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実家に帰ったら甘やかされ生活が始まりました  作者: 月夜乃 古狸


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213/221

第213話 周到な罠

 10台を超えるモニターに映し出される映像を食い入るように見つめる複数の者たち。

 映像は数秒ごとに切り替わり、全てのモニターを合わせると200台以上のカメラがデータを送ってきているのがわかる。

 映されているのは煌びやかなパーティー会場と思われる場所や廊下、階段、トイレの出入口、エレベーターや非常口まで、大凡建物の内部とその周辺にいたるまで、全ての場所を網羅していると思われた。


「現れました!」

「顔の照合も問題ありません。本名、(とう)(どう)(えい)()、現在は(いし)(じま)(たか)()と名乗っています。もうひとりは本名(あお)(やま)(もと)()、こちらは(さい)(とう)(ひろし)という偽名です。車を運転しているのは郭辰逸(クオチェンイー)劉浩然(リュウハオラン)の部下のようです」

 インカムを着けたオペレーターの言葉に、大山は苦々しい表情を浮かべる。


「確か、陽斗さまの中学時代のイジメの主犯とそれを助長させていた教師だったな。家が没落したり職を失って配偶者に捨てられたのを逆恨みしていたようだが、どうやら人生までも投げ捨てるつもりらしいな」

 事前に確認していた陽斗に危害を加える可能性のある人物としてリストに載っていた内容を思い出して呟く。

 藤堂や青山だけでなく、これまで陽斗が関わった、あるいは陽斗の行動によって不利益を被った人物について重斗は徹底的に調べ、不穏な言動を取る者はすべて監視している。


 もちろんそれには莫大な金額と人員が必要となるが、重斗にとってそれは必要な出費であり、皇家の資産から考えればそこまで大きな負担とはならない。

 それに、大半の人物は数ヶ月もすると監視対象から外されるので際限なく増え続けることもない。

 怒りや憎しみを維持するためには相当なエネルギーが必要で、普通の人はそこまで持続することはないのだ。


 だが、藤堂や青山、穂乃香への誘拐未遂事件を起こした桐生貴臣などは完全に身を持ち崩しており、度々陽斗への恨みを口にしていたことから特に厳重な監視が行われていた。

 当然、劉が接触したことも当初から把握しており、その目的も容易に推測することができた。

 ただ、厄介なのが、それがわかっていてもその時点では手の出しようがないということだ。

 もちろん彼らが些細な法律違反すらしていないというわけではないので、何らかの理由をつけて拘束したり刑務所に入れることは不可能ではないが、それは問題を先送りするだけのこと。

 場合によってはさらに憎しみを募らせてしまう恐れもある。


 さらに、重斗の存在が邪魔な隣国の実業家が何やら企んでいる気配があったため、あえて接触させて行動を起こさせることで後顧の憂いを絶とうという案が提案された。

 だがそうなると陽斗が標的となる可能性が高く、当然警備責任者である大山は大反対したし、重斗も難色を示した。

 が、どれほど厳重な警戒をしていたとしても365日24時間わずかな隙も与えないなどたとえ国家元首であっても不可能だ。

 なので結局、確実に追い詰める準備を整えた上で、あえて隙を見せて暴発させることが決まったわけである。


「青山と藤堂が車から降りました。郭のほうはホテルから離れるようです」

「郭を尾行させろ。青山たちの監視を強化。絶対に目を離すな」

 厳しい表情を崩すことなく大山は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 大山には苦い失敗がある。

 学園のすぐそばとはいえ、不特定多数の人が通ることができる場所を護衛もなしに陽斗と穂乃香が歩き、誘拐されかけるという事件が起きた。

 その際、穂乃香を助けるため陽斗が大怪我をし、しかも危うくナイフで刺されるところだった。

 大山としては、その事件は完全に彼の油断であり、学園から陽斗が出た瞬間から安全を保証する責務があったと考えている。

 陽斗の懇願によって警備責任者の立場は維持されたが、それ以来大山は陽斗が髪一筋すら傷つくことの無いように細心の注意を払っているのだ。


 今回の作戦も、陽斗自身が了承しているとはいえ絶対に危険な状況にはしないと、皇家の経理担当者が悲鳴を上げるほどの資金を使い、人脈、経験、直感など大山の全ての力を使って万全の態勢を敷いている。

