嵐襲来 4
今日も朝の作業を終えて、朝ご飯を食べる。
さっき、世話ついでにエルとララとアルの毛を刈らせてもらった。
今日は釣りはお休みにして、この後は材料採取を釣りの時間に繰り上げて、午後はずっと調合をしよう。
動物の毛シリーズの、マントか、手袋か、ブーツ、そのどれかを3種作りたい。
あ、今は夏だし、暑いから、マントや手袋よりは、ブーツのほうが需要あるかな?
街の人はともかく、冒険者さん達は皆、いつでもブーツ履いてるし。
……うん、よし、作るのはブーツにしよう。
コン、コン。
「んっ……?」
……あれ、今、扉からノックの音、した……?
……リビング、朝ご飯、ノック……って、え、何このデジャヴ?
昨日の今日だよ?
「……ど、どちら様、ですか……?」
嫌な予感をひしひしと感じながら、私は恐る恐る尋ねた。
「……おはようございます。私、エンジュです。昨日の天使です」
「!!」
や、やっぱり!!
ま、ままま、待って、待って!!
まずいよ、今日はここに手紙がない!!
部屋まで行かなきゃラクロさんに助けを求められないよ!!
へ、部屋まで……たどり着くまで、私無事でいられるだろうか……!?
「……華原さん? 入室しても、よろしいかしら?」
うっ!
「……あ、あ、あの……えっと……そっ、そう! 華原さんなら、お出かけしてます! 留守です! 私はただの留守番の者なので、どなたも入れる事はできません! ごめんなさい!!」
「…………」
……う……だ、ダメかな……?
……いや、普通はダメだよね。
こんな事言って引っ掛かる人、いないよね……。
「……そう。わかりました」
「えっ!?」
うそ、今の信じたの!?
「なら、ここで結構です。……今日は、昨日のお詫びとお礼に参りましたの。……ラクロ様に聞きました。貴女が、私の処罰の軽減を願い出てくれた事。……そのおかげで私、罰房に入る期間が今朝までで済みました。……ありがとうございました、本当に……」
「!」
「……あそこは、本当に暗くて、静かで……静かすぎて。……本当に、恐ろしい場所でしたわ。もし、今もまだ、入っていたらと、思うと……」
「黙って!!」
「!? ……えっ……!?」
「それ以上、話しちゃ駄目です! ……その話は、私は聞いちゃいけない事……そうなんでしょう? ラクロさんは昨日、罰房の事には触れさせてくれませんでした。……私は、聞いちゃいけない事を、聞く気はありません。黙って下さい」
「……あ……! ……ご、ごめんなさい。……。……私、今まで貴女を、嫌な女だと、あの人をたぶらかす悪女だと、そう、思ってました」
「へ?」
……ああ、そういえば、昨日もそんな事言ってたっけ。
「……だってあの人、貴女の事があってから、私を構ってはくれなくなったの。私から会いに行かなきゃ会ってくれなくなって、その上、一緒にいても、口に出すのは貴女の事ばかりで……あの人の恋人は、私なのに。……だから、私はてっきり、貴女があの人をたぶらかしているんだ、って……」
「……え……?」
……口に出すのは、私の事、ばかり?
……な……何? それ?
恋人と一緒にいるのに、他の女の話してるの?
しかも、私と関わってから、自分から行動しなきゃ会ってくれなくなった、って……そりゃあ、そんな事になれば、私がたぶらかしてるとか変な誤解もするよ……!!
呆れた……何やってるのラクロさん……!!
馬鹿天使並みのうっかりさだよ!?
……て……あれ?
馬鹿天使……並み?
んん?
「……あ、あのぅ……? ……確認なんだけど。貴女が言ってる、恋人って……ラクロさん、ですよね?」
「え……ラクロ様? ……い、いいえ、違います! ……ラクロ様が恋人だなんて、そんな恐ろしい……じゃなくて! 恐れ多い誤解しないで下さい!!」
へ?
……恐ろしい、って、何で?
ラクロさん普通にイケメンだし、優しいし、全然怖い人じゃないのに……?
……あっ、そっか、周囲の女性の嫉妬だ、それが恐ろしいんだ!
うんうん、なるほど、それなら納得。
………うん……でも、待って?
この人の恋人が、ラクロさんじゃないって事は。
「……残るは、あの馬鹿天使……ルーク、って事……?」
「……ええ、そうです。私の恋人は、ルークです」
……うわぁ、マジ?
「……どこがいいの、あんなの……」
「え? ……どこ、って……可愛いじゃない? ルーク。いつも元気で、一生懸命で、でもほぼいつも失敗して、けどめげずに笑顔で頑張ってて……そんなルークを見てると、放っておけないっていうか、守ってあげたくなるっていうか……」
……ああ、なるほど。
母性本能をくすぐられる、ってやつなのね。
それならまあ、納得できなくもない。
「……よくわかりました。……でも、私は馬鹿天使……ルークはもちろん、ラクロさんの事もたぶらかしてないし、する予定もないです。何しろ私にとってラクロさんは、いざというとき頼れる優しいお兄さんだし、ルークに至っては興味すらないし。だから貴女が心配する必要は何もありませんから! 昨日みたいな事は、二度としないで下さいね?」
「……ええ。……全て私の思い込みだった事は、もう重々承知しています。……本当にごめんなさい。二度としないわ」
「ん。……なら、もういいです。ルークとお幸せに」
「……ルークと……? ……ルーク、また私を見てくれるかしら……」
「……は? ……何言ってるんです? 見させるんです! ルークには自分しかいない事を理解させるんです! あの馬鹿が可愛いなんていう奇特な人、きっと貴女以外にいませんよ!? つまりあの馬鹿には貴女が最初で最後の恋人なんです! それを思い知らせてやるんです!!」
「……え……? ……あ、あの……ルーク、きっと、貴女が思うほど、駄目な人じゃないですよ……?」
「はい? ……あー、はいはい。恋は盲目なんですね、わかりました。ならそういう事にしておきます」
「…………。……ええと。……と、とにかく、昨日は本当にごめんなさい。……それだけ、言いに来たんです。……それじゃ、私、帰ります。お邪魔、しました」
「あ、はい。さようなら」
「……ええ。……さようなら」
その言葉を最後に、扉の向こうからは何の音もしなくなった。
「……はあ。あの馬鹿天使に、まさか恋人がいたとはね……大事にしなきゃ、バチが当たるよ? 馬鹿天使?」
あ……いや、寧ろ既にバチが当たってるのかもしれないな。
あんな奇特な人を放っておいたから、バチが当たって、罰房なんていう場所に入ってるのかもしれない。
……やっぱり、ダメダメじゃないの、あの馬鹿天使。
ルークに容赦ないクレハでした(笑)




