新たな出会い 4
本日一回目の更新です。
ハイヴェル邸を出ると、何故かアレク様がついてきた。
アレク様の後ろにはアレク様の護衛だろう人もいる。
私達は今、五人で街を歩いている。
「ふぅん。街を歩くと、こんな感じなんだね。いつもは馬車だから新鮮だよ」
「え、街を歩いた事、ないんですか?」
「うん」
「へえ……。……まあ、侯爵子息ですからねぇ、アレク様」
「……侯爵子息、か。……クレハちゃん。王都行きに君を強引に巻き込んだ事、改めて謝罪するよ。本当にごめん」
「え?」
「母上は、この街に移り住んで以来、一度も王都に来てなくてね。僕や兄上がどんなに誘っても受けてくれないんだ。僕は長期休暇に入れば会いに来れるけど、侯爵としての仕事に追われる兄上は、とてもこの街まで来る時間はなくて……本当に母上に会いたがっていたんだよ。だからどうにか母上を王都へ呼ぶ手段を探っていたんだ」
「……その手段が、今回私と王都旅行になったわけですか」
「うん。君は錬金術士だそうだから、この街にない素材を見せれば欲しがるだろうし、採取の為に王都行きを決めてくれたら、あとは母上も一緒じゃなきゃ旅費はもたないとでも言って、なし崩し的に母上も同行させようって、ね。王都にさえ来てくれれば兄上も会う時間が取れるから」
「……兄上様……ですか」
兄上様は、前ハイヴェル侯爵の前妻の息子のはずだよね。
アイリーン様は、その人に遠慮して王都の屋敷を出たって言ってたから、仲が良くないんだろうと思っていたんだけど……会いたがってるって事はどうやら違うみたい……?
ならどうして、"遠慮して"屋敷を出たんだろう?
よくわからないけど……人様の事情を詮索するのは、良くないしなぁ。
「それで、クレハさん、どこへ行くんだい?」
「あっ、はい。ギルドです。調合品を売りに」
「え、ギルド!? 冒険者の居城だね! それは楽しみだ!」
「え?」
な、何だろう、アレク様の目が輝き出したよ……?
「アレク様……冒険者に、興味があるんですか?」
「ん? ああ、いや、興味というか、ね。将来どうしようか、と、思っててね。貴族として、どこかの家に婿養子に入るか、騎士にでもなって一人立ちするか、それとも冒険者になって世界中を旅するか……卒業までに、決めないとなぁ」
「卒業……。アレク様は、今十七歳、でしたよね?」
「うん。だから、あと一年と少しで卒業なんだ。だからそろそろ、決めないとね」
「……あれ? クレハ! 街に来てたの!?」
「え? あ、アージュ!」
聞こえた明るい声に前を見ると、アージュがこっちに向かって駆けてきた。
「どこかに用事? 早く終わるならうちに来て? 遊ぼうよ!」
「あ、ごめんアージュ。私このあと王都に旅行に行く事になったんだ。だから数日は遊べないかな」
「え、王都に? いいなぁ! 王都って、凄く大きくて賑やかだって聞くよ! 私も行ってみたいなぁ~」
「……クレハさんの、お友達かい?」
「えっ? ……え」
声をかけられて初めて、アージュはアレク様を見た。
次いで目を見開いて硬直する。
アレク様、着ている服が見るからに高級品だから、ひと目で貴族ってわかるもんねぇ。
「そうですよ、アレク様。私の友達のアージュです。アージュ、この方はアレクリード様。アイリーン様の息子さんだよ」
「え、アイリーン様の? ……なぁんだ、そっかぁ」
私がアレク様を紹介すると、アージュは肩の力を抜いた。
アイリーン様とアージュは私を通じて面識がある。
ごくたまに三人で街のスウィーツのお店でお茶をする仲だ。
「初めまして、アージュです! アイリーン様にはいつもお世話になっています」
アージュはそう言って、アレク様に向かってペコリとお辞儀をした。
「え、母上とも面識が? ……ああ、そうか。たまに街でお茶しているもう一人の子が君か。……動物屋の娘さん、だよね?」
「え? は、はい。そうです」
「……本当に、よく調べたんですね」
「あはは、まあね。そうだ、それなら、君も一緒にどうかな? クレハさんは、母上と王都に旅行に行くんだよ。君も行きたいなら、君の分の旅費も出そう。人数は多いほうが楽しいだろうしね」
「え? えっ……え!?」
「ああ、そうですね。アージュ、アーガイルさんとジュジュさんに聞いてみて、許可が取れたら一緒に行く?」
「え、えっと……い、行きたいけど……」
「なら、決まりだね。ご両親には僕が話そう。という事でクレハさん、時間も惜しいし別行動しようか。あとでまた、屋敷でね」
「あ、はい。それじゃアージュ、またあとでね」
「え、う、うん。あ、あとで……」
「それじゃ行こうか。動物屋はどこかな?」
「あっ、はい!こっちです!」
アージュはアレク様に連れられて行ってしまった。
……ん?