「青山と藤堂が会場に入りました。招待状は正規の物のようです」

「入手ルートは確認できているな? 連中が動き次第、公安と警視庁、各県警本部に連絡して関係先を押さえる。準備は整っているか?」

「もちろんです。こちらからの連絡が行き次第、全国の企業と団体、120ヶ所を捜索するためすでに待機しています」

 財界のみならず、超法規的手段をも可能にするほどの政界・省庁への皇家の影響力を存分に使いまくった桁外れの包囲網だ。さらには国税当局も食指を動かしているらしく、行動を起こしたが最後、捜索を受けた企業・団体だけでなく、少なくない政治家や官僚も巻き込んだ騒動となるだろう。


「ふたりが給仕の女性スタッフと接触しました。移動します」

「リネン室に隠されていた荷物を回収しました。トイレで着替えるようです」

「荷物の中は確認済みです。凶器も殺傷力の無い物に交換してあります」

「穂乃香嬢に連絡。B地点へ移動を要請してくれ」

「陽斗さまと穂乃香さんが会場を出ました」

「B地点まで15m。青山と藤堂が動きました」

「よし、確保!」




Side 劉 浩然


 横浜にある高級ホテル最上階のロイヤルスイート。

 日本らしい華美ではない品の良い調度品がさりげなくおかれているだけの落ち着いた部屋だ。

 自国だとことさら高級なのを強調するためにギラギラと飾り立てることが多いが、私はこの方が好みだ。

 もっとも、この部屋のメインゲストである老人、(ホアン) (ウェイ)大人(ターレン)はそんな物は目に入らないかのようにイライラと部屋を歩き回っている。


「まだ連絡は無いのか」

「はい。ですがまだパーティーは始まったばかりです。結果が出るにはもう少し時間が掛かるかと」

 そう答えると、黄大人は舌打ちして不機嫌そうにソファーにどっかりと座り込んだ。

 すでに70を超えているらしいが元気なことだ。

 まぁいい。

 この機に疑問に思っていることを聞いておこう。


「しかし、何故あの少年をそこまで敵視するのですか? 確かに皇の後継者であれば警戒するのもわかるのですが」

 私が問うと、黄大人は苦々しく表情を歪める。

 だが、その目にはどこか怯えのような色が見えた気がするのだが考えすぎだろうか。

「……あれは、駄目だ。放っておけば必ず災いになる」

「災い、ですか? それは誰にとって」

「儂に決まっているだろう! あ、いや、儂だけではない。皇の牙城を崩そうとする者全てにとってあの子供は天敵となる」


 天敵?

 あの無害そうな子供が?

 私はあの皇の孫という少年を思い浮かべるが、どうにもピンとこない。

 確かになかなかに鋭い子供だという印象はある。

 それに運も良いのだろう。

 こちらの計画の多くに偶然にも関わることになり、その聡明さでことごとく邪魔をしているのだからそれは疑いない。

 

 おそらく有能な実業家である皇氏の薫陶が大きいのだろうが、それでも過保護にし過ぎたのか人を信用しすぎる甘さが見てとれる。

 頭角を現す実業家というものは若い頃からどこか鋭さを感じさせる面が見られる。だがあの少年にはそういった迫力はまったく感じられない。

 ビジネスの世界というものは結局のところ騙し合い、出し抜き合いながら力をつよめていく。

 もちろん優秀なブレーンを揃えることで、皇の莫大な資産を活用してある程度の成功を収めることはできるだろうが、その程度だ。

 とても黄大人の言うような危険な存在とは思えない。

 ただ、黄大人は長年にわたってあの生き馬の目を抜く苛烈な大陸で一から身を立てた国でも屈指の実力者。

 私には見えないものが見えているのかもしれない。


「……とにかく、吉報を待ちましょう。何か飲み物を飲まれますか?」

「そう、だな。ブランデーをもらおうか」

「承知しま、失礼します。なに? わかった。通してくれ」

 黄大人のために酒を用意しようとカウンターに近づくと、タイミング悪く電話が着信を伝えてきた。

 そして電話口で伝えられた内容に驚いたが、そうか、これは決着を見たということか。


「どうした? 何があった」

「終わりを告げる鐘が鳴ったのですよ。黄大人、貴方の」

 電話の内容が襲撃の結果を伝えるものではないことがわかったのだろう。

 訝しげに訊ねた黄大人に答えたのは部屋の入り口から聞こえてきた声だった。

「っ!? な、何故貴様がここに?」

 声の主は壮年の鋭い眼光の男。

 私のよく知る人物だ。


「劉、ご苦労だったね」

「恐れ入ります。(リュ)大人」

 私に向けて穏やかな笑みを浮かべる男に、私は礼を尽くして頭を下げる。

 彼の名は呂光龍(リュ・グンロン)

