本契約 1
本日二回目の更新です。
シヴァくんと仮契約してから、早いもので、もう二週間が経った。
今日は奴隷商館へ行く日。
そこで灰色猫さんの最終判断が下される。
私はシヴァくんと一緒に街に来て、まずアイリーン様のお屋敷を訪れた。
応接室で、アイリーン様の支度が済むのを待つ。
その間、私は不安な気持ちを抱え、ちらちらとシヴァくんのほうを見る。
シヴァくんは、灰色猫さんにどんな話をするのだろう。
この二週間、シヴァくんが嫌がるような事はしなかったはずだけど……。
うう、落ち着かない……。
私が落ち着きなくそわそわとしていると、応接室の扉が開いた。
「こんにちはクレハちゃん。お待たせしてごめんなさいね。かなり待ったでしょう?」
「あ、いえ! 大丈夫です。こんにちはアイリーン様」
「そう? ありがとう。それじゃあ行きましょうか」
「は、はい……! シヴァくん、行こう」
「はい」
私とアイリーン様、シヴァくんとライルくんの四人は、馬車に乗り込み、奴隷商館へと向かった。
「ようこそ、アイリーン様、クレハ様。お待ちしておりました」
「こんにちは、灰色猫さん」
「こ、こんにちは」
私達の姿を見た灰色猫さんは、にっこりと営業スマイルを浮かべ、挨拶をした。
アイリーン様も微笑んで挨拶を返す。
全然緊張してないっぽい……さすがだ。
「どちらから、最終判断を受けられますか?」
「どちらでも構わないわ」
「そうですか。では、アイリーン様からに致しましょう。ライル、この二週間、どうだった? 生活に不満は?」
「ありません。アイリーン様もお屋敷の皆様も、とても良くして下さいました」
「そう。……まあ、この方はそうでしょうね。……アイリーン様。今回も問題はございません。本契約に入りましょう」
「ええ。ありがとう灰色猫さん。これからもよろしくねライル?」
「はい! こちらこそ、よろしくお願い致します!」
ず、ずいぶんあっさりだけど……最終判断って、こんなものなのかな?
私が驚いて見ていると、灰色猫さんは手慣れた様子で契約作業を進めていく。
そして、私達に視線を向けた。
「では次に、クレハ様を。……シヴァ、この二週間、生活はどうだった? 不満や恐怖は感じなかった? 威圧感や嫌悪感は? 全て隠さず話しなさい」
えっ……ラ、ライルくんに尋ねた言葉とずいぶん違くないですか……?
うう、アイリーン様と違い、私は初めての客だからだろうか……。
「……恐怖、なら。……たまに」
「えっ!?」
「あら、まあ」
う、嘘!?
わ、私何か、シヴァくんが怖がるような事したっけ……!?
「へえ、それは、どういう時に感じたんだい?」
「どういう……。さあ。ただ、たまに目が怖いです」
「へ!? 目……!?」
「あ。……それなら、僕も覚えがあるかも……」
「え!?」
「ライルも?……どういう事だい?」
「はい、あの、僕、五日ほど、アイリーン様の言いつけでクレハ様のおうちにお邪魔したんです。その時に、たまにクレハ様の目が怖い……というか、危ない感じになって」
「危ない?」
「でもその後クレハ様は決まって、ウォンを抱きしめに行きまして。それで帰って来ると、元に戻っているんです」
「ウォンを?……何だい、それは?」
「あ……ああっ!?」
「あら。クレハちゃん、身に覚えがあったの?」
「え、いえ、その……ち、違うんです!! わ、私別に、そんな……シヴァくんのさらさら銀髪に触りたいとか、ライルくんのふさふさ尻尾でもふもふしたいとか、そんな事考えてたわけじゃあなくて!! 全然そういうんじゃなく……あっ!?」
しまった、言っちゃった!!
あ、焦って墓穴掘っちゃった……!!
「……俺の、銀髪?」
「僕の尻尾……?」
「うっ……!!」
うう、シヴァくんとライルくんが訝しげな目でこっちを見てくる……!!
