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避暑に行こう! 5

本日一回目の更新です!

「エンジュさん!」


玄関の扉の前に佇むその姿を見て、私は駆け寄りながらその名を呼んだ。

エンジュさんは顔を上げ、私を見て微笑み、口を開いた。


「こんにちは、クレハさん。久しぶりね。お話したい事があって来たのだけれど……少しの間、二人きりになれるかしら?」

「は、はい! なら、街に行きましょう! どこかお店に入れば落ち着いてお話できま」

「クレハ様、お待ち下さい。クレハ様の護衛として、見知らぬ方と二人きりで街になど、行かせられません。相手がクレハ様の知人でも、駄目です」


いち早く私に追いついてきたシヴァくんが、私の言葉を遮り制止をかけた。


「シヴァくん……! エンジュさんは、大丈夫だよ!」

「いいや、駄目だよクレハちゃん。僕達がその人を知らない以上、二人だけで外になんて行かせられない。僕達にはその人が信用できるのかわからないからね。……どうしてもというなら、この屋敷の客室を提供するから、そこで話してくれないかな? それなら、僕達は扉の前で待機できる。それで、構わないよね?」


シヴァくんの後ろからフレンさんがそう言いながら近づいて来て、エンジュさんに向かって問いかけた。


「ええ、それで構いません。では、お邪魔させて戴きます」

「わかった。じゃあ、どうぞこちらへ」


フレンさんに促され、エンジュさんと私は客室へ移動した。







「……さて、クレハさん。昨夜はルークが騒がせたみたいで、ごめんなさいね」


メイドさんによってお茶が出され、退室すると、エンジュさんは話を切り出した。


「あ、いえ……。……あの、馬鹿天使が、また人を間違えたって……それで、ラクロさんがその人に大変な条件出されたって聞きましたけど、ラクロさん、大丈夫なんですか? 一体、どんな条件出されたんです?」

「……それは言えないわ。ごめんなさい。ただ、ラクロ様が更に忙しくなられた事は確実よ。……だけど、ラクロ様の事は心配いらないわ。私がしっかり補佐するから」

「え? 補佐……?」

「ええ。私、少し前に、神様の命でラクロ様の補佐役についたの。ラクロ様が管理なさる三つの世界を、私も一緒に管理するのよ。副管理人って所かしら。……自分が単独で管理する世界はついに与えられなかったけど、あのラクロ様の補佐役だもの、十分だわ」


そう言って、エンジュさんは誇らしげに微笑んだ。


「だからクレハさん。ラクロ様の事は心配せず、自分の生活をきっちり送ってちょうだい? それだけでラクロ様の懸念事項は減るもの。加護を離れたとはいえ、ラクロ様は貴女をいつも気にかけているから。貴女が、無実とはいえ、元永続奴隷と関わりを持ったあの日、ラクロ様、とても心配されていたのよ?」

「えっ」


あの時、ラクロさん私を見てたの?

それで、心配させてた……?


「それは……申し訳ないですけど、何か狡い……。私、しばらく会ってないから、会って顔を見たいと思ってたのに、ラクロさんは一方的に私を見てたなんて」

「え……う~ん、そうね、狡いと言われればそうかもしれないけれど……でも、許してあげて? ラクロ様、あれで不器用でいらっしゃるのよ。そう頻繁に自分が管理する世界に降り立つわけにもいかないし、会いたいとは思っても、いつ会いに行っていいのかわからないんだと思うわ。でも、貴女も会いたいと思ってくれてるなら、これからは私がラクロ様の背中を押すわね。……あの女と接して疲弊した精神を、定期的に回復して戴かなければならないし」

「へ?」


"あの女"?

その言葉から発された一文が、突然酷く低く冷たい声で紡がれ、私は身を固くした。

その雰囲気は初めて会った日のエンジュさんを思い起こさせる。


「あ、あの、エンジュさん? い、石つぶては、駄目ですよ……? あれは、危ないです……!」

「えっ? ……嫌だ、もうあんな事はしないわよ。私だって、成長しているんだから!」

「そ、そうですか。なら、いいですけど……」

「……とにかく。貴女は自分の生活を問題なく送ってちょうだい。それが貴女がラクロ様の為にできる最大の事なのだから」


こほん、とひとつ咳払いをして、エンジュさんはそう言った。


「……はい。わかりました。エンジュさん、ラクロさんの事、どうかお願いしますね。エンジュさんも、大変でしょうけど」

「あら、私は大丈夫よ。でもありがとう。……さて、それじゃあ、私行くわね。ちょうど、貴女達の待ち人も到着したみたいだし」


そう言って立ち上がりながら、エンジュさんは窓の外を見た。

つられて私も外を見ると、一台の馬車が玄関脇に停められている。

中から、アレク様とフェザ様が降りてくる。


「旅行、楽しんで来てねクレハさん。あの辺りには今困ったさんがいるけど……貴女達ならきっと、遭遇しても大丈夫よね」

「え? "困ったさん"……?」

「大丈夫、問題ないわ。それじゃあまた。良い旅行をね」


その言葉を最後に、エンジュさんは姿を消した。


「えっ! エンジュさん……!!」


最後の言葉は、一体何!?

ていうか、玄関から帰って下さい!

扉の外に皆がいるのに……ど、どうやって誤魔化したら……!!

この世界、瞬間移動の魔法ってあるんだっけ!?


私は戸惑いながら、恐る恐る客室を出た。

扉の前にはやはり皆が揃っている。

一人で出てきた私を見て、フレンさんが首を傾げた。


「あの人は?」


そう尋ねられて、私は俯きながら口を開いた。


「か、帰りました。……瞬間移動の魔法を、使って……」


どうかそういう魔法がありますように、と、私は強く祈った。


「「「 ……瞬間移動の魔法? 」」」


う……っ、そういう魔法ないの……!?

ど、どうしよう!?

三人が口を揃えて不思議そうに言った言葉に、私は内心でそう頭を抱えた。


「……へえ。どこか他国では、そういう魔法があるんだね。君の"お兄さん"も、突然現れたし。なるほどね」

「瞬間移動……他国の魔法は、便利ですね」

「ああ……! 他国の魔法なんですね! 彼方にある魔法大国の魔法でしょうか? 凄いですね!」


へ、た、他国の魔法?

魔法大国?

そんな国があるの?

……け、けど良かった。

なんとか納得してくれたみたい……。

私は目を閉じ、そっと安堵のため息を吐いた。

フレンさんとシヴァくんが、そんな私をじっと見つめ、次いで顔を見合わせて、頷き合った事には、気づかなかった。

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