見えた尻尾
3月19日 ドイツ 国防省 0901時
案の定、デンプシーは国防省に召喚となった。ドイツ陸軍のNH-90ヘリが夜明け前にユーロセキュリティ・インターナショナル社へと迎えに飛来し、その後、シュツットガルト国際空港に飛来していたドイツ空軍のA310輸送機に乗せられ、ベルリン・テーゲル国際空港まで一気にフライト。降りてすぐに陸軍のLAPVエノク軽装甲車が迎えに来ており、そのまま国防省へ連れて行かれた。
国防省はいつにも増して警戒態勢が厳重になっている。いつもならいないはずのプーマ歩兵戦闘車両が3両、警戒にあたっており、フォックス対NBC装甲車も2両、待機状態になっている。すでに、NATOは警戒レベルを"デフコン2"にしており、いつ、テロが起きてもおかしくない雰囲気となっていた。
「こんな事態になったのは、9.11以来だ。アメリカは既にテロリストの尻尾を見つけているそうだ。容疑者の候補は、既に何人かリストアップされている」
ハインリヒ・シュナイダーはデンプシーに資料を渡した。そこには"黙読のみ可能"と赤文字でスタンプが押されている。そこには、アフリカ系の30代後半くらいの男の顔写真が載せられていて、こう書かれていた。
『ジョン・ムゲンベ 1986年 ナイジェリア生まれ。一時は政治家を目指し、選挙に立候補したが、過激な思想が仇となって国外追放を受ける。その後、アフリカ各地を移動し、ある時期にはイスラム過激派と接触を持ち、中東やアフリカに旅行またはビジネスで訪れるヨーロッパ人を標的に誘拐や殺人を行ったり、欧米系資本の建物に対する爆破テロを行う。現在、インターポールなど5つの機関から殺人や誘拐など47の罪状で指名手配されている。更に、2009年に発生したエチオピアでの日本大使とベルギー総領事の暗殺にも関わったとされ・・・・・』
「どう煮ても焼いても食えない悪党だな」
デンプシーはひと通り、ムゲンベのプロフィールを読んで、そう言った。
「こいつは特に欧米や日本の海外資本を標的にしていた、小さなテロリストグループを率いていた。ところが、3年ほど前から徐々にグループを拡大し、東アフリカで最も大きなテロ・グループになっている。奴らは、特にヨーロッパ諸国を目の敵にしていて、アフリカ諸国はヨーロッパを植民地支配すべきだ、と主張している」
「それで、どうしろと言うのです?我々が奴を逮捕するか、暗殺しに行けとでも?」
「いや、そうじゃない。君らには、引き続き、欧州でのテロの対処をしてもらう。奴の確保は多分、NATOの仕事になるだろう。それから、もう一人・・・・」
『ファリド・アル=ファジル 1974年 クウェート生まれ 1990年のイラクによる侵攻の際、イラク陸軍に協力したとして国外追放。その後、レバノン、スーダン、シリアと潜伏先を変えている。2001年の同時多発テロにも関わったとされているが、2010年ころからアフリカでジョン・ムゲンベと行動している所をしばしば目撃される』
「アフリカの過激派と中東の過激派が一緒になったのか。で、このアル=ファジルとやらは、サイクス=ピコ協定やフセイン=マクマホン協定で決まった国境をぶち壊せとでも言っているのですか?」
「まあ、そんなところだ。こいつらを片付けるのは、恐らくはNATOの仕事になるが、君らにこれに関係した仕事が舞い込んでこないとも限らない。以上だ」
デンプシーは国防省のヘリポートへと向かった。また飛行機に乗って、シュツットガルトに蜻蛉帰りだ。何度もシュツットガルトとベルリンを行き来しているので、既に慣れっこになっていた。
3月19日 ドイツ ユーロセキュリティ・インターナショナル社 0956時
現場要員たちは訓練を行っていた。MP-7サブマシンガンとP-46拳銃を使っている。マネキンにはNATO規格でレベルⅢAの防弾チョッキを着せていたが、全て穴が開いている。
「こいつがテロリストの手に渡ったら最悪だな。防弾チョッキやヘルメットが約に立たなくなる」とトリプトン。
最高規格の防弾チョッキであれば、AK-47の7.62×39ミリ弾やその後継の5.45×39ミリ弾でもある程度までは防いでくれるが、基本的には小銃弾に対しては無力である、と軍では教えられる。
「こいつは貫通力を重視した設計になっているから、破壊力は大したことはないし、大きさから考えるとホローポイント加工は難しい。せいぜい、銅の被覆の先を削ってソフトポイント化するくらいしか出来ないだろう。だが、この小銃弾並みの貫通力はやはり脅威だ」ミュラーが弾痕の状態を確かめながら言う。
「ところで」山本が口を挟んだ。「これだけ貫通力が強いと、寧ろ危険なんじゃないのか?例えば、市街戦だと貫通して無関係の人間に流れ弾が当たったりするんじゃないのか?」
「いや、そんなことにはならないはずだ。この弾は柔らかいものを貫通すると、中で縦方向にくるくる回って急速に貫通力が落ちる。FN-P90やFN57の5.7×28mm弾と同じだ。国際弾傷協会の調査だと、9mm弾より破壊力は弱いらしい」
「ほう」
ユーロセキュリティ・インターナショナル社の現場要員は―――とりわけ、危険度の高い対テロ活動に従事する"特殊現場要員"はそうなのだが―――ブラック・タロン弾やハイドラショック弾を好む。テロリストの息の根を確実に止める必要があるからだ。これがもし、人権団体とかの耳に入ったら、非難轟々だろうが、凶悪犯罪者であるテロリストの人権など、人質やその場で銃火に晒されている一般市民の前では何の意味もなさない。だから、かつて日本で人質を取っていったテロリストを狙撃して射殺した警察官が殺人罪で起訴されたという話を聞いた時、ミュラーは耳を疑った。
「まあ、事態によってはこんなちっぽけな弾は役に立たないけどな。ところで、最近、50口径を撃ったか?」トリプトンが2人に訊いた。
"ブラックスコーピオン"では全員が狙撃手の訓練を受ける。これはフランス国家憲兵隊介入群に倣ったものでこうすれば誰もがスナイパーとして活躍できる。
「いや、最近は狙撃の訓練はしていないな。今日、やってみるか」




