避暑に行こう! 4
今日一回目の更新です。
今日もこれのみ。
翌朝、私はいつもより早い朝食を取ると、庭へ出た。
「……それじゃあ、イリスさん。動物達と畑の世話、どうかよろしくお願いします。ジュリアさん、レナさん。家事、お願いしますね」
私は見送りをと外へ出てきてくれた三人を振り返り、そう言って軽く頭を下げた。
「は、はい。おまか……任せて、クレハちゃん! 私、しっかり動物さん達と畑を守りますから、心配はいらないですから……!!」
「家の事も、何も心配はいらないわよ、クレハちゃん?」
「イリスさんとも、仲良くするわ。だから心配しないで?」
「? ……はい。お願いします。じゃあ、行って来ますね」
何で三人とも、"心配いらない"って事、強調するんだろう……?
私は内心首を傾げながら、持っていた魔法のじゅうたんを広げた。
「それじゃ、行こうか。シヴァくん、ギンファちゃん、フレンさん」
「……はい」
「は、はい、行きましょう!」
「うん。……じゃあ、あとはくれぐれもよろしく。三人とも」
私達は魔法のじゅうたんに乗り込み、街へと出発した。
魔法のじゅうたんを操りながら、私はどこかボーっと流れる風景を見つめていた。
脳裏に浮かぶのは、昨日の馬鹿天使の言葉とラクロさんの姿。
ラクロさん……大丈夫かな……。
どうしてもその事が気になって、これから楽しい旅行だというのに気持ちが沈む。
「……クレハ様。俺の髪……撫でていいです」
「…………えっ?」
ふいに耳に飛び込んできた言葉に意識が引き戻される。
私はゆっくり顔を動かし、声の主を凝視した。
……髪を、撫でていい……シヴァくん今、そう言った?
え、え?
何で、そんな、突然?
「あ、あの、クレハ様、私のも! 髪だけじゃなくて、尻尾もいいですよっ!」
「へ?」
ギンファちゃんまで……な、何事?
私は状況が理解できず、二人の顔を交互に見つめた。
「……君が元気ないから、二人とも心配してるんだよ、クレハちゃん。もちろん僕もだけど。……留守番の三人も、自分達の事が気がかりなんだろうって、あんなに心配ないって強調してたんだよ?」
「え……?」
「一体どうしたのさ? 昨夜までは、いつも通りだったっていうのに」
「……あ……」
そっか……私の様子がおかしいから、皆が心配してたんだ……。
「あの……ごめんなさいフレンさん。ちょっと、気になる事があって、それで。シヴァくんとギンファちゃんも、ごめんね」
「いえ……」
「クレハ様、その気になる事って何ですか? おうちの事なら、大丈夫だと思いますよ?」
「あ、ううん、家の事じゃあ、ないんだ。別の事」
「別の事? 何さ?」
「……えっと……。お、お兄さんの事で、ちょっと」
「お兄さん? ……あの人がどうかしたの?」
「え? フレンさん、クレハ様のお兄さんを知ってるんですか?」
「まあね。一度だけ会った事があるんだよ。ハイヴェル邸に、アイリーン様を訪ねて来た時に。……で、あの人がどうしたの? クレハちゃん」
「……いえ、その……お仕事が、凄く大変になったみたいでして……大丈夫かなって、気になって……」
「仕事……? ……まあ、色々突っ込みたい事はあるんだけど、君を困らせるだけだろうしね。とりあえず……。……仕事に押し潰されるほどヤワなわけ? 君の"お兄さん"」
「……。……いえ……そうですね。大丈夫です、きっと……たぶん……」
……そうですよね?
ラクロさん……。
「……元気出しなよ。"お兄さん"の仕事の事なんて、君が気にしても仕方ないだろう?」
「そうですよ、クレハ様! 元気出して下さい! 私の髪や尻尾で良ければ、気分転換に思う存分撫でていいですから!」
「……俺のも。どうぞ」
そう言って、ギンファちゃんとシヴァくんは、私に向かって尻尾や頭を差し出した。
「えっ……! い、いいよ二人とも、そんな……!! わ、私は大丈夫だから! 元気出たよ、うん!! そ、それにしても、旅行楽しみだね! シュピルツの街ってどんな所だろうね~!!」
私は目の前に差し出された銀髪ともふもふの誘惑から目を背け、誤魔化すように無理矢理話題を変えた。
「クレハ様……本当に大丈夫ですか? 撫でるくらいなら、構わないですよ……?」
「……クレハ様、今まで一度も撫でませんけど……我慢は、よくないです」
「だ、大丈夫だから!! 本当に!!」
「……ぶっ……! ははは……っ!」
だからお願い、誘惑はやめて!!
私、友人を撫で回すような変な人にはなりたくないから!!
そしてフレンさん!!
笑ってないで止めて下さい~~!!
「おはようクレハ! いい天気で良かったね!」
「……うん、おはようアージュ。晴れて良かったよね……暑いけど」
「……クレハ? どうしたの? 何か、疲れてない?」
「ううん、大丈夫……気にしないで……」
「???」
ハイヴェル邸に着くと、すでに来ていたアージュが出迎えてくれた。
一緒にアイリーン様の私室へ向かって歩き出す。
「あのね、アレク様と王子様はまだ到着されてないの。でももうすぐ来るから、そうしたらすぐに行きましょうって、アイリーン様が言ってたよ」
「そう、わかった。……アイリーン様は?」
「応接室でお客様とお話してるよ。アイリーン様は『軍団長さん』って呼んでたけど……」
「え? ……それって、この街の駐屯軍の団長様?」
「うん、だと思う。見たことある人だったし。警護がどうとかって、言ってたよ」
「警護……」
侯爵家の人間が二人と、王子殿下が一緒に旅行となれば、道々交代で騎士様の警護がつくのかな?
その最終確認なのかな。
「あっ、いたいた、クレハちゃん! 待って!」
「え?」
アイリーン様の私室はもうすぐそこ、という所で、私はメイドさんに呼び止められた。
メイドさんは早足で私の元にやって来る。
「クレハちゃん、貴女にお客様よ。エンジュさんっていう女性なんだけど、知っている? 知らないとか会いたくない人なら、追い返すわよ?」
「えっ!! エンジュさん……!?」
「あっ、クレハちゃん!!」
「クレハ……!?」
「クレハ様!!」
その名を聞いて、私は一目散に駆け出した。
後ろから皆が慌てたような声で私の名前を呼んだけど、立ち止まらなかった。
サブタイトルは"避暑に行こう!"なのに、ちっとも避暑に出発しませんね……どうしてこうなった。




