変化 2
今日一回目の更新。
クレハ不在の為、なんと突然のフレン視点でお送りします。
クレハちゃんが帰ったと聞いて、僕はアイリーン様の私室へ向かった。
私室の前まで行くと、扉が少し開いている事に気づく。
まあ、たとえ開いていようとノックをしなくていいわけじゃない。
僕はノックをしようとした。
けれど。
「ふふふっ…」
控えめに、けれど楽しそうに聞こえたその笑い声に、僕はつい、扉の隙間から部屋を覗いてしまった。
部屋の中のアイリーン様は楽しそうに微笑んでいた。
「…ずいぶん、楽しそうですね?」
思わずそう声をかけると、アイリーン様は顔を上げ、扉の隙間の向こうにいる僕を見て、今度は困ったように微笑んだ。
僕は左手で扉を押し開けながら、右手でノックをして、部屋に入る。
「…フレン、ノックは扉を開ける前にするものよ?」
案の定、アイリーン様はたしなめてくる。
「開いていましたもので。…それでもしようとはしたんですが、アイリーン様の楽しげな声に、つい声をかけてしまいました」
「まあ。きちんと扉を閉めなかった私も悪いけれど、ノックをしない理由にはならないわよ?」
「そうですね、すみません」
「…謝罪はもう少し心を込めてなさい」
そう言ってアイリーン様は溜め息をついた。
さっきの楽しそうな顔は、消えてしまった。
しかし戻すのはきっと簡単だ。
「…クレハちゃんが、何か面白い事でもしましたか?」
そう尋ねると、アイリーン様の表情はみるみるうちに変わる。
さっきと、同じものに。
ほら、簡単だ。
「…返事がね、二つ返事だったの。私が勝手に進めた話なのに責めもせず、クレハちゃん、二つ返事で頷いてくれたのよ。私は、あの時と同じように保留にしようとされるか、最悪断られる事も覚悟して、今後ゆっくり時間をかけて説得していくつもりだったのに……頷いて、くれたの」
『あの時』というのは、アイリーン様とクレハちゃんが出会った、あの日の売買契約の時の事だろう。
「あれから、半年以上経っていますからね。その日々の分だけ信頼度も上がっているという事でしょう」
「…ええ。…聞いて頂戴フレン!クレハちゃん、私の事を『お姉さんみたいな人』だと言ってくれたのよ!クレハちゃんが、私をよ?…こんなに、嬉しい事はないわ…!」
アイリーン様はそう言って、本当に嬉しそうに笑った。
「それは、良かったですね。けれど、『お母さん』のほうがもっと嬉しかったのではないですか?」
「…ふふ。ええ、そうね。でも今はこれで十分よ。その呼び方は、将来の楽しみに取っておくわ」
「…将来、ですか。…アレクリード様は、冬期休暇はこちらに来られそうなのですか?」
「ええ…手紙には、今度こそ来るとあったわ。…来たら必ず、クレハちゃんに引き合わせるわ。そうしてクレハちゃんがアレクを、アレクがクレハちゃんを気に入ったなら、将来クレハちゃんはきっと私の娘に…!」
「…クレハちゃんは、あの家から動かないと思いますが?侯爵家の子息を婿に出すのですか?」
「まあ、意地悪な事を言うのね。…でも、あの子は家を継がないのだし、それでもいいと思うわ。全てはあの子次第よ」
「…そうですか。…なら、二人が恋愛感情を持つといいですねぇ?」
「…フレン?…ちょっと貴方、その言い方…今回の居候生活でクレハちゃんを気に入ったのね?邪魔をするつもり?」
「まさか。気に入りはしましたが、そういう意味ではありません。むしろ僕より、シヴァやライルのほうが障害になるのでは?」
「まあ…!…そうね…特にシヴァくんは、これからも一緒に生活するのだし…!ああなんてこと!アレクが出遅れてしまったわ!」
頬に手を当て、本気で嘆くアイリーン様に、僕は苦笑を浮かべた。
そろそろ本題に入らないと、アイリーン様が良からぬ計画を考え出すかもしれないな。
「ところで、アイリーン様。クレハちゃんの"お兄さん"、やはり会えませんでしたよ」
僕がそう告げると、アイリーン様は動きをピタリと止め、真顔に戻って、僕を見た。
「…そう。…今回の事に、何の手助けもしないどころか、顔も見せないなんて、どういうつもりなのかしらね。仮にも兄を名乗るなら、せめて側で守るくらい、してもらいたいものだわ」
「…事情がありましてね。それが叶わないのですよ」
「え!?」
「誰だ!?」
突然聞こえた声に、僕はアイリーン様を後ろに庇う。
直後部屋の中に一陣の風が吹き、青い髪の男が姿を現した。
「…約束もなく、このような形での訪問、どうかご容赦戴きたい。…初めまして、クレハさんの"兄"、ラクロと申します。…貴女にお願いがあって参りました。アイリーン・ハイヴェル侯爵夫人」
「…え…?」
ラクロと名乗ったその男は、アイリーン様にひとつ、頼み事をした。