アレク様がアージュに、が正しいかな?
でも……アージュがアレク様に、に見えるのは……どうしてだろう?
あれ、そういえばアレク様、ギルドはいいのかな?
あんなに目を輝かせてたのに。
「おじさん、買い取りをお願いします」
「はいよ! さて、今日は何が入ってるんだ?」
おじさんは籠を持ち、中身を確かめながら出していく。
その間、私はギルドを見回した。
「今日はまた、いっぱいいますね。冒険者さん」
「ああ、外が寒いからな。やつら、冬場は金があるうちは依頼も見ねえでギルドにたむろしやがる」
「へ、へえ。……自由でいいですね」
「まあ、それが冒険者だからな……と? おい嬢ちゃん、こりゃ何だ?」
「え?」
「……あ」
おじさんが手にしているのは、風邪薬だった。
シヴァくんが作った物だ。
「こりゃあ……何か失敗でもしたのか嬢ちゃん? 嬢ちゃんの作った品にしては、質が悪いな。珍しい。体調でも崩したか? まさかスランプじゃねえよな?」
「…………」
「えっ、あ、あの、おじさん! それ、このシヴァくんが作ったんです! 初めての作品なんですよ!」
だからそれ以上悪く言わないで!
シヴァくんがショック受けてるから!!
「あ?……ああ、何だ、そうか。いや、悪いな坊主。"嬢ちゃんの作品にしては質が悪い"ってだけだ。それを抜きにすりゃ、普通の品だよ。だから気にすんな。なっ?」
「ほ、ほらシヴァくん、普通だって! 初めてで普通の物が作れたなら上出来だよ! 粗悪品じゃないんだから、落ち込む事ないよ?」
「……普通……」
「ああ、普通だ。これが初めてだってんなら、今後慣れていけば、もっといいものが作れるだろうさ。頑張んな!」
「…………はい」
「よし。……さて嬢ちゃん、悪いがこれはちょっと買い値が落ちるぜ」
「あ、はい。あの、おじさん。それだけ計算は別にして、代金はシヴァくんに渡して下さい」
「お、そうか。わかった」
「えっ…? クレハ様、あの」
「いいの! シヴァくんの作品だもん。代金はシヴァくんのものだよ」
「……でも……」
「そのかわり。自分で使いたい材料は、できるだけ自分で買うって事で、どう? もちろん採取も自分の分は自分で。足りないものだけ私と共有。ね、そうしよう?」
「自分で……。……わかりました」
「うん! というわけで、おじさん。錬金術の器具を一通りシヴァくん用に揃えたいんですが、どこに行けば買えますか?」
「え……」
「どこにって、嬢ちゃんはどこで買ったんだ? そこに行きゃいいだろうが?」
「あ……それが、その。私のは、えっと、お兄さんが揃えてくれて。どこで買えるのかわからないんです。……道具屋さん、ですか?」
ラクロさんに聞こうにも、魔法の手紙はもうない。
ラクロさん達との関係が変わったあの日に消えてしまったようだった。
だからラクロさんに聞くなら、私の元を訪ねてくれるのをただ待つしかない。
だけどそれじゃあ、いつになるかわからないから、自分で売ってる場所を探す事にした。
「ほぉ、そうだったのか。まあ、道具屋にもいくつかはあるが、一揃え全部とはいかねえな」
「え、そうなんですか? じゃあ、どこに行けば?」
「う~ん、結論から言って、この街で全部揃えるのは無理だ。……多少時間かかってもいいなら、俺が取り寄せてやろうか? 取り引きのあるやつが必要とする物品の取り寄せも仕事の範疇だから、問題ねえぜ? ま、少しばかり手数料取るけどな?」
「え! いいんですか!? じゃあお願いします!」
「よしきた! 承ったぜ」
「はい! シヴァくん、これで問題なく二人で調合できるよ!」
「あ……ありがとう、ございます。クレハ様」
「うん。どういたしまして!」
戸惑いながらも嬉しそうなシヴァくんを見て、私は微笑んだ。
……こうして器具を増やした事で、近い将来、私は少しの間寂しい思いを抱えるはめになる事を、この時の私は気づかずにいた。




