友の為に 3
本日一回目の更新です。
一度馬車を乗り換え、揺られる事四日。
私達はクレビスさんの故郷、ザルグ村にたどり着いた。
レッテルベルの街はここからまだ半日近くかかるらしい。
まずはクレビスさんを護衛に加えようと、私達はクレビスさんの姿を探す。
見かけた村の人に尋ねたところ、クレビスさんの家はこの先の茶色の屋根の家らしい。
「懐かしいなぁ。クレビスさん、元気でしょうか?」
「元気みたいだよ。二ヶ月に一度はアイリーン様の所に手紙が来るし」
「二ヶ月に一度? ……やっぱり今でも、クレビスさん、アイリーン様が心配なんですね」
あの日奴隷商館で、別れ際クレビスさんは私に、『アイリーン様を頼む』と耳打ちした。
今もずっとアイリーン様を気にかけているんだろう。
「だろうね。冬にアレク様に会って王都へ足を運んだ事も含めて話をして、少しは安心して貰おうかな」
「そうですね!」
「クレハ様、見えました。たぶんあの家です」
「え? あ、本当だ! 茶色の屋根だね! あそこがクレビスさんの家かぁ」
茶色の屋根の、二階建ての一軒家が見えて、私達は少しだけ足を速めた。
家の前まで来て、私は玄関の扉を叩き、ノックした。
「クレビスさ~ん! いらっしゃいますか~? クレビスさ~ん!」
「はい~!」
二、三回呼びかけると、中から男の人の声が聞こえた。
久しぶりに聞く、クレビスさんの声だった。
「どちら様です?」
そう聞かれながら、扉が開かれた。
扉の向こうから、クレビスさんが姿を見せる。
「クレビスさん! お久しぶりです! 私、クレハです!」
「……は? ……え、クレハちゃん!? 何でここに……ア、アイリーン様に、何かあったのか!?」
クレビスさんは驚きに目を見開き、次いで私の肩をがしっと掴んで、尋ねてきた。
「え? いえ……!」
「違うよ、クレビスさん。アイリーン様は変わらずご健勝さ」
「え? ……フレン!?」
「久しぶり、クレビスさん。元気そうだね」
「ど、どうしてお前がここに……! アイリーン様は!?」
「アイリーン様はご自宅だよ。今の時間だと、優雅にお茶でもしてるんじゃないかな」
「何!? 一緒じゃないのか!? 何でお前がアイリーン様の側を離れてるんだ!? お前はアイリーン様の護衛だろう!?」
「えっ? そ、そうだったんですか!? フレンさん!?」
クレビスさんの言葉に驚いてフレンさんを見上げると、フレンさんは小さく首を振った。
「……違うよ、クレハちゃん。クレビスさん、何でそんな勘違いしてるのさ? アイリーン様の護衛はイザークさんだろう?」
「あ、ああ、確かにそうだが……でも、お前もずっと、護衛として側に……!」
「違うよ。アイリーン様は、僕にずっと好きにしろと言い続けてた。だから好きにして、アイリーン様の側にいたのさ。他にやる事もなかったしね。……僕にはハイヴェル邸での役割はないんだよ、クレビスさん。他にやりたい事ができたら、いつでも出ていけるように。知らなかった?」
「何? ……フレン……それじゃあお前、アイリーン様に唯一屋敷に残る事を許されたわけじゃ……!」
「許されたよ? ただ、残っていて欲しいと望まれたわけじゃない。それだけさ」
「…………」
……え、ええと?
つまりフレンさんは、アイリーン様の護衛なわけじゃなくて、ただの使用人で……でも、役割がない?
特に担当の仕事はないって事……?
いつでも出ていけるように……?
え、何で?
私は浮かんだ疑問に首を傾げた。
そんな私を見て、フレンさんは苦笑した。
「まあ、そんな事はいいよ。それよりクレビスさん。僕達レッテルベルに行くんだよ。で、その近くの山に稀少種の魔物を探しに行くんだ。その魔物のドロップアイテムが必要になってね。クレビスさん、手伝ってくれない?」
「稀少種のドロップアイテム? ……クレハちゃんの錬金術に必要なアイテムか?」
「あ、はい、そうなんです。実は……」
私はクレビスさんに事情を説明した。
「へえ、そうか……! アレク様に恋人ができたのか! わかった、そういう事なら協力しよう! 両親に言って、すぐに支度するよ!」
「はい、ありがとうございます! お願いします!」
「ああ。支度が終わるまで、家の中で待っていてくれ。次の乗り合い馬車が来るまで時間もあるだろう?」
「はい、じゃあお邪魔します」
私達はクレビスさんの家にお邪魔させて貰った。
リビングに通され、お茶が出される。
フレンさんはクレビスさんの支度を手伝うと、一緒にクレビスさんの部屋へ向かった。
リビングの扉が閉まる時、クレビスさんとフレンさんの声が聞こえた。
「……なあフレン。いつか、アイリーン様の元を去るのか?」
「……さあね。どうしようかな。……でもきっと、そういつまでもいていいわけじゃあ、ないとは思うんだよね」
「……辛いな、お前も」
…………。
「……ねえシヴァくん、フレンさん、いつかいなくなっちゃうのかな?」
フレンさんは、ずっとハイヴェル邸にいるんだと思ってたけど……。
「……さあ。けれど……ずっといたくても、いられないという事は、確かにありますから」
「え……?」
寂しそうなその声に、私はシヴァくんを見た。
シヴァくんは何故か私をじっと見つめている。
「シヴァくん……?」
「……俺も、もう、あと半年くらいです」
「え? 半年って何が……あ……!」
そっか、シヴァくんの契約期間の残り、もう半年なんだ……。
「……シヴァくんも、クレビスさんみたいに、故郷でご両親が待ってるんだよね? なら……帰らなきゃだよね……」
「…………」
リビングにはどこか暗い空気が流れ出し、私達はフレンさんとクレビスさんが戻って来るまで、ただ無言でお茶を飲んでいた。




