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避暑に行こう! 3

本日一回目の更新です。


今日もこれのみ。

夜になり、皆で楽しくご飯を食べ、ゆっくりお風呂に浸かったあと、私は自室に戻った。


「明日はいよいよシュピルツの街に向かって出発かぁ。どんな所だろう。湖で泳ぐのはもちろん、街の観光もして……あ、ギルドはあるのかな? あったら絶対覗かなきゃ。新しい錬金術の材料、あるかもだし。う~ん、今回、お金はいくら持っていこう? ……採取地は……ないのかな? あるなら行きたいなぁ。街に行ったら聞いてみようかな……」


まだ見ぬ街に思いを馳せ、私はぶつぶつと一人ごちた。


「ああ、楽しみだなぁ。さて、明日に備えて、今日はもう寝ないとね」


そう言って、私はベッドへ向かった。

すると。

突然目の前に何かが現れ、ドン!とぶつかった。


「わっ!? いったぁ……!!」

「あっ!? す、すみません! 華原さん!!」

「へ……? ……あれ、馬鹿天使? わ、久しぶりじゃない! 元気だった?」


突然現れたものの正体は、馬鹿天使だった。

去年の秋以来に見るその姿に私は嬉しくなり、明るく声をかけた。


「は、はい、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。……えっと……華原さん。どこか隠れる場所はありませんか?」

「……へっ?」


隠れる場所……?

挨拶もそこそこに、いきなり言われたその言葉に、私は目を瞬いた。

そしてなんとなく一歩下がり、改めて馬鹿天使を見ると、どこか青ざめた顔をし、オドオドとして、挙動不審だった。


「……ねえ、馬鹿天使? 隠れるって、何から?」

「えっ!! ……ええと……じ、実は、今皆でかくれんぼをしていまして……!!」


私の問いに馬鹿天使は顔を強ばらせ、そんな事を言い出した。


「……へえ、かくれんぼをねえ? それは楽しそうね? 皆って、誰と誰?」

「えっ!! ……ええと……み、皆です!! エンジュと、先輩と、神様と……とにかく皆です!!」

「ふぅん……? ……エンジュさんはとにかく、ラクロさんはそんな事しそうにないけど……ていうか、神様がかくれんぼって、どうなのそれ?」

「す、するんですよ、先輩だって! それに、神様がかくれんぼしたっていいじゃないですか!!」

「……いや、うん、まあ、別にいいけど……」


……どうでも。


「"どうでも"!? ……って、いや、こんな事してる場合じゃない、逃げなきゃ……隠れなきゃ……!!」

「……ちょっと、"逃げなきゃ"って、かくれんぼなのに何で逃げるのよ?」

「えっ!! そ、それは……て、天界のかくれんぼは、逃げるのも含まれているんです!! という事で、タンス借ります!!」

「へっ!? タンスって……ちょ、ちょっと!!」


私が止める間もなく、馬鹿天使はタンスの開き扉を開け、中に入って扉を閉めてしまった。


「あんた……仮にも乙女の服がしまってあるタンスに……はぁ。……ねえ、今度は何したのか知らないけど、素直にラクロさんに謝ったほうがいいと思うよ?」

「だ、駄目です! 今先輩に会ったら僕は即殺されます!!」

「はあ? ……殺されるとは、穏やかじゃないわね。一体何したのよ?」

「……う……! ……ぼ、僕だって、今回は、ちゃんと、失敗しないように、行く前にきちんと確認して……!! それなのに……!!」


タンスから発せられる馬鹿天使の言い分けのような声は、だんだん涙声になっていく。


「……きちんと確認したのに、何で失敗するのよ……?」

「う、だ、だって……! ……同姓同名の同じ年齢の女性がいて、髪型も一緒で、でも髪の色だけは違ったから、それをしっかり確かめて行ったのに……! なのにまさか、直前で茶髪の女性は黒髪に、黒髪の女性は茶髪にするだなんて、思わないじゃないですか……!!」

「は?」


……同姓同名の、同じ年齢の女性?

茶髪は黒髪に、黒髪は茶髪に……?

