契約 3
本日の更新三回目。
奴隷商館をあとにした私達は、再び馬車に乗り込み、ハイヴェル邸に向かった。
「さてと。…それじゃあ、それぞれ自己紹介をしましょうか。屋敷に着くまで、少しかかるもの」
「あ、そうですね!お互い、名前以外、何も知らないですからね。じゃあ私から。クレハ・カハラ、9歳。錬金術士だよ。よろしくね、シヴァくん」
「…シヴァ」
「え?あ、名前?」
「…違う。…ます。…シヴァでいい、です」
「えっ?…あ…」
呼び捨てにって事か。
それに敬語になってる。
さっきは普通に話してたのに……主従契約したからかな?
だとすると、安易に『敬語なんて使わなくていい』と言うわけにも…いかないかなぁ…。
うぅん……よし、これに関しては、しばらくして打ち解けてきた頃に話をしてみよう。
「わかったよ、シヴァくん」
「…………」
「ふふ、わかってないわよ?クレハちゃん」
「大丈夫です。わかってますよ、アイリーン様」
「あら、そう?ならいいけれど。…私は、アイリーン・ハイヴェルよ。年齢は、内緒ね。一応貴族よ」
「一応って…侯爵夫人が何を言ってるんですか、アイリーン様」
「ふふふ。…それじゃ、次はライルくん、お願いできる?」
「あっ、はいっ!ラ、ライル・ウォルロフです!13歳です!よ、よろしくお願い致します、ご主人様!」
「あら。私の事は、アイリーン様、と、呼んでちょうだい?うちの子達は皆そう呼ぶから」
「えっ……は、はい、かしこまりました!アイリーン様!」
あっ、様づけなら頷いて貰えるんだ。
…でも、一応試してみようかな?
「シヴァくん。私の事は、クレハ、か、クレハ様、かの、どちらかで呼んでね?」
「…かしこまりました。クレハ様」
あ、様呼び。
やっぱり呼び捨ては駄目だった…残念。
「…」
「……」
「………」
「…………何ですか?」
自己紹介はシヴァくんの番になり、皆で見つめていると、シヴァくんはそう尋ねてきた。
「ねえ、シヴァくん?最後に、貴方の自己紹介をして貰えるかしら?」
「あ…はい。…シヴァです。12歳です」
………。
……えっ、それだけ?
「ねえ、シヴァく」
「クレハちゃん」
「えっ?」
せめて苗字を聞こうとして口を開いたら、アイリーン様に軽く首を振って止められた。
…無理に聞くのは良くない、って事かなぁ。
ならこれも、打ち解けてから聞こう。
よし、じゃあ話題を変えよう。
話題、話題……あ。
「…ところで、アイリーン様。私ギルドのおじさんから、精霊召喚師についてなら、アイリーン様に聞くといいって言われたんです。アイリーン様が、精霊召喚師だから、って」
「え?ええ、そうだけれど…。…クレハちゃん、精霊召喚師を戦闘職に選んだの?」
「あ、いえ、それはまだ。ただ、どんなのかなって。私でもなれますか?」
「うぅん…それは、精霊次第ね。精霊が応えてくれるかどうかだから」
「あ、そっか。…あの、アイリーン様。こういう聞き方は、違うかもしれませんが…精霊って、可愛いですか?」
「まあ。…ふふ。ええ、可愛いわよ?とぉっても」
「と、とぉっても…!?」
「ええ。それに、とっても頼りになるわ。あらゆる面でね」
「頼りに…」
「…クレハちゃん。屋敷に帰ったら精霊が呼べるかどうか、試してみる?」
「…は、はい!やってみます!」
精霊召喚師、やってみよう!
まずは、精霊。
呼べるといいなぁ。
ハイヴェル邸に戻ると、私は早速アイリーン様監督の元、精霊を呼ぶ事にした。
呼ぶのは、水の精霊。
アイリーン様曰く、『クレハちゃん毎日畑に水を撒くでしょう?それを水の精霊を呼んで水魔法でやれば、ほんの少しずつだけど経験値が得られるから、レベルも上がりやすくなるわよ?』との事だ。
その原理で言えば、料理する時は火の精霊を呼べば更に経験値が入るはず。
水の精霊を呼べたら、次は火の精霊を呼びたい。
「えっと…"清らかなる水の眷属、水の精霊よ。我が声が届いたなら応え、そして来たれ。我は汝との契約を望む者。…来たれ!水の精霊よ!"」
水道から水を出し、私はアイリーン様から教わった文言を言った。
……………。
……あれ?
「…あの、アイリーン様。何も起こらないんですけど…これって、駄目って事ですか…?」
「…うぅんと…。…大丈夫!クレハちゃんに向いてる戦闘職が他にあるわよ!元気出して?」
「…つまり、駄目って事なんですね…」
アイリーン様の遠回しな駄目だしに私が項垂れると、突然、バシャッという音と共に、水道から出る水の量が増えた。
そして、水の中から、青い髪に青い瞳の小さな小さな女の子が現れた。
「へ?…ア、アイリーン様?これって…!」
「あら…!」
「…遅くなり、大変申し訳ございません。かの方のご加護を受けし貴女様との契約に、適当な者を行かせる訳にはいかず、引き止めながら参りましたもので…。どうぞ、お許し下さい」
「え」
「…かの方の、ご加護?」
「あっ!あああの、来てくれてありがとうございます!や、やりましたよアイリーン様!私できました!!やったね!!」
「……………」
うっ……アイリーン様の視線が痛い……!
や、やっぱり駄目?
ごまかせない?
でも、"かの方"っていうのはきっとラクロさんの事だろうし、まさかラクロさんの事を説明するわけにいかないし…!
「…そう、ね。…やったわねクレハちゃん!おめでとう。これで貴女は精霊召喚師よ!」
「…えっ?アイリーン様…?」
「あら、どうかした?」
「……。…いえ。…ありがとうございます、アイリーン様」
「まあ。ふふ、何に対するお礼かしら」
…それはもちろん、誤魔化されて下さった事に対するものですとも。
無理に聞かないでくれるって、ありがたいな。
「…えっと。…水の精霊さん、お名前は?」
「ミウと申します」
「ミウさん、ですね。私はクレハ。よろしく」
「はい。よろしくお願いします、クレハ様」
アイリーン様の言っていた通り、ミウさんはとても可愛い。
精霊召喚師、なれて良かったかも。




