契約 1
本日一回目の更新。
さて、今日は何回更新しようかな。
建物の中に入ると、人がたくさんいた。
けれど"たくさん"といっても、お店とか市場とかのように、人で賑わっている、という訳ではない。
ここにいる人は、大きく分けると、三種類。
椅子に座っている人達と、床に敷かれた大きなシートの上に座っている人達と、それから…檻に入れられている人達…。
「…ア、アイリーン様…?ここって一体…?」
「あら、まだわからない?奴隷商館よ」
「…へえ……どれーしょおかん……」
聞いた瞬間、くらりと目眩を覚えた。
まさか自分がそんな場所に来る事があろうとは。
そして何より、さらりと口にするアイリーン様に衝撃を覚える。
いつも穏やかで優しいアイリーン様が、何でもない事のように奴隷という言葉を口にする程、この世界の奴隷制度は人々に浸透しているんだろうか。
「ふふ、驚いた?でもねクレハちゃん、奴隷を買って契約する事は、そんなに怖い事でも、悪い事でもないのよ?契約奴隷にとっては、早く誰かと契約できれば、その分だけ早く解放されるということだもの。ねえクレビス?」
「………はい」
「え?何でクレビスさんに聞くんです?」
「ふふ、それはね、クレビスが、私が買った奴隷だからよ」
「…………へっ!?」
「クレビスだけじゃないわ。うちにいる使用人の二、三人は、私が買った奴隷よ。ふふ、誰と誰だかわかる?」
「……わ、わかりません……」
だって、ハイヴェル家の皆さんは、全員、至って普通に働いてるし…。
アイリーン様を訪ねて行った時、アイリーン様が留守とか、来客中だった場合は、待っている間、いつも何人かで私と談笑してくれるし…。
クレビスさんや、あの中の何人かが…奴隷…?
私はとても信じられず、クレビスさんを凝視した。
「クレハちゃん?そんなに見つめたら、クレビスに穴が空いてしまうわよ?」
「え?…あっ!ご、ごめんなさい、クレビスさん!」
「いえ、構いません」
「…ねえクレハちゃん。クレビスが奴隷と知って、怖くなった?奴隷のクレビスも、買った私も」
「へ?」
怖い?
クレビスさんと、アイリーン様が?
「…まさか!そんな事ありえません!だって、クレビスさんもアイリーン様もいい人なのは、もう十分知ってますし…!」
「…ありがとう。…でも、それならわかるでしょう?奴隷を買うからって、決して、悪い事、悪い人ってわけじゃないこと。ね?」
「…は、はい」
「うん、いいお返事ね。…それじゃあわかったところで、クレハちゃんも奴隷を買いましょうね?」
「へっっっ!?な、何でっ、そうなるんです!?」
「あら、もちろん、護衛を得る為よ?その為に来たんじゃない?さぁ、こっちよ」
「えっ!…あ、あああの、アイリーン様…!?」
アイリーン様は私の手を取り、奴隷商館の中を進んで行く。
そして、ある一角で足を止めた。
「…お久しぶりね、灰色猫さん」
「まあ、ご夫人!お久しぶりでございます。お待ちしておりました。…貴方が、クレビスね?大きくなったわね。今日を迎えた気分はどう?」
「………」
「それがね、困った事に、朝から暗い顔をしているのよ。…さあ、手続きを始めて下さいな」
「っ!」
「はい、かしこまりました。では二人とも、腕を出して下さいませ」
「ええ」
アイリーン様は言われた通りに腕を出した。
けれど、何故かクレビスさんは動かない。
クレビスさんを見ると、思い詰めたような顔をしていた。
「…クレビス?腕を出して?」
「…っ…い、嫌です!嫌ですアイリーン様!私はまだ、まだ…!!」
「…何を言っているの。貴方のご家族が、故郷で待っているでしょう?」
「それは…!…だけど…!」
「クレビス。腕を。…大丈夫よ、今後は二度と会ってはいけないというわけではないのだから。いつかまた会えるわ。そうでしょう?」
「…………」
クレビスさんは俯いて唇を噛むと、ゆっくりと腕を出した。
「…それでは、始めます」
アイリーン様が『灰色猫さん』と呼んだ女性は、そう言うと、アイリーン様とクレビスさんの腕輪の上に手を置いた。
「ご夫人。今日この日、この時を以て、貴女の契約奴隷、クレビスとの契約期間を満了とし、解放する事を認めますか?」
「ええ。認めます」
「えっ?」
契約期間が満了?