……消えたい。
「……。……まあ、個人の趣味嗜好はひとまず置いておいて。シヴァ、それの他には、何かあるかい?」
「いえ、ないです」
「ふぅん……。なら、シヴァ。ひとつだけ尋ねるよ。今は自制しているようだが、もしこの先、クレハ様が我を忘れて、あんたの銀髪を撫で回しても、耐えられるかい?」
「そっ!そんな事しません!!」
「……撫でるくらいなら、別に」
「……えっっ!?」
い、いいの!?
「そうかい。なら、クレハ様が主人になっても大丈夫かい?」
「はい」
「……わかった」
シヴァくんがはっきりと返事をし、頷いたのを見て、灰色猫さんも頷いた。
「クレハ様、本契約に入りましょう」
「あ……!」
や、やった……認められた!
「それではよくお聞き下さい。シヴァの親に支払った代金に見合った契約期間は一年です。なので一年後の今日、シヴァの解放の手続きをしに再びここを訪れて下さい」
「あら? 一年だけ? ずいぶん短いのね?」
「……シヴァの親が、その分だけでいいと申しましたので」
「へえ! それって、シヴァくんが早く帰って来れるようにって事ですよね? 一年の我慢だけで済むようにって。優しいご両親なんだね、シヴァくん。一年、一緒に頑張ろうね!」
「まあ。クレハちゃんも頑張るの?」
「え?……あれ?」
「……。説明を続けますが、よろしいですか?」
「あっ、はい!」
「シヴァへは、法に触れる事以外なら何を命じても自由です。しかしシヴァの意志は極力尊重して下さい。……銀髪を撫でるのも、程々になさいますように」
「なっ!だ、だから、そんな事しません!!」
「シヴァ自身が許してもですか?」
「えっ?……う、うぅ~ん……い、いえ、しま、せん」
「……。……程々になさいますように」
うっ……信用されてない……。
その後もいくつか説明と注意事項を聞いて、本契約は完了した。
「うぅ、なんか疲れた……。帰りましょうアイリーン様」
「ええ。お疲れ様、クレハちゃん」
「ああ、クレハ様、お待ち下さい。もう一人、契約する気はございませんか?」
「へ?」
「クレハ様がお気に召す事間違いなしの契約奴隷がおります。一週間前に来まして。どうぞ、拝見だけでも。こちらの者です」
「え、いえ、私はシヴァくんだけで十分……で……!?」
「いかがですか?」
そう言って微笑む灰色猫さんの隣には、銀髪に青い瞳、そして青銀のふさふさ尻尾と獣耳の、獣人の女の子がいた。
「…………」
「この子はギンファ・コルテル。今はシヴァよりもずっと弱いですが、槍の才能があり、鍛えればかなりの腕になるでしょう。護衛としてはまだまだですが、契約期間が六年と長いので、先を考えれば、損にはならないかと思いますよ。契約、なさいませんか?」
「まあ、それはいいわね。シヴァくんがいる一年のうちに腕を上げて貰えれば安心だわ」
「ア、アイリーン様……!」
「あら、嫌? 銀髪にふさふさ尻尾の子よ?」
「い、いや、あの……っ。……銀髪ともふもふが二人もいて、触れないのは拷問です……」
すっかり銀髪もふもふ好きがバレてしまった私はそう言って俯き頭を抱え、しゃがみこんだ。
「なるほど。ギンファ、さっきの話は聞こえてたね? あんたはどうだい? 髪や尻尾に触られるの、嫌かい?」
「え? いいえ。私、お母さんに、よく触られてましたから。全然大丈夫です。……灰色猫さん、ご存じですよね?」
「うん、知っているよ。だから薦めてるんだ。……お聞きになりました? クレハ様」
「え……」
戸惑いながらも顔を上げると、ギンファちゃんと目が合う。
「いかがですか? クレハ様?」
「う……あの、これ、押し売りに近くありませんか……?」
「ふふ。商人として、お買い上げのチャンスは逃せませんから。ましてギンファは、まだ少し未熟ですし」
「まあ、さすが灰色猫さんね。クレハちゃん、灰色猫さんはこうなるとなかなか離さないわよ?」
「……。……わかりました。契約します……」
「ありがとうございます! 本契約は二週間後です」
「……はい」
「よろしくお願い致します、クレハ様」
「うん……よろしく。ギンファちゃん」
こうして、私の護衛は二人に増えた。