……それって……まさか。


「……あんた、私の時と同じように、あの世に迎える人を間違えた……とか言わないわよね?」

「……うっ……!! ……だ、だって……!!」


……図星なわけね……。


「……はあ、呆れた。同じ間違いしてどうするのよ……。それで、二度目だからラクロさんに殺されるって逃げてるわけ?」

「……っ。ち、違うんです……それだけなら、僕だってこんなふうに、逃げたりしません……」

「"それだけなら"? ……他にも何かしたのあんた?」

「い、いえ、僕じゃなくて……!! ……間違えた、その人が……華原さんと同じく、僕じゃなく先輩の加護を、望みまして……」

「ああ……まあ、そうでしょうね」


普通は、間違えて自分を死なせたようなドジな天使の加護なんか、怖くて嫌だろう。


「それで、また仕事が増えるって、ラクロさんが怒ったわけ?」

「……増えるなんて、ものじゃないんです……っ。そ、その人、物凄く我が儘だったみたいで……先輩に、とんでもない無理難題を条件につけてて……!!」

「……とんでもない、無理難題? ど、どんなのよ?」

「そ、それが……っ。……あああああ!! 先輩に殺されるぅぅっ!!」

「へっ!?」


馬鹿天使が突然そう発狂すると同時、タンスがガタガタと揺れだした。

え……ちょっと、何これ。

ここまで怯えるって、その人、一体どんな事をラクロさんに望んだっていうの……!?

ラ、ラクロさん、大丈夫なのかな……?


「はっ!! せ、先輩の気配が近づいてくる……!!」

「えっ?」

「か、華原さん!! 先輩には、僕はいないって言って下さい!! でないと僕は殺されます!! お願いします!! 絶対ですよ!!」

「え、あの、いや、あんたさ」

「はぅっ!! 来る!! 華原さん、お願いしますね!!」

「……ええと」


あんたがラクロさんの気配を感じ取れるなら、ラクロさんもあんたの気配を感じ取れるって事だよね?

……なら、隠れても意味ないんじゃない……?

私がぼんやりとそんな事を考えると、背後から光が溢れた。

あ、懐かしい。

ラクロさんが来るときの前触れだ。

そう思って後ろを振り返ると、光の中からラクロさんが現れた。


「ラクロさん……! お久しぶりです!」


こんな状況でも、ラクロさんに会えた事が嬉しくなって、私は笑顔で挨拶をした。

けれどラクロさんは、凍えるような冷たい顔と声で、言い放った。


「華原さん。今は貴女と話す心の余裕がありません。貴女とは、またいずれ」

「……えっ……」

「……ルーク。一度だけ言う。出てこい」


そう言って、ラクロさんはタンスを睨んだ。

……うん、やっぱりバレてますね。

けど……これは、本当に馬鹿天使、殺されるかもしれない……。

ラクロさんは絶対零度の空気を纏っている。

タンスからは、息をのむ音が聞こえた。


「せ、先輩……お願いします。殺さないで下さい……っ」


そう嘆願する、怯えきった馬鹿天使の声。

それを聞くと、ラクロさんはぴくりと不快げに眉を動かした。


「……ふざけるなよルーク。上級天使であるこの俺が、私情で同胞を殺めると、お前はそう思っているのか……?」

「っ! ……い、いえ、失言でした! 先輩、お許しを……っ」

「……ルーク。時間切れだ」

「えっ」


……ゴトンッ!

ラクロさんがそう言うと同時、タンスに斜めに亀裂が入り、上部分がずり落ち、大きな音を立てて床に落ちた。

目を見開いて固まった馬鹿天使の姿があらわになる。


「あああ!! わ、私のタンス……!! それに服も……!!」


無惨な姿になったタンスと服を見て、私は悲鳴を上げた。


「ご心配なく、きちんと直して帰ります。……ルーク。何か言いたい事はあるか?」

「うぅ……っ! ……も、申し訳ございませんでした~~~!!」


まるで遺言を聞いてやると言っているようなラクロさんの言葉に、真っ青になった馬鹿天使はタンスから出て、額を床に擦りつけ、土下座した。

その体はガタガタと震えている。

ラクロさんはしばらく無言でそれを見つめると、口を開いた。


「……改めて神様にご報告の上、罰房行きを命じる。……異論はないな?」

「ば、罰房……!? ……うぅ……ご、ございません……!!」

「……なら、帰るぞ」

「は、はいぃ!! しっ、失礼します、華原さん……!!」


馬鹿天使がそう言うと、二人の姿が消えかかる。


「あっ!? ラ、ラクロさん……!! 待って下さ」


『待って下さい』と、私はそう言おうとしたが、ラクロさんは私の呼び掛けに留まる事なく、その姿を消してしまった。


「……ラクロさん……」


二人が消えた部屋で、私は力なくラクロさんの名前を呼んだ。

……私と話す余裕はないと、確かにそう言ってはいたけど……せめて、無理難題を出されたっていうラクロさんが大丈夫なのかどうかだけでも、聞きたかったな……。

さっきまでのわくわくした気持ちなどすっかり消え失せてしまった私は、のろのろとベッドに入って、横たわった。

ラクロさんに壊された筈のタンスだけが、まるで何事もなかったかのように、元通りになっていた。

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