖昧な顔をしてしまう。
そんな陽斗の様子に、琴乃が口元に手を当ててコロコロと笑う。
最初に会ったときは物静かでお淑やかな印象を受けたが、貴臣に対する言葉といい見た目のイメージで判断できる女性ではないらしい。
「何かあったときにわたくしの代わりに運営本部に行っていただく必要もありますし、その場で対処できるように誰か連れていきたいのです。
と、いうのは建て前で、機会があれば西蓮寺さんとお話がしてみたかったのですよ」
どこか悪戯っぽい表情で言う琴乃にますます困惑する陽斗。
自分がそれほど注目に値する人間だという自覚がないので生徒会長という立場の、それも穂乃香の話では四条院家や天宮家をも超えるほどの家格と資産を持っているらしい錦小路家の令嬢が、どこにでもいる平凡な自分(注:陽斗の自己認識)の何が気に掛かるのか想像も付かない。
そんな陽斗の心情を察したのか、琴乃はますます面白そうにコロコロと笑った。
「四条院さんは西蓮寺さんと知り合って随分と印象が変わりました。
中等部の頃の彼女は、優秀ではありましたけどどこか張り詰めた表情をしていて自分が完璧でなければならないと思い込んでいるようでしたね。
天宮壮史朗さんも似たような印象で、そのせいか互いに忌避している様子が見られたほどです。
ですが、西蓮寺さんが入学された日に四条院さんを見たら自然な形で肩の力が抜けて、それでいて芯の強いところですとか真面目なところはそのままで、とても驚きました」
「そう、なんですか?」
琴乃の話を聞いても陽斗にはピンとこないままだ。
陽斗からすれば最初に会ったときから穂乃香は優しくて親切だったし、表情だって豊かだったからだ。
「天宮さんもそうですね。
彼は自分にも他人にも厳しくて言葉を飾ることをしないのであまり人と関わろうとはしていなかったように見えましたね。
孤高と言えば聞こえは良いのでしょうが、ともすれば無用の敵を作ることになるでしょう。
そんな天宮さんが今では四条院さんまでも交えて昼食を取り、同級生と冗談を言い合っています。彼の事を以前から知っている方達は皆驚いていますよ」
そう言われてさらに陽斗は首を捻る。
といっても傍から見ると小首を傾げているとしか見えないのだが、それはともかく、壮史朗に関しても陽斗の認識と違いすぎて現実感がない。
壮史朗も無愛想で口が悪く皮肉屋ではあるが、入学初日から陽斗を助けてくれたし高いプライドとそれを裏打ちするための努力を惜しまない。
それに取っつきにくい面はあるが基本的に面倒見が良くていつもさり気なく陽斗を思いやってくれているのだ。
そのせいか、同性であることも相まって陽斗もついつい壮史朗と賢弥を頼ってしまうことが多い。
「常にそれぞれの家の名に恥じない姿勢を求められている身上ですから以前までのお二方の態度は理解できるのです。私もある意味似たような立場ですし。
そんな四条院さん達が西蓮寺さんと出会ってわずかな期間でガラリと印象が変わったのですから」
そう言って微笑む琴乃になんと返したらいいのかわからない陽斗。
陽斗としては穂乃香にも壮史朗にも何かをした覚えがないのだから当然だ。
「それこそが西蓮寺さんの力かもしれませんね」
琴乃がそこまで言ったとき、生徒会の腕章を着けた男子生徒が琴乃を呼びながら駆け寄ってきた。
「あら。本日はここまでのようですね。
また機会を作って、今度はゆっくりとお話ししましょう。
もう少しでバザーが始まりますので、西蓮寺さんは担当のブースへ向かわれたほうが良いでしょう。
それでは、御祖父様にもよろしくお伝えください」
琴乃はそう言って役員の方に歩いて行ってしまった。
結局何をするでなく、琴乃と並んで話をしながら歩き回っただけになってしまった陽斗はよくわからないまま仕方なしに穂乃香達のいる高等部1年のブースへ足を向けたのだった。