解放を認める…って事は、クレビスさん、これで晴れて奴隷卒業!?
「承知しました。では、奴隷商人、灰色猫の名において、クレビスの名を契約奴隷の名簿から、抹消致します」
灰色猫さんがそう言うと、アイリーン様とクレビスさんの腕輪が、パンッ!と音を立てて割れ、そして消えた。
「…これでやっと、故郷へ帰れるわね。おめでとうクレビス。今まで尽くしてくれて、ありがとう」
「アイリーン様…」
「故郷へ帰っても、元気でね。時々手紙をくれたら嬉しいわ」
え、『故郷に帰る』…?
あ……!
「そっか…クレビスさん、いなくなっちゃうんですね…」
「!……クレハちゃん!俺と会えなくなるの、寂しいよな?寂しいだろうっ?」
「えっ?は、はい…?」
クレビスさんは、私の肩をガシッと掴んで、そう聞いてきた。
…いきなり、何?
「だろう?なら、アイリーン様に、もう少し俺を雇うように…!!」
「…クレビス?いい加減になさい。クレハちゃんを利用しても駄目よ。…もう、どうしてうちの子達はこう、解放時にいつも駄々をこねるのかしら。やっと自由の身になれるっていうのに。ねえ灰色猫さん」
「…それだけ、貴女様が大切に扱ってこられたという事でしょう。おかげで私は、安心して貴女様に売る事ができます」
アイリーン様が灰色猫さんと話始めるのを見て、クレビスさんは私の耳元に顔を寄せて、囁いた。
「…クレハちゃん。アイリーン様を頼む。あの方が奴隷を買うのは、寂しさをまぎらわす為なんだ。…俺はもう側にいられないから、君にアイリーン様を頼みたい。屋敷にいる他の連中も心得てるけど…。俺の分まで、アイリーン様と会って、楽しい時間を過ごさせて差し上げて欲しい」
「あ……はい。わかりました、クレビスさん」
「…ありがとう。頼むな、クレハちゃん」
そう言って、クレビスさんは私から離れると、アイリーン様と灰色猫さんのほうへ歩いて行った。
「わかりました…故郷へ、帰ります」
「…そう。やっと決心したのね。良かった…いつまでも元気でね、クレビス」
「はい。…アイリーン様も、どうかお元気で」
「よし。なら、故郷までは私が送り届けるよクレビス。それが決まりだからね。店を閉める時間まで、その辺で待っておいで」
「はい。…よろしくお願いします」
「ああ。…さてご夫人?新しい奴隷はいかがです?」
「ええ、もちろん買わせてもらうわ。…それと、この子に、護衛を務められる奴隷を売って欲しいのよ、灰色猫さん」
そう言ってアイリーン様が私を見ると、灰色猫さんがアイリーン様の視線を追うように私を見た。
うっ、ついにきた…!
「…この子に、ですか?」
灰色猫さんの目がスッと細められる。
射ぬくような視線を向けられ、私は身をすくませた。
「ええ。人柄については、私が保証するわ」
「…ご夫人の保証付きですか。なら、まあ……けれど、試用期間はしっかりつけさせて戴きますよ?当然、ご夫人が買われる奴隷にも」
「ええ、もちろんよ。それが決まりですもの」
「…わかりました。ではどうぞ、お選び下さい」
「ありがとう。さあクレハちゃん、どの子にする?」
「…あ、あの、アイリーン様、その事なんですけど、やっぱり私…」
「あら、拒否は受け付けないと言ったはずよ?…クレハちゃんが選ばないなら、私が勝手に選んだ子を買ってもらおうかしら。…さっきも言った通り、貴女に何かあったら私も困るの。これは絶対、受けてもらうわよクレハちゃん。さあどうする?私が選ぶ?それとも、自分で選ぶ?」
「……自分で、選びます……」
うう、買うしかないみたいだ…。
私は奴隷の人達に視線を向けた。