 シンガポールを拠点にしているが、世界中の華僑を取り仕切る老師のひとりだ。


「劉、貴様まさか」

 私の呂大人への態度に黄大人が愕然とする。

「彼を責めないでくれ。私の命令で貴方のために働いていたのだから。実際役にたっていただろう?」

 そう。

 私は厳密には黄大人の部下ではなく、呂大人の部下だ。

 といっても黄大人の言動を時折報告するくらいで、私が黄大人の命令を忠実に守り遂行してきたのは事実だ。

 実際、黄大人が本国で権力を握ったままなら最後まで忠実な部下として職務にあたっていたことだろう。


「裏切っていたのか、儂を」

「いいえ。私は黄大人の命令を忠実に守ってきました。ただ私にはもうひとり上司がいたというだけです」

「だ、だが、ならば何故ここに貴様が居るのだ!」

 黄大人は私から呂大人に視線を移してそう詰問する。

「それは貴方が道を誤ったからですよ。本来この国への伸張はもっと時間をかけなければならなかった。しかし貴方は自分の年齢を気にして拙速に進めようとして皇氏の警戒をよんでしまった」

「…………」


「そして、よりによって(てん)(げん)の持ち主と敵対するという愚を犯した」

「呂大人、その天眼というのは?」

 思わず口を挟んでしまう。

 その天眼というのはもしかして黄大人が過剰に危険視した皇の孫のことではないかと思ったからだ。


「おや? キミは知らないのか。天眼というのは元々仏教の言葉らしいのだけどね、六神通のひとつで目に見えないもの、遠くの物だったり隠された物だったりを見通すことを指すのだけど、私たちはまるで天のように全てを見通す洞察力を持つ能力という意味で使っているよ」

「全てを、見通す」

「仏教的にはその上に慧眼というものがあるそうだけど、私たちのイメージは天が最上のものだからね。まぁ、それはどうでもいいとして、黄大人にもわかっていたはずだよ。皇氏の令孫がその天眼の持ち主だとね」


「そんなものは迷信に過ぎん!」

 黄大人はそう声を荒げたが、呂大人は軽く笑って首を振る。

「そうかもしれないね。でも、その少年が尋常じゃない洞察力を持っているのは確かだよ。何しろ何年もかけて潜り込ませた同朋を一目見ただけで炙り出してしまったんだからね。それも一度だけでなく何度も。黄大人、貴方はそれを知っていたはずだ。けれどそれを甘く見て、迂闊にも直接()()()しまった」

 

「…………」

「その時にようやく理解したのだろうが……つい先程、貴方が送り込んだ凶手は何もできずに捕まり、同朋の組織の多くに司直の手が入ったよ」

「んな!?」

 黄大人が驚愕のあまり常にないほど動揺するが、驚いたのは私も同じだ。

 十分な用意が調わないうちの行動のため、計画が失敗することも想定していたが、それにしても早すぎる。


「以前から準備していたのだろう。しかも私たちと繋がりのある政治家や高官に情報が伝わらないように徹底的に秘匿していたようだから、私たちが動きを掴んだ時にはすでに手遅れだった。近日中には政財界や霞ヶ関を巻き込んだ大騒動が起こるはずだ。20年以上かけてこの国の中枢に張った網はもう使い物にならない」

 呂大人の言葉に、黄大人はまるで()(びと)のような顔色で震え出す。

 当然だろう。

 彼の拙速な行動によって、同朋が長い年月と莫大な資金を使って籠絡してきた多くの政治家や官僚が失脚するのは間違いない。

 それを引き起こした黄大人を本国の権力者が許すはずが無い。

 ……楽には死ねないだろうな。


「さて、そろそろ行こうか。もちろん劉、キミにも付き合ってもらうよ」

「どこへ向かうのですか?」

 私が訊ねると、呂大人は答えることなくクスリと笑うと部屋を出ていってしまった。

 仕方なく私も後を追う。他に選択肢は無いからだ。

 命令とはいえ黄大人に従い、皇の孫に危害を加えるために暗躍した私は間違いなく皇老人にとっては憎い敵だろう。

 かといって本国に帰って黄大人と運命を共にするつもりはない。

 今は呂大人の庇護から外れるわけにはいかないのだから。


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― 新着の感想 ―
あ、あれ?あっさりーw 良いね
確かに陽斗は皇と敵対する連中にとっては後々脅威と成りうる存在だけど、だからって無理矢理にでも排除しようとすると余計に警戒されるのは事実だよな… これまでの計画は皇の情報網を持ってしても気付かれなかっ…
描写されることなく襲撃失敗&拘束された藤堂と青山… そして黄ももう少し慎重に動いてれば自分の身を滅ぼすタイミングを多少は先延ばしできたろうに…
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